62話 子供の体力、無尽蔵かよ……
今週の〝永久の森〟は夏の様相。様々な植物が青々と茂り、その豊かな大自然をかき分けてぐいぐい突き進む事十数分。
「とうちゃーく、だよ!」「ようこそ、私たちの箱庭へ」
そう言って二人は俺の手を離した。
「な、こ、ここは……!」
目に飛び込んできた光景に言葉を失う。
木々が大きく切り開かれた空間に、巨大な建造物が建ち並ぶ。
それ等は大きな丸太を積み重ねられて作られていた。
俗にアスレチックと呼ばれる子供用の遊技場だ。
「ひゃっほーい!」
キータが大はしゃぎで建造物に駆け寄って、よじ登る。
橋子として組まれた丸太の上にはロープが張られ、キータは器用にロープの上を走り抜ける。思わずヒヤヒヤする光景だが、下方にはネットが広がっていて落ちても危険はなさそうだ。
「永久の森にこんな場所があったなんて……」
「アイルくんが作ってくれたのよ」
「マジかよあの人すげぇな」
これだけの設備を、個人が制作したと聞いて更に驚く。
「よっ、と!」
ふと、アスレチックを駆け回っていたキータが別の方向から降りて来て。
「えい」
ベチャ、と俺の服に何かを付けた。
「は?」
「隙だらけだよっ!」
キータはいたずらに笑ってまたアスレチックを登っていく。
「ちょ、なにこのサイケデリックな染み!?」
べちゃっと擦り付けられたのは何かしらの果実だった様で、俺の赤い制服に七色の染みが広がっていた。
「レインシアの実よ。洗えば簡単に落ちるから心配いらないの」
と言いつつハルカが俺の手のひらの上にすっぽり収まるサイズの熟れた果実を乗せた。
「その辺に沢山生ってるの。最後に一番綺麗な人が勝ちよ」
ハルカはそう言い残すと、キータとは別の遊具へと駆けていく。
「え、ちょ、ま、」
突然の事に呆然とするが、顔をぶんぶん左右にふるった後深呼吸し、状況を整理する。
「ふ、ふふ、そういう事かよ……」
どうも子供のお遊びに巻き込まれたらしい。そういう事なら、遠慮はしない。
「たくっ、覚悟しろよ!」
俺は啖呵を切って、ハルカに渡された果実を、アスレチックの上で動き回るキータに向けて投げた。果実は綺麗な軌跡を描いてキータの背中に直撃した。
「わわっ!?」
「良いコントロールね」
ちょこん。と張られたロープに座って揺られながらハルカがパチパチ控えめな拍手を打つ。
「お姉ちゃんだって高見の見物なんてさせないんだよ!」
キータは木の実をもぎ取ってハルカへ向けて投げる。
が、ハルカは座っていた状態から後ろに倒れ込むように身体を投げ出す事でこれを回避。そのままロープにぶらんとぶら下がると振り子のように身体を揺らして勢いを付け手を離した。
弧を描いて宙を舞い、やや下方のアスレチックに着地する。
「あっぶな!? 頼むから落ちるなよ!?」
俺はぞっとしたが、二人は無邪気にアスレチックを駆け回り、
「えいっ」
「わぷっ!?」
ハルカの投げた木の実を顔面に喰らってしまった。
ねっとりしつこい甘い匂いが鼻につく。
「くそっ高所を取られてるのは不利だ! 俺も登らないと……」
俺もアスレチックに足をかけ、急いでよじ登るのであった。
◇ ◇ ◇
「……たはっ! ぅぅ、く、」
数十分後。俺は身体を大の字に投げ出し空を仰いで息を切らしていた。
「つ、疲れた……子供の体力、無尽蔵かよ……」
「だらしないのよ」
「おにーさん、まだまだだよ!」
ハルカとキータは俺より上の方のロープにぶら下がりながらクスクス笑っている。
出不精の俺だが、学園の課題やルクシエラさんのお使いで常日頃からイーヴィルと戦闘をこなしている。体力が無いわけではない。
が。それもこれも『エンハンス魔法』の補助によるところが大きかったのだと痛感した。
流石に年下の下級生相手に、遊びでエンハンスまで使うのは大人げないと思ってセルフ縛りをしていたのだが……。
「思った以上に早く体力尽きた……俺の本来の体力ってこんなもんだったのか……」
昼休みいっぱい保たなかった事に少しショックを受ける。
――……いやまて、冷静に考えてみたら魔法使いなんだからそんなもんでも良いのでは?
なんて考えて居たら予鈴が聞こえてくる。
「しゅーりょー! 優勝は~?」
ぴょい、とキータがロープから飛び降りて下方のネットで勢いを殺し、しゅたっと地面に着地する。そのすぐ後ろをハルカが全く同じ動きで付いていった。
勝敗を決するらしいので俺も重い身体を持ち上げて二人の横に並び……。
三人揃って互いの汚れ具合を見て。
「……みんなドロドロでよく判らないのよ」
全員が全員全身に七色の染みを作っていた。
「じゃあ唯一顔が汚れてないおねーちゃんが優勝!」
「雑な判定だなおい!!」
「あははは!」
「うふふ」
キータとハルカが楽しそうに笑う。
「ったく……ふっ、ははは」
ふたりにつられて、俺も笑みを零していた。
「それじゃあ、今日の所はここまでよ」
ハルカはそう言って俺の前に立つ。
「うん? どうかしたか?」
俺が首を傾げると、ハルカはぐっとつま先立ちで背伸びをして。
「ていっ」
しゅっと人差し指を突き出して俺のデコを突いた。
「ほわ!?」
突然の不意打ちに思わずよろめき、尻餅をついてしまう。
「『デリシャス・ドリーム』」
「え? 何!? 何したの!?」
「悪い夢を、美味しい夢に変えるおまじないよ」
言われて、俺はハッとする。ハルカ達に振り回されたすっかり忘れて居たが当初の目的は魔導が原因と思われる悪夢を改善させる事だった。
「さっきも言ったけど、良い夢は良い現実から生まれるものよ」
ハルカはぽぅっとほのかに輝く指先をくるくる回して弄び、続ける。
「よく食べて、よく遊んで、いっぱい笑って、ゆっくり眠るの」
「あ、ああ……」
「それから、おにーさんに宿題よ」
「えっ、宿題!?」
「お友達と楽しいお昼ご飯。一緒に笑って、一緒に食べるの」
「……つまり、ぼっち飯食うなと?」
「平たく言うとそうよ」
――宿題感覚ですっげー無理難題言いますね!!
と、奥歯を噛みしめるが助言を求めている立場なので文句は言えない……。
「二人とも~! 急がないと午後の授業始まっちゃうんだよ!」
キータが森の出口へ続く道の前でぴょんぴょん飛び跳ねながら俺たちを呼ぶ。
「さ、立っておにーさん」
ハルカが差し伸べた手を取って俺は立ち上がった。
「ありがとう」
「また明日、次は放課後に遊びましょ」
「あ、ああ」
そして俺は永久の森を後にした……。
数分後。
「っぶねぇっ! ギリギリせーぇっふ!!」
俺は教室にスライディングで駆け込む。
「ファルマってば、ギリギリ過ぎ。一体何処で何して――」
ドライズが呆れながらこちらの方を振り向き、
「うわあああ!!? 何!? どうしたのその格好!?」
俺の姿を見て絶叫した。
「え?」
言われて自分の身体に視線を落とす。
「あ。」
レインシアの実で付いた汚れは、ハルカ曰く洗えば簡単に落ちるらしい。逆に言うならば。〝洗わなければ落ちない〟という事だ。
「……」
俺はすっかり七色に染まったワイシャツの胸元を摘まみ上げて、頭を掻いた。
今日はこの後ずっと汚れたままで、少し恥ずかしかった。
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