60話 ……あ、社会的に死んだわ
「ふわぁ……」
大きくあくびをする。
ダメだ、最近本当に眠い。
睡眠時間は取れているのだが寝ても寝ても眠気が消えてくれない。
眠る度にあの夢を見る。黒い謎の球体、あれは一体なんなのだろうか。
現在時間は3限目が終わったところ。次の4限目は自習だ。
「ちょっとずるいけど……許して欲しいな」
俺は教室を抜け出した。
自習時間と、そのまま続く昼休みを利用して昼寝をするつもりだ。
ふらりと向かった場所は、部活に入る前に食事に使っていた裏庭の木陰。
俺は身体を投げ出して、仰向けに寝転ぶ。
「よっと」
時期は晩夏だがまだまだ気温は暑い。そこで俺はポケットから魔石を取り出した。
「じゃじゃーん!」
誰が居るわけでも無いのに見せびらかすように魔石を掲げる。
「ドライズが寝てる間に盗んだ氷の魔力!」
冷気の放出範囲を俺の周囲に固定して、枕と布団をマテリアライズする。
「枕元に魔石を置いてっと」
そこまでするなら寮に戻って寝れば良いと思うかもしれないが、寮に戻ると寮長に説明するのが面倒だしあえて外で布団と枕を広げるのも中々乙なモノだ。
眠気はずっと襲っているので俺の意識は容易くまどろみの中に落ちていった。
ああ、また夢を見ている。
身体が重い。それは眠りの中にいる気怠さなのか、そういう夢を見ているからなのかは判らない。ひび割れた地面に、真っ黒な空。
周囲には根こそぎ掘り起こされた木々やバラバラになった遊具、電灯、瓦礫、いろいろなモノが浮かんでいる。
視線の先には……白い球体。
――今度は白か……。
その正体はわからない。でも俺は、歯を食いしばってその球体を睨む。
夢だというのに。全身が痛い。特に左肩は痛いを通り超えて感覚が無い。
理由も、状況も全く判らないが。
痛い。辛い。苦しい。
そんな気持ちが心を埋め尽くす。
でも、俺は――
『石ころにも、譲れない意地はあるんだッ!!』
そう言って、がむしゃらに槍を振るう為に。
右手を、伸ばした――
むに。
「……んあ?」
夢から現実へ、意識が返ってくる。
やはり、奇妙な夢を見たせいであまり熟眠感は無い。
とりあえず、状況を確認する。
頭はまだぼんやり。ドライズからパクった氷の魔力で調節された気温は良好。
夢のせいか右手は伸ばしていた。そしてなんだから柔らかい感触。
――……柔らかい?
その違和感に気がついた時。
俺は漸く目の前に広がっていた光景を認識した。
「……え?」
目の前に――誰か居る!!
ピンク色の短めな髪、あどけなさ残るふっくらした顔つき。瞳は閉じられ、すぅすぅ安らかな寝息が聞こえてくる。芝生の絨毯にふわりと落ちる制服のスカート。校章が示す学年は一年生。
見知らぬ一年生の女子が、目の前で寝ている!!
そして俺はその一年生女子の胸をおもいっきり触っていた。
「……あ、社会的に死んだわ」
さーっと血の気が引いていくのを感じる。
お、おおおお、落ち着け!!
当人はまだ眠っている!
誰かに見られてない限り、今のうちにそーっと手を離せばセーフだ!!
――誰も、居ないよな……?
俺は恐る恐る首だけ動かして周囲の気配を探った。
すると。
「うぇっ!?」
首を後方へ回しきったところで。今度は金髪の男子生徒が眠っているのを確認する。
校章が示す学年はこちらも一年生。俺の目の前で眠っている少女と輪郭が似ている気がする。
つまり俺は今、見知らぬ男女に挟まれた川の字で寝ているという事か!?
衝撃的な状況に思考回路がフリーズする。
そして……
「むにゃ?」
「あっ」
目の前で眠っていた、ピンク髪の見知らぬ一年生の瞼が、ゆっくりと開かれた。
――終わったぁ……。
なんか最近すぐ終わった気になってるような……。
ともかく、俺は慌てて腕を引っ込めた。
「ち、違、これは事故で!!」
顔中からだらだら汗を流しながらわたわた言い訳をする。
俺はビクビクしながら、少女の反応を伺った。
大声でもあげられた日には本当に社会的に死ぬ。
なんとかして許して貰わなければ……と身構えていたのだが。
「ふあぁ」
ピンク髪の少女は上半身を起こして大きなあくびと共に伸びをした。
まるで何事も無かったように。
そして。
「おはよう、おにーさん」
彼女はまだ眠たそうに瞳を半開きにしたまま、にこりと僅かに微笑んで、俺に挨拶を投げかける。
「え、あ、お、おはようございます……」
もっとこう、騒ぐなり暴れるなりする事を想像していた俺は面食らってしまった。
ひょっとして、寝ぼけていて俺がお手つきしてしまった事に気づいて無いのかもしれない。
ピンク髪の少女は空を見上げ、偶然飛んできた赤いチョウチョを指先に止めて。
「ん、良い昼下がり。気持ちいい寝起きよ」
と、独白する。
どうやら生活指導沙汰にはならなさそうに感じる。俺はほっと胸をなで下ろした。
すると少女は、
「ところでおにーさん。女の子の身体を勝手に触るのは良くないよ?」
と、腰に手を当てて頬を膨らませてむっとした表情を作って言う。
――全然寝ぼけて無かったーッ!!
普通に糾弾されたので、俺はゼロコンマの速さで姿勢を組み替え、土下座した。
「すいませんでしたーッ!!」
収まっていた胸の鼓動が改めて爆速で高鳴って行く。多分あれだ。この子は超マイペースなのだ。一つずつ、自分のペースで物事を処理しているから、こんな感じでタイムラグのようなモノが発生するのだろう。
このままではまずい。通報や生活指導だけは勘弁して貰えるように交渉しなければ。
なんて思っている俺の焦りなどどこ吹く風で。
「ん、反省しているのならいいのよ」
と、寛大な言葉が降ってきた。
「え、あ、は、はい……」
あまりにもあっさりと許されてしまって拍子抜けしてしまった。
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