外伝58.6話 『我が戦いの道は続く——』
「『我が戦いの道は続く——』」
『ここでなっちゃんの詠唱だぁっ! 大技の予感ッ!』
ナギさんの身体を包む『神威』の帯が、まるでナギの血液を吸収しているかのように深紅へ染まっていく。
「受けて立ちます!」
マナトは詠唱の妨害はせず、二つに分離していた剣を元の一つの剣に戻して構える。
「『我が研鑽、我が生涯。まだ見ぬ地平を求め——』」
溢れる魔力がナギさんの身体から零れて闘気となって立ち上る。そう、この魔導こそ本来『サクリファイスの刻印』を限界まで解放する事で使用されていた『神風』に変わる魔導。
「『何処までも進みましょう』ッ!!」
器にゆっくりと注がれていった水が少しずつ溜まってゆき、やがて満ち溢れ、一気に零れ落ちる様に。
緊張した静寂を切り裂くようにナギさんの刀が振るわれた。
「『神薙』ッ!!」
ごうっと決闘場内の大気が震える。
その一撃は間違い無く、『神風』と遜色ない一撃。
そして、ナギさんの名を踏襲した彼女の新たな襲名魔法。
それを、マナトは真っ向から受ける!
「ぐぅっ!!」
魔力と腕力、双方纏った強大な一撃に、マナトの身体がズリズリと少しずつ後方に押されていく。
しかし。
「『僕は願う。貪欲に、強欲に——』」
ナギさん渾身のその身に受けつつ、マナトは対抗するように詠唱を始めた。
「『ただ、この目に映る全てを救いたい』ッ!!」
マナトが構える黒い剣が、マナトの意志に呼応するように巨大化してゆき。
「『一刀両断』ッ!!」
力強く刃を振るうと、
ナギさんの刀を押し返して。
真っ黒な巨大な刃が、ナギさんの胴体を捉えた。
ナギさんの身体が吹き飛ばされると同時に、甲高い音が複数鳴り響く。魔法障壁と、『神威』が砕け散った音だ。
『決まったーッ!』
『障壁の破壊を確認、勝者はマナトとなります』
吹き飛ばされたナギさんは、空中で受け身を取って綺麗に着地する。
「神器使いにはまだ、及びませんか……」
敗れた割には彼女は嬉しそうに顔を綻ばせ、呟いた。
「大丈夫ですか?」
マナトが心配そうに歩み寄る。
「問題ありません。きちんと全力で迎え撃ってくださり、ありがとうございました」
ナギさんは改めて立ち上がると、マナトに深く礼をした。
ナギに大事が無い事を確認すると、安心したのかマナトはホッと一息ついて。
「良い魔法でした。これが、ナギの答えなんですね」
「はい。新しい風が私を導いてくれました。私の道は、まだまだ遠く続くようです」
「応援していますよ。これまでも、これからもずっと」
「ええ。いつか、道の果てに貴方達を越えて見せましょう」
◇ ◇ ◇
試合が終わり、ギャラリーとエクレア達が去って行く。
俺はレンと二人揃って一階に降りてナギの元へ向かった。
「お疲れさん。まだまだ調整が必要だな」
レンの方は早速ナギさんから魔石を受け取って魔法陣の調整を始めている。
「しかし、予想以上でした。『刻印』を使わずにここまで動けるとは自分でも思っていませんでしたので」
「ま、その点は流石レンの魔導って事だよ」
早速改良に没頭するレンに視線を向けて、俺は言った。
ふと、ナギさんが真っ直ぐに俺の目を見る。
「『神風』こそ私という一人の戦士の終着点だと考えて居ました。しかし、新たな世界で、新たな技術と新たな人々に触れて。私もまだまだ捨てたモノでは無いと思えました。力を貸して下さり、本当にありがとうございます」
マナトにしたように、俺にも深く礼をするナギさん。しかし俺は居心地の悪さを感じる。
「いやいや、お礼なら俺よりレンにしてくれよ。俺は大した事してないんだし」
「ですがこの魔導を考案してくださったのはファルマ君ではありませんか」
ナギさんはそう言ってくれるが。
『神威』に関して俺がやった事と言えば最初の設計と、マジックアイテムとしての最終調整くらいだ。これは、マジッククラフトを少しでも囓った事のあるヤツなら誰でも出来る作業である。『神威』の神髄は異国の大魔導『サクリファイスの刻印』とそれをマジックアイテム様に調整したレンの『紋章』にある。
「俺がやった事なんて誰でも出来る事だよ。本当に凄いのは『刻印』を作った、ナギの国の人とそれを改造したレンの技量さ。俺なんて居なくても成立するんだ。お礼を言われる程の仕事はしてないって」
寧ろ、少ししか関わって居ないくせに最初の条件で『神威』の使用権を自分に付与している辺り、我ながら卑しいと思う所だ。
しかし。俺の言葉を聞いたナギさんは少しだけ驚いた様子を見せて。
くすり、と笑った。
「貴方はマナトと少し似ていますね」
「え? いや、俺はあんな聖人じゃ無いぞ?」
「いえ、自虐的、というか自身を過小評価する所が昔のマナトにそっくりなんです」
「過小評価? 真っ当な自己分析だろ?」
「いいえ。ファルマ君。『神威』は——貴方にしか作れない道具ですよ」
ナギさんにそう言われて、俺は戸惑った。
決してそんな事は無いはずだ。マジッククラフトの技術としては初歩的なモノしか使っていないのだ。誰だってあの魔導を作り得た筈である。そんな俺の心を見抜いているのか、ナギさんは続ける。
「確かに、技術的な面を見れば簡単なモノなのかもしれません。ですが事実として。この魔導は今まで存在せず。貴方が力を貸してくれたらこそこの世に生まれ出でたモノではありませんか」
ナギさんはそう言いながら、蹲って魔法陣の改良に試行錯誤しているレンの方へと近寄った。
「レンさんの『紋章』と私の『刻印』を結び付ける事が出来たのは、貴方が私達の橋渡しをしてくださったからです。私一人ではそんな発想浮かびもしませんでしたから」
俺が、レンとナギさんを結びつけた?
「貴方が私に手を差し伸べてくれたからこそ、この魔導は完成したのです。誰にでもなんて出来ません。貴方だからこそ、為し得たことなんです」
「そんな事言われるとは思っても無かったな」
自分にしか出来ない事なんて無いと思っていた。
「俺が出来る事なんて、特別な才能が集まるこの学園では誰だって出来る筈だよ。だって俺は、特別な才能も、背負うモノもないただの一般人なんだ」
「いいえ。貴方にしか出来ない事は沢山あります。才能や能力だけが全てではありませんよ。ですから、ご謙遜なさらないでください」
ナギさんの言葉を、正面から受け止める事が出来ない。
俺は自分が嫌いだ。
特別になれない自分が。
ちっぽけな自分が。
「俺の事買いかぶりすぎだよ」
でも。
「……ありがとう」
「これからも、良いお付き合いが出来ると嬉しいです」
「ああ。乗りかかった船だし、今後も調整には付き合うさ」
俺は俺を認める事が出来ない。
けれど俺を認めてくれる人が居るならば……その信頼には最大限応えたい。
それが特別になれない石ころの、捨てられない矜持だ。
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