6話 教科書忘れたぁ……。
翌日
教科書忘れたぁ……。
無策だった訳じゃ無い。絶対に忘れてはいけないと思い、寝る前に鞄の中身を何度も再確認したのだ。一つ一つ手に取って。その結果再確認しすぎて、鞄にしまい忘れたモノがあったらしい……。
やはり慣れない事を急にしようとするものじゃない……。
ど、どど、ど、どうする??
最悪、教科書無しでノートだけ写して乗り切るしか……。
「では、46ページの三行目から。ファルマ君、読み上げてみてください」
ああ! こういう時に限って教科書必須のイベントが挟まりますよね!!
「ぁ、えっと……」
俺は先生から目を逸らす。
「おや? どうなさいました?」
「その……教科書、忘れました」
次の瞬間。
「ダメですよ、マナト君」
担任であるセレナ先生がビシッとスティック状の杖を差す。
「ッ」
教科書を忘れたのは俺なのに何故にここでマナトが注意されたのかと、みんなの視線が一斉に先生の杖の先へと集まった。
するとそこには、いつの間にやら天井に張り付いて教室の出口に手をかけていたクラスメイトの姿があった。
忍者かアイツは。
「流石は先生です。完璧に気配を消したつもりでしたが……」
マナトは渋々、貼り付いていた天井から降りた。
だから忍者かよ。
アイツ、何しようとしていたんだろう。
「授業中に無断で教室から出ようなんて、真面目な貴方らしくも無い。何が目的ですか?」
「……サボろうかと思いまして」
マナトは視線を逸らして、そう言った。誰がどう見ても嘘だと判る。すると、彼と親しいクラスメイトであるナギが声をあげる。
「マナトは教科書を忘れたファルマ殿へ、秘密裏に教科書を届けようとしたと思われます」
マジか!? 人助けが趣味の変わったヤツだとは思ってて居たが、特に仲良くも無い俺の為に嘘まで吐いてそんな事しようとしたのか!?
聖人か!?
「人助けとは素晴らしい事です。けれど、過ちを無かったことには出来ません。この度はファルマ君のミス。その償いはファルマ君自身がするモノです。席に戻りなさい」
「……判りました」
マナトは素直に席へと戻った。
「と、言うわけでファルマ君。ペナルティで課題プリント増量です」
「うへぇ……」
「それでは、今日は隣のレンさんに教科書を見せて貰ってください」
課題が増えたのは残念だが、これは僥倖だ。先生の指示ともあらば、無碍にはできまい。
「よろしくお願いします」
俺はレンさんにぺこりと頭を下げる。
そして机を寄せようとして。
ふと、レンさんの顔色を伺ったら。
ものっ凄い嫌そうな顔をしていた。
――あっ心折れそう……。
昔、よく使っていた口癖が思わず脳裏に蘇る。
「えっと、あの……すみません」
俺は恐る恐る机を付けた。
いくら否定的とはいえ先生の指示だから向こうも見せない訳にはいかない。
レンさんは僅かに手を振るわせながらそーっと教科書を机の境目に差し出して。
――そんなに嫌ですか。勘弁してくださいそろそろ泣きますよ?
