50話 ルクシエラさんの椅子だった人
「ほう、私の自慢の防衛機構を撃破するとは。なかなかの腕前なのだな」
ザッ、という足音と共に寮の玄関から現れる新たな人影が現れた。
「しかし不法侵入とは感心しないぞ」
小振りな眼鏡の奥に覗く糸のように細い瞳と短く整えられた金色の髪。
女子制服の上から見覚えのある白衣を身に纏い、バッジが示す学年は五年生。
遂に女子生徒に見つかったァーッ!!
と、一瞬驚いたが。
改めて相手の姿を確認して、気付く。俺はこの人と最近会った事がある。
「あ、ルクシエラさんの椅子だった人じゃないですか!」
思わず、つるっと反射的に言ってしまった。
「その覚えられ方は甚だ不本意なのだがっ!!?」
ルクシエラさんの椅子にされていた先輩は、髪の毛を逆立てて憤慨する。
「私の名前はイルゼルナだっ! 覚えておくがいい、ファルマ少年!」
「あっ、はい」
反射的に返事をした。
「で、一体何が目的だったのだ? 女子寮にあらぬ幻想でも抱いたのか?」
イルゼルナさんは片腕を腰に当てて俺達に問いかけた。
「言っておくが、そんなに良い所でも無いぞ。特に男子の目が届かない部分というのはおざなりも良いところでだな——」
完全に説教モードになってブツブツ喋っているが、少なくとも俺達の行動を騒ぎ立てるタイプの人間では無い事が伝わってくる。
この人なら真っ当に話を聞いてくれるかもしれない。
「実は——」
俺は正直に一部始終を伝える事にした。
「ハッハッハッ!」
俺の話を聞くなり、イルゼルナさんは声を大にして愉快そうに笑って居た。
「いや、すまない。災難だったな、君も」
「人生終わったかと思いました」
「確かに場合によってはあらぬ容疑をかけられていたかもしれないな」
ひとしきり笑ったあと、イルゼルナさんは目尻に溜まった涙を指先で払い。
「発動した魔導の位置は把握しているから、マナト君が咄嗟に下着を放り込んだ部屋は大体目星がつく。私がアフターフォローを入れておいてやろう」
と、この一件に対して協力的な姿勢を見せてくれる。
「良いんですか?」
「乗りかかった船なのだからな」
「結果論ですが、こうなるのなら初めからイルゼルナ先輩に下着を渡していれば良かったですね。機器を破壊してしまい、申し訳ありません」
マナトは頭を下げるが、イルゼルナさんはニヤリと挑戦的な笑みを浮かべて居た。
「いやいや。防衛機構を突破されたのは私の力不足だ。寧ろ今まで見えなかった弱点が見えて良いデータを得られたよ。感謝するぞ、マナト君」
「そう言っていただけると助かります」
「君の動きは良い検証材料になりそうだ。良ければ今後の調整にも付き合って貰えないだろうか? 勿論相応の報酬は払うぞ」
俺はマナトとそこまで仲良く無いが、マナトが超弩級のお人好しである事はこの一件でもよくわかっている。断る筈がない。
「そういう事でお役に立てるのなら、喜んで力をお貸しします」
「うむ。では少年達よ。さらばだッ」
白衣をバサァッとはためかせて、イルゼルナさんは寮へと戻っていく。見覚えのある白衣だと思ったが、よく見たらルクシエラさんのモノとお揃いのデザインだ。
「なんつーか、いい人だったな」
あんなまともそうな人が〝あの〟ルクシエラさんの親友だなんて信じられない。
類は友を呼ぶという言葉は嘘だったのだろうか。
「ともあれ、ああやって笑い話で済んだものマナトのお陰だ。助かったよ」
そもそもイルゼルナさんが現れたのは寮の防衛機構が発動したからであって、あのままマナトに助けて貰えずに一人で行動していたらこんな結果には収まらなかっただろう。
「いえ。お役に立てたのならば幸いです」
きちんとお返しをしなければならないと考え、俺は閃く。
「お礼に学食でも奢らせてくれないか?」
