53話 俺は、弟子じゃ無いです
「ちょっと!! どういう事ですか!!」
応接間に放り込まれるなり、俺は校長に詰め寄った。
「落ち着け、まずは何について意見があるのかをしっかり述べよ」
「俺がイーヴィルを討伐したって話ですよ!! 校長はどこまで知っているんですか!?」
校長は俺にお茶を差し出しつつ、自分自身もティーカップを持ち上げすする。
「無論、一部始終、隅から隅まで把握しておるわ。お主がイーヴィルに狙われた事、そのイーヴィルがアリシアを核として顕現したこと。とどめを刺した魔導が〝破滅の光〟であった事、全てな」
「だったら何で!? 俺がイーヴィルを一人で倒したなんてみんなの前で言ったんです!? 俺の切り札の正体まで知ってるなら、それが俺の技術や能力で作られた訳じゃ無いって事も知ってるんでしょう!?」
まくし立てる俺に、校長はもう一度強調するようにティーカップを差し出して。
「落ち着け、と言っておる」
と、今度はやや強く言った。
俺は思わず怯み、そしてバツが悪そうにソファへと座り直してティーカップに手を伸ばす。
「あれは建前じゃ。ワシとて、純粋な実力だけでお主を選出した訳ではない」
「つまりどう言うことですか」
「お主には、成績なんて関係無い面での役割を期待して声をかけたのじゃ。じゃが、お主が自白したとおり成績面では決して優秀ではないお主があの場に居ると、怪訝に思う者も出るじゃろう。故に、建前として“実績”が必要だったのじゃ」
ティアロ様の言葉に、納得出来ない。
「そんな張りぼての“実績”すぐにボロが出てばれるに決まってるじゃないですか! それでルクシエラさんに迷惑が掛かったら——」
「その、ルーシーが問題なのじゃ」
「え?」
「改めて、お主に要請する。ワシがあの組織にてお主に求める役割。それは……」
「それは……?」
「ルーシーの手綱を引いてほしいのじゃ」
「ちょっとまってなに言ってるのこの若じじい」
あの、傍若無人を擬人化したような人の手綱を引けと? 改めて、なにを言っているんだこの人は。
「お主……口の悪さがどんどんルーシーに似てきておらんか……?」
「いやいやいやおかしいでしょう!? 手綱って、俺にあの人の制御が出来るわけ無いじゃないですか!!」
まさかそんな事を言い出されると思っていなかった。当然再び取り乱す。
「いいや。あ奴はお主を溺愛しておるからな。お主の言葉なら多少は耳を貸すはずじゃ」
「その情報のソースいったい何処から来たんすか……」
「本人からじゃ」
「えっ」
「赤子の頃から世話をしておるのじゃ。それくらい見ただけで判るわい」
校長は過去を懐かしむように一瞬虚空へ視線を向ける。
「ヤツは昔から、殊更〝身内〟というものを大切する子じゃった。そしてそれはお主やドライズという“弟子”も例外では無い」
校長の言葉を受けて俺は目を逸らした。
「……俺は、弟子じゃ無いです」
俺にとってルクシエラさんは大切な先輩だ。いくつも恩義があり、直接口で言ったりはしないが俺はルクシエラさんの事を本当に尊敬している。
だからこそ。特別でない自分が彼女の弟子であると認めることが出来ない。それによって彼女が、平凡で才能のない人間を弟子にとったと。こんな奴があの“生ける天災”の弟子なのかと。彼女の評判を下げてしまうから。
だから俺はずっと、何度も否定してきたのだ。
「お主があやつをどういう風に慕おうとそれはお主の自由じゃが。あやつは既に公的な書面にドライズとお主が弟子であると申請しておるぞ。流石にそこは諦めよ」
「初耳なんですけどぉっ!!?」
え、何!? 公的書類に勝手に弟子として登録されちゃってるの俺!?
「お主は『ルーシーに選ばれた』のじゃ。あやつは、お主を必要としておる」
言われて、胸が詰まった。
――俺が、ルクシエラさんに必要とされている……?
「今に始まった話では無いぞ。あやつにとってお主の存在は、決して小さなモノでは無い。ある日突然、嬉しそうにお主を連れて来た日のあやつの顔は今でも忘れられん」
お世話になってばかりで。今まで色んな迷惑もかけてきて。それでも変わらず笑って俺を受け入れてくれる。そんな想いに報いたいとずっと思って居た。
こんな俺でも、あの人の為に何かが出来るのだろうか?
「凡庸な我が身を呪う気持ちも判る。ワシも同じじゃった」
「校長が凡庸、ですか?」
「ああ。ワシ自身の才能などルーシー達と比べれば十分の一もあるまいて」
「賢者とか言われているのに?」
大地の賢者、ティアロ校長先生が凡庸だなんて想像が付かない。
「長く生きていれば、誰しもそれなりに賢しくなるものじゃ。ワシと同じ時をかけ同じ経験を積めば誰だってワシに並び立つであろう。と、少し話が逸れたな」
校長はティーカップに手を伸ばし、一口含んで。
一呼吸置いてから続けた。
「ルーシーの事だけではない。お主の存在が助けとなる者達は他にも居る。凡庸でも構わん。お主という存在が支えとなるのじゃ。どうか良く考えて決断して欲しい」
俺はその後言葉を発することは無く。ただ、答えを探し求めるようにティーカップの中身をのぞき込み。ごくりと、一気に飲み干した。
「……まぁ、少しは納得しましたよ」
ルクシエラさんの手綱を引く、とまではいかなくとも。確かに俺ならルクシエラさんを多少諫めること位は出来るかもしれない。
そして立ち上がり。出口の方へ数歩進んでから。
「……引き受けます」
と、背中で答えた。
内心、まだまだ揺れていた。自分のような人間があの場に居てもいいのだろうか。けれど、ルクシエラさんやドライズと共に居られるチャンスならば、逃す訳には行かないのではないか。しかし自分のせいで二人に迷惑が掛かるのでは。
悶々と、ぐるぐると、思い悩んでいた。そして、そんな自分ではきっと答えが出せないまま、時間だけが過ぎてゆき結局機会を逃すのだと判っていた。
だから。
“なにもしなかった後悔”はしたくない。せめて、自分で選択した行動の果てに後悔をしたい。そう思い立ち、内心では選びかねていても。
まるで自分自身を追いつめるように、そう答えた。
この葛藤を、この決意を、ティアロ先生へ面と向かってぶつけられないところが、俺の弱さである。
「……協力、感謝する」
校長の返事を確かに確認して、俺は応接室を出ていった。
◆ ◆ ◆
ティアロ視点
ファルマが部屋を出た後、ワシは大きなため息をついてお茶を一服した。
「全く。彼奴の自己評価の低さは昔から変わらんのぅ」
本当に昔から、そういう奴じゃった。
「いや、昔より酷くなっておるような……。全く、こっちは本気で一つの戦力として数えていると言うのに」
ルーシーの手綱を握って欲しい、彼奴の存在が他の者達の支えになる。それらは決して彼奴を口説き落とすためだけの虚言という訳では無い。
しかし。そう言いくるめなければ納得しない奴じゃった。
「ファルマよ。お主は確かに身体能力や魔力という話ならば八天導師の誰よりも弱いであろう。しかし、なぁにがハリボテの実績じゃ。誰かから力を借りる力こそお主にとって最大の武器であり、才能であるだろうに」
ワシはやれやれ、と肩をすくめ次の者を呼ぶことにした。
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