と俺は涙を堪えつつ教科書に目を落とした。
……そして、悟る。レンさんがどうしてこんなに嫌がっていたのか、その理由を。
教科書が落書きまみれだったのだ。
これは確かに見せたくない。
余白なんて見あたらないくらい隅々に幾何学的な模様が書き込まれている。成績は優秀だし、真面目なイメージがあっただけに意外だ。
「では、ファルマ君。読み上げてください」
「え? あ、はい!!」
そういえば元はそんな指示だった。完全に忘れていた俺はとりあえず教科書の文面を読み進める。
「『襲名魔法』とは中世発祥の『固有魔法』の様式である。中世では現代の様に『基礎魔法』というものが定められて居なかった為どのように個性的な『固有魔法』を扱えるか、が魔導師の評価に繋がっていた。自作した魔法に自らの名前を付ける、あるいはなぞらえた名称を付ける事で魔導師として名前を世間に売り込んで居たのである。そして、優れた『襲名魔法』を持つ魔導師の元には門下生が集まり、師に認められた者が『襲名魔法』を受け継いでいった」
へー。ルクシエラさんの『ルクス・エクラ』って妙に名前と似てるなって思ってたけどつまりあれが『襲名魔法』って事か。
「朗読、ご苦労様です。さて、この『襲名魔法』は当時の魔導師達にとっては顔同然の物でした。より多くの人間に自分の『襲名魔法』を使って貰える事を目標に当時の魔導師達は日々研鑽していったのです」
――……。
一瞬、自分が『ルクス・エクラ』を使う姿を想像してしまう。そして、そんな自分を鼻で笑った。
俺は弟子じゃない。
そんな器じゃないんだ。
俺みたいな凡人なんかが弟子を名乗ってしまうと、ルクシエラさんの評判が下がってしまう。
俺のせいでルクシエラさんに迷惑がかかること、それだけは嫌だった。
「現代においては師弟間で継承していく、という一面よりも単に『自信作の魔導に自分の名前を準えて命名する』といった一面だけが風習として残り……」
授業は進んでいく。
で、教科書を見せて貰っておいてこんな事を想うのは甚だ失礼な事なのだが。
落書きが多すぎてとても読みづらい。つい視線が落書きに行ってしまう。
円形を基本とし、円の内側に複雑な幾何学模様が書き込まれている。俺はその落書きを見て〝魔法陣〟だと悟った。しかし、一般的な魔法陣よりも密度が何倍も濃い。
けど、何故だかどこか見覚えがあるような……。
気付けば俺はレンさんの落書きに見入っていた。
そして。
突如、頭の中に記号の羅列が浮かび上がる。
授業で習ったこともない公式や、文字が記憶の底から湧き出るように頭に浮かんできて。
同時に、その一つ一つがレンさんの落書きに対応したモノである事を直感した。
俺は知らぬ間にレンさんの落書きの解読を始め、一つ一つ、パズルのピースがカチャリとはまり込んでいくような感触を感じつつ。
やがて。
「ああ! 凄い、めっちゃ凄いなこれ。三個の魔法陣が重ねてあるのか」
俺は、パズルが解けた気持ちになってしまい思わずそう呟いてしまった。
「あっ――」
ヤバイと思ってすぐに口を押さえたがそんな事をしても言ってしまった事は取り消せない。
バッとレンさんが凄い反射神経でこちらの方を向いた事を感じる。
教科書を見せて貰っておいて、勝手に落書きの解読なんてされても嬉しくは無いだろう。
機嫌を損ねたかもしれない……。
大量の冷や汗が流れていく。
レンさんの方を見る事も出来ず硬直していると、ボソリ、と小さな声が聞こえてきた。
「……なんで、判ったの?」
「え?」
何かしら怒られると思っていただけに予想外の言葉で、俺は戸惑いレンさんの方を見た。
レンさんは目をやや大きく開き、驚いて居るように見える。
怒っている訳では無いらしい。
そして、そんなレンさんが更に続ける。
「……普通、一つしか見えない」
確かに、描かれているものは一つの図形として完成している。
けれど、
「法則に従って線を取捨選択すると別の図形が浮かび上がるんじゃないのか?」
読み解いた答えを聞いてみる。
「……何故、法則を知ってるの?」
言われてみて、首を傾げた。
俺は一目しただけでこの魔法陣の〝解き方〟を直感したのだ。
確かに不思議な話である。
「えっと……勘?」
俺がそう答えるとレンさんは。
「……ふーん」
俺の答えが気に入らずに呆れたのか。
それとも興味を失ったのか。一言、そう零すと元の無表情に戻り、黙ってしまった。
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