63話 俺は強くないけれど。
夕焼け空の帰り道。
俺はめいいっぱい息を吸い込んで。深く、長く吐き出す。
「すっごいため息ね」
隣を歩くアリスが心配そうに俺の顔を覗いていた。
「いやちょっと無理難題な宿題を出されてな……」
「宿題?」
「ああ……」
友達と仲良くお昼ご飯、ねぇ。友達居ないんだよなぁ……。
この学校に来てから昼食はいつも一人だった。
誰かと一緒に、だなんてイーヴィルだった時のアリスくらいだ。
そこまで考えて。
あ、
と歩みを止める。
「ハル君?」
きょとんとハテナを浮かべながらアリスも立ち止まる。
「……アリス。俺たち、友達だよな?」
「急にどうしたの?」
そう、今の俺はぼっちじゃない。アリスが居るんだ。
思わず視線を逸らしながら、それでもか細い希望にすがるように言う。
「その、さ。迷惑じゃなければ、の話なんだけど」
「なぁに?」
「……」
「ハル君?」
やべぇ。すっごい恥ずかしい!!
俺はアリスに散々迷惑をかけまくって、その上頼み事なんて図々しいと思ってしまう。でも他に頼める人は居ない……。
「本当に、迷惑じゃなければなんだけど」
覚悟を決めて、俺は重い口を開いた。
「うん?」
「……お昼ご飯、また一緒に食べたりとか、できないかな?」
一瞬、アリスの目が大きく見開かれた気がした。
そして、固まる。
驚かせてしまったようだ。やっぱり俺なんかが頼み事なんて図々しいにも程があったか!? ぶわっと汗が噴き出してくる。
「ご、ごめん!! いやほんと、突然迷惑だよな!? 今のは忘れて――」
と、必死に取り繕おうとしてると、アリスは。
俺の頬に手を差しのばし。
「へ?」
ペタ、ペタとまるで輪郭をなぞるように俺の顔を何度か触って。
「あ、アリスさん?」
行動の意図がわからず困惑していると、アリスは。
「え、本物のハル君??」
すっごい怪訝な顔で俺の正体を探るようにペタペタ顔を触り続けた。
「どーゆうリアクションですかそれ……」
されるがままになりながら、俺は目を横線にして言う。
「だ、だってハル君がそんなに積極的なこと言うなんて」
「いや、これには深い事情があって」
「事情?」
俺はハルカ達に出された宿題についてアリスに伝えた。
「良い夢は良い現実から生まれる、ね」
「それで、ぼっち飯食うなって怒られちゃって」
「でも、どうして私なのかな?」
「俺他に友達居ないし……」
「ドライズ君はダメなの?」
「あー……。あいつはダメ」
確かにドライズは数少ない友達の一人だが、この一件に関してははじめから候補から除外していた。
「あいつ、お昼はルクシエラさんの所に食事を届けて、そのまま一緒に食べてるんだ。家族の団欒に俺みたいな部外者が首を突っ込んで水を差したくない」
「部外者って……ハル君もルクシエラさんの弟子じゃないの?」
「……俺は弟子じゃ無いよ。ルクシエラさんが勝手に言ってるだけだ」
俺なんかがあの人の弟子を名乗るなんておこがましい。俺のせいであの人の顔に泥なんて塗りたくはない。
一通り話を聞いて、アリスはうんと納得したように頷いた。
「……そっか、そういう事なら仕方ないね。それじゃあ一緒にご飯食べようか」
「えっ、ホントに良いのか!? いや、マジで迷惑なら断ってくれても――」
「迷惑なんかじゃないよ」
俺の言葉を遮ってきっぱりと、アリスはにっこり笑顔を作ってそう言ってくれる。
今まで数え切れないくらい迷惑をかけてる筈なのに、全てを受け止めくれるアリスの優しさに、胸が苦しくなる。
「……ホント、ありがとな。アリス。今度絶対お礼するから」
「えへへ、期待してるからね」
アリスの笑顔が眩しかった。
◇ ◇ ◇
次の日の放課後。
傾いてきた日に照らされながら、俺はまどろみの中にいた。