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせていただきますね」
俺はマナトを連れて学食に向かうことにした。
学食に入ると、俺はちょっとした感動を感じる。賑やかな学食で一人食事を摂ることに抵抗があったのでこれまで意図的に利用を避けてきたからだ。
券売機の前に並んでいると、なんだか凄く学生っぽい気がする。
「んで、何にするんだ?」
気分良く問いかけると、
「では、ショートケーキを」
マナトはそう言って券売機の一点を指差した。
へぇ、ウチの学食ケーキまでおいてあるのか、と感心する。
「俺は……なんか無駄に疲れた気がするしラーメンでも食べよっと」
食券を二枚購入し、カウンターへ。少しだけ待ってから品物を受け取り二人がけの席に着いた。
「いっただっきま~す」
「いただきます」
勢いよく醤油ラーメンを啜って、驚いた。
普通に美味しい。正直学食の味なんてそこまで期待していなかったのだが。
食レポなんて器用な事は出来ないが、少し濃い目の味付けが好みに合っている。
「へぇ、学食も捨てたもんじゃないな」
アリスの一件が解決してから、また昼の食生活が以前のお手軽栄養セットに戻って居たのでちょっとだけ心が揺さぶられた。
――……ま、結局一人で食べるのは嫌だから使わないんだけど。
他の団体さんとかに気を遣ってテーブルの隅っこに居座る気まずさは想像するだけで面倒くさい。いつも通り一人でのんびり裏庭の木陰で栄養バーを囓っていた方が気楽で良い。
「あれっ!? お兄ちゃんが気配を露わにケーキ食べてる!?」
ふと、下級生が驚いた顔をしてマナトを見ていた。
夕焼け色のフワフワした短めの二つ結びと、くりくりした大きな瞳。バッジから判断出来る学年には一年生だ。
「おや、ユーちゃん。奇遇ですね」
マナトはショートケーキの、手を付けていない部分をフォークで切り取って、
「一口要りますか?」
と、ユーちゃんと呼んだ下級生の方へ差し出した。
「いいの? わーい!」
ユーちゃんはぱくっとフォークに食い付くと幸せそうに緩んだ表情をして。
「おいしー!」
見ているこっちまで顔が綻びそうになるのをぐっとこらえた。
「お前、妹居たんだな」
「ああ、いえ。ユーちゃんは妹というわけでは無く……」
「え?」
俺が戸惑っているとユーちゃんは俺に向けてぺこりと頭を下げた。
「初めまして、ファルマせんぱい」
俺はギョッとして思わず箸を落としそうになる。
「なっ、え、なんで俺の名前を知ってるんだ!?」
見ず知らずの下級生に名前を呼ばれるとは思って居なかった。
「そりゃぁ知ってますよ~。毎日毎日アーちゃんが――」
何か言おうとしたユーちゃんの言葉が途切る。
何処からか現れたシジアンが彼女を背後から羽交い締めにしたからだ。
「余計な事は言わなくてよろしい」
「あ、アーちゃん、苦しい……」
どうやら二人は面識があるようだ。しかしあの大人しいシジアンが突然パワープレイを見せるモノだから戸惑ってしまう。
「し、シジアン?」
「お食事中にお騒ぎして申し訳ありません。今やっつけるので少々お待ちください」
「やっつける必要性は何処にも無くないか!?」
「でしたらこのまま失礼させていただきます」
シジアンはユーちゃんを学食の奥の方へ引きずって行く。
「ユーちゃんにもお友達が……。ふふ、みんなこちらの国に馴染んで居るようで感慨深いです」
引きずられているユーちゃんへ、マナトは暖かい視線を送っていた。
「妹では無いんだ?」
「はい。あの子は一言で表すと〝戦友〟の一人です。ただ、仲間内で最も年齢が低く、本人が〝妹扱いしてくれ〟と言ってああ振る舞っているんですよ」
「へぇ……」
マナトとはあまり仲が良いