7話 ご歓談くださいと言われても!!
教科書を忘れたのは一科目だけ。後の時間は平穏に過ぎていく。
しかし怖かった。いや、勝手に落書きを解読した俺が圧倒的に悪いので自業自得なのだが。
やはりレンさんは苦手だ……。何を考えているのか判らない。
気を取り直して、放課後。
「さて……気合い入れるか」
昨日は部活動がない日だったのでいよいよ今日から本格的に部活動が始まる。流れで入った部活だが、たった二人の部活動。今後の人間関係を考えるとシジアンの心証を悪くしてはいけない。そもそも、シジアンにはこんな流れ者を拾って貰った恩義がある。
迷惑はかけられない。
活動は真面目に取り組もうと決めていた。
そして部室の前でもう一度気合いを入れて。
「たのもー!! 今日からよろしくお願いしまーっす!!」
意気揚々と扉を開いた。
すると部屋の中から二つの視線が俺に向かう。
一人は当然、この部屋の主たる部長のシジアンだ。
「お疲れさまです、先輩」
優しく迎え入れてくれるような微笑みが暖かい。
が、問題はもう一つ。
部屋の中にもう一人。
何故かレンさんが居た。
『テンション高いなこいつ』と言わんばかりの冷たい視線が突き刺さる。
「……」
俺はそーっと扉を閉じた。
「先輩!!?」
幻覚でも見ているんじゃないかと思い、深呼吸をした後扉を開き直す事数回。
俺はいい加減現実を受け入れて部室に入った。
そして、とりあえずシジアンの横に座る。
「えっと……どういう状況?」
俺は恐る恐るシジアンに聞いてみた。
「マジッククラフトは様々な道具に魔法的効果を付加する技術です。付加する方法は色々ありますが安定的、持続的に効果をするには魔法陣の存在が不可欠となります」
「それは判るけど……」
「そこで、レンさんが運営している“魔法陣研究会”と提携して魔法陣を提供していただいているのです」
魔法陣研究会。確か、部活リストの人員が一名の欄で見かけた記憶がある。
「そして完成したマジックアイテムの複製品をレンさんに提供する事で双方の部活動による成果物として提出していました」
なるほど、人員が少ない部活同士持ちつ持たれつの関係で活動していると。
……つまり、今後部活動を行う上でレンさんと関わっていくのは不可避であると。
気づいたら頭を抱えていた。
「ど、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない……なんでも……」
ここで『レンさんとうまくやっていけるか自信がない』なんて言えない。
レンさんは相変わらずの無表情で、何を考えているのか判らない。
そして、ちらりとレンさんが僅かに首と瞳を動かして俺の方をみる。そして、改めてシジアンの方へ視線を向けて、僅かに首を傾けた。
シジアンはその動作の意図をくみ取ったようだ。
「ファルマ先輩は先日からこの部活動に参加する事になりました」
「……ふーん」
レンさんの言葉数は少ない。
今、何を思っているのだろうか。
『昼間の失礼な奴と協力しなきゃいけないの? 最悪ね』とか思っていないだろうか……。
あ、でも。無理に俺がレンさんと関わる必要は無いのかもしれない。今だって応対しているのはシジアンだし、基本的なやりとりを任せてしまえば……。
「と、言うわけで。今後はファルマ先輩が注文する魔法陣を制作していただきたいと思っています」
え?
「細やかな仕様など発注内容に関しては都度ファルマ先輩と相談して貰えれば」
まってまってまってまって!!? 何言ってるのシジアンさぁん!!?
「お二人の素晴らしい連携を是非、部活動でも発揮していただきたいと思っています」
何言ってるの!!? まるで『部活以外でも連携してる』みたいに言ってますけど俺、レンさんと一度も組んだ事ないよ!!?