場所は裏庭の木陰、いつもの場所。
お昼休みには約束通りアリスが付き合ってくれて。しかもわざわざまたお弁当を作ってきていた。『どーせまたディストピアみたいなご飯なんだよね?』って言われて。
申し訳なさと同時に、嬉しく思ってしまう自分が浅ましく。
でも、やっぱり。
一人で食べるよりも、確かに楽しかった。
放課後、ハルカ達と遊ぶ約束だったけど。教室まで迎えに行くのは少し気恥ずかしくて。
昨日みたいにここで待ってれば来てくれる、そんな気がした。
そしてゆったりと、ぼんやりと、意識は夢の世界に落ちていく……。
黒い球体が浮かんでいる。
それは強大な引力を伴って空気を、木々を、あらゆるモノを飲み込んでいく。
俺はその球体と向かい合い、自ら飛び込んで。
景色が変わり、真っ暗な世界が広がった。
夜の闇のような黒い空、明かりは無いのに、何故か視界ははっきりしている。
ひび割れた荒野のような大地に足を付け。
寂しさと、悲しさを感じるこの世界で、俺は白い球体を見つける。
球体の中では、何か塊のようなモノが二つ。遊泳するようにぐるぐる漂っていた。
そして突如。白い球体を、黒い霧が覆っていく。
その光景を見ている夢の中の俺は。恐怖と、無力感に襲われ。足を一歩下げた。
――ああ、俺は主人公じゃ無い。
こんな時、誇らしく、勇ましく、胸を張って戦えるような強さは、俺には無い。
何処までもちっぽけな、石ころだ。
気がつけば、俯いていた。
――やっぱり今日も、悪夢なのかな。
『大丈夫よ。ひとりぼっちは怖くても、おにーさんの周りには、沢山の幸せが溢れてるの』
夢の世界に、優しい声が溶けていく。
ふと、肩に温かさを感じて顔を上げると。
すぐ横でアリスが俺を励ましてくれていた。
びっくりして周囲を見渡すと、シジアンも側に居てくれた。
信頼を感じる眼差しがくすぐったい。
二人に支えられ、俺はもう一度闇を纏う白い球体と対峙する。
――そうだ。俺はちっぽけで弱いけど。
熱い炎が、身体の芯を燃やしていく。
刹那、球体を覆う闇が横一文字に切り裂かれ、霧散する。
水色のポニーテールを揺らした親友が、『後は君の仕事だろ?』と言わんばかりに挑発的な笑みを浮かべていた。
俺はその背中を追いかけるように槍を突き出して。
重い抵抗感に押し返されそうになりながら、それでも。
強く、前へ進む!
ふわりと背中が後押しされる感覚があった。
誰よりも気高く、誰よりも強い真っ白な大魔道士が、『しゃんとしなさいな』と言わんばかりに槍を持つ俺の手に手を重ねてくれる。
そうだ。
俺を支えてくれる人達。俺を信じてくれる人達。特別じゃ無い俺を、それでも『特別だ』といって拾い上げてくれる人達が居る。
俺は強くないけれど。
それでも。
みんなが居てくれるなら!
――どんな闇だって怖く無いんだッ!!
突き出した槍の先端から、光がほとばしり暗い世界を照らしていく――
◇ ◇ ◇
「……ああ」
うっすらと意識が戻ってくる。
「暖かい夢だった」
ハルカのおまじないが効いた証拠だろう。久しぶりに、気持ちの良い目覚めだ。
上体を起こして伸びをする。
左右からはすぅすぅ安らかな寝息が聞こえていた。
「やっぱり来てくれたんだな」
左手側にはハルカが、右手側にはキータが横になっていた。
「ありがとな、ハルカ。キータ」
眠っているのだ。聞こえちゃいないなんて判っていても言わずには居られなかった。
すると、二人は眠ったままうっすら笑みを浮かべた気がした。
「……よぉし、今日は派手に遊ぶか!」
恩返しするような心づもりで。小さな、けれど立派な魔法使い達が目を覚ますのを俺はのんびり待ち続けるのであった。
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