54話 助けてっハル君……!!
夢を見た。
アリスが笑っている。
今まで何度も――
「ってそれはもう良いんだよっ!!」
ガバッと俺は上体を起こして目を覚ました。
「まだアリスの夢見るのか……意識しすぎだろ……」
あれだけ色々あったのにまだアリスに未練を残している事を突き付けられたような気がして胸が苦しくなった。
「……二度寝しよ」
ため息交じりに、俺はもう一度眠りについた。
…………。
〝アリスが泣いている〟……。
◆ ◆ ◆
突然の事だった。
この日は休日で、私は街に出て買い物をしていたのだけど。
ふと違和感を感じた。
気がつけば大通りだと言うのに人通りが全く無く。
「何これ、気味が悪いね……」
嫌な予感がする。キョロキョロと周囲を見渡した。
いつの間にか霧が立ちこめていて遠くがよく見えない。
ゾクゾクと悪寒を感じる。
嫌な予感、良く無い気配を本能が察知する。
「と、とにかく帰らなきゃ……」
学園へ戻る道を進もうとしたその時。
静かで不気味な世界に一つ浮かぶ影を見つけた。
「っ!」
霧に隠された影が少しずつ近づいて来る。
自分以外の人間を見つけて、感じ取ったのは——危機感。
殆ど直感的に駆け出していた。
その直後。
「『第四水流魔法』」
霧の奥から突如津波が発生し、大通りの全てを飲み込む!
「きゃあ!?」
津波に押し潰されながら、驚愕する。第四階級の基礎魔法が詠唱無しで飛んで来たのだなんて!
かつてイーヴィルとして無数の魔導士の願いという膨大な魔力を背負った自分が、『ナイトメア・ダークマインド』の発動下において漸く出来た程の事なのに!
それを、謎の人物は事も無げにやってのけたんだ!!
津波が引いていく。私は何とか立ち上がって、とにかく走った。
服が水を吸って重たい。折角買った物も置き去りにしてしまった。
どうして突然こんな事になったのか、訳が判らない。
けれど明確に、敵意或いは悪意を感じる!
イーヴィルであった頃の私なら、『ナイトメア・ダークマインド』を利用して様々な攻撃魔法を無理矢理使えたけど、私の本来の役割はヒーラー兼サポーター、バリバリの後方支援タイプ。
今の私に直接戦闘は殆ど出来ない。
だからこの状況では逃げる事しか出来ない。
「『第三水流魔法』」
凝縮された水の弾丸が背後から放たれ、頬を掠めていく。
幾つも、幾つもの弾丸が放たれ、時に地面を、壁を穿つ。
わざと直撃から逸らしているように感じ取れた。
「なんで、なんで!? どうしてこんな——」
相手の正体も判らないまま、理不尽に攻撃を受け、逃げ惑うしかない。
自分と敵以外に誰も居ない世界、孤独感が恐怖と不安をより強くする。
無意識に身体が震えていた。気がつけば涙が滲んでいる。
遂には足がもつれて転んでしまった。
「あうっ!?」
ダメだ、早く立ち上がらないと追いつかれる!
そう頭で判っていても。いよいよ身体の自由が効かなくなっていく。
何とか身体を起こすも、足に力が入らず立ち上がれない。
半ばパニックになりながら振り向くと、追いついた追跡者の姿がハッキリ見えた。
長方形の眼鏡をかけた痩せぎすの四十代程の男性。これと言って外見的な特徴は無い。こう言うのもなんだが、何処にでも居そうな容姿だった。しかし彼が私を見下ろすその目つきはとっても冷たくて。
「ふむ。ここまで追い詰めても使わないという事はやはりイーヴィルとしての力は完全に失っている様だな」
彼は淡々とそう言って数秒ほど何か考え込む素振りを見せた。
「術式自体はまだ残っている様だが……何かしらの要素が足りないのだろう」
そして、結論が出たように頷くと、呟く。
「施設に連れ帰って解剖でもしてみるか」
そのおぞましい言葉に、声にならない悲鳴を上げる。この人は、何の躊躇もなく人間を解剖すると言い放ったんだ。狂っているとしか思えない!
「やっ、いやッ来ないでッ!!」
捕まったら殺される。逃げなければと焦るが身体は言う事を聞いてくれない。
距離を取ろうとしても立ち上がれないまま身体を引きずる事しかできず。
がむしゃらに、落ちていた石を投げてみるが軽く避けられて、
「暴れるな」
面倒くさそうに一言だけ言って、男が近づいて来る。
「やだっ! やだぁっ!!」
私は必死に叫んだ。
ついさっきまで当たり前の日常を過ごしていた筈なのに。
突然正体不明の人物に襲われ、しかも解剖するとまで言われ。
怖くて怖くて、もう、どうすれば良いのか判らない。
「助けて……」
もう、何かにすがるように助けを求める事しかできなかった。霧に包まれ、人も無く明らかに尋常じゃないの空間で、その言葉にどれ程の意味があるのだろうか。
絶望を受け入れるしか無い様な、そんな状況で。
「助けてっハル君……!!」
気がついたら、彼の名を呼んでいた。
そしていよいよ男の手が私に届こうとしていた、その時。
「『二連朱槍』ッ!!」
二つの炎弾が男に直撃する!
「む?」
男は一瞬だけ怯み。その隙に小柄な少年が私の元へ駆け寄り。『エンハンス』魔法を発動し筋力を増強させて抱きかかえてくれる。
「逃げるぞッアリスッ!!」
ハル君は私を抱いたまま霧の中を走る。私は突然の事に驚きながら、ハル君が助けに来てくれた事を遅れて理解し、その胸に顔を埋めた。
「うわぁぁん!! ハル君っ!! ハル君……っ!!」
さっきまで感じていた恐怖が、孤独が、たった一つの灯火によって打ち払われていく。
「なんで来てくれたの!? どうして判ったの!? ぐすっ、うぇぇん!!」
ハル君は子供の様に泣きじゃくる私に厳しい顔つきで伝える。
「落ち着けアリスッまだ何も解決しちゃいねぇっ!!」
「でもっ、でもぉ」
君が言いたいことは事は判るけどね。
相手の正体は不明で。
ただ、強大な敵である事には違いない。
このまま逃げ切れるかどうかまだ判らないけど……。
それでもね、
ハル君が現れただけで、一人じゃ無くなっただけでとても心強かった。
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