「……連携?」
どうやら、混乱しているのは俺だけでは無かったようだ。
レンさんがやや大きく首を傾げた。
「……え?」
シジアンは俺とレンさんを交互に見比べ。俺たちが明らかに困惑している事を確認して。
「……あれ?」
想定外と言わんばかりに目を点にした。冷静で大人びた彼女らしくない、年相応の可愛らしい声だった。
イーヴィルという神出鬼没の魔物を倒す事は魔導師の責務である。
そしてその卵である学園生も実習として危険度の低いモノではあるがイーヴィルを討伐している。
対象となるのは四年生以上。つまり、俺たちもすでに何度か実践経験を積んでは居る。
が。
俺はドライズ以外のクラスメイトとチームを組んで戦った事はない。
「す、すみません。早とちりをしてしまって」
そう説明すると、シジアンは慌てて頭を下げた。
「お二人とも同じクラスだったので、てっきりもっと関わりが深いものかと思っていました」
まぁクラスが同じなのは確かだしリーゼの指揮次第では組む機会があってもおかしくはなかった。とはいえ、『素晴らしい連携』をしているとまで想像するのは行き過ぎだと思うが……。
俺、クラスにドライズ以外の友達居ないんですよ……。
「ともあれ、今後活動する上で協力していく事は必要不可欠です。お二人には是非親密になっていただきたいです」
親密、かぁ。全く自信がない。
「あ、そうだ。折角の機会です。このまま少し交流会という事でお茶にしませんか?」
え?
「レン先輩、お時間は大丈夫ですか?」
シジアンの問いかけに、レンさんはこくりと小さく頷いた
「では、お茶とお菓子を用意しますので、しばしご歓談ください」
ちょ、ちょっと待ってぇ!?
ご歓談くださいと言われても!!
シジアンは席を立ち部室の奥の方へ行ってしまう。
「……」
「……」
沈黙が狭い部室を支配する。
俺は冷や汗をだらだら流しながら床のシミの数を数え始めた。
「……ねぇ」
沈黙を破り、投げかけられる言葉。
ひぃっ、と声に出さなかっただけ褒めてほしい。
「……昼の事なんだけど」
やっぱり怒っていらっしゃる!!?
目を合わせることはできないまま、けれど逸らしたままなのも不自然なので。俺は顔だけレンさんの方を向いてレンさんの背後にあった道具棚を見つめた。
「な、なんでしょうか」
「……あれ、ホント?」
言葉の意味が分からない。アレってなんだ?
「あのぅ……アレとは一体何の事ですか?」
恐る恐る、聞いてみる。
すると。レンさんは身を乗り出して。
「……凄い、って言った」
「え?」
俺が疑問符を浮かべると更に身を乗り出して。
「……魔法陣」
と、真剣な目を向けてくる。
「え、えっと」
俺は気圧されながら意図を把握する。
どうやら俺が、レンさんの魔法陣をどう思っているか聞きたいらしい。
俺は深くは考えず、思った事をそのまま口に出した。
「レンの魔法陣は世界一凄いと思ってるよ」
!?!?!?!!!?!?!?!??
ななな、何が起こった!!??
え、今の俺が言ったの!!?
突然のタメ口!! 呼び捨て!! 我ながらきもい!!
「……は?」
そりゃそういう反応になりますよね!!
俺は慌てて口を押さえる。
「す、すすす、すみません!! なんか口が勝手に! 今の忘れてください!!」
いきなり馴れ馴れしい上に機嫌取りに調子の良いこと言ってるようにしか聞こえない!!
レンさんは眉間に皺を寄せた。
もう俺はレンさんとまともに人間関係を構築できないかも知れない……。
そうやって半ば諦めかけた……が。
「……不思議。前にも一度、聞いた気がする」
レンさんはただ、言葉の通り不思議そうに首を傾ける。
そして。
「……世界一、か」
言葉の意味を噛みしめるように繰り返し……表情に乏しい彼女にしては、珍しく。
明確に頬をゆるませた。
「……悪い気はしない」
どうやら機嫌を損ねた訳では無いようだ。
少しだけ安心する。
しかし何だったんだ今のは……。
まるで普段から言って居たみたいにするりと零れ出た言葉。けれど、決して嘘偽りは無かった。
反芻して、やはり思う。
あの魔法陣は〝世界一のモノ〟だったと。
同時に――そんな〝世界一〟と言える才能を持つレンさんに仄かな嫉妬心を抱いてしまう自分が居た。
――やめろ。俺はどうせ石ころだ。どんなに焦がれたって届きはしない……。
そうやって俺は、心の中でくすぶる炎を必死に埋め立てた。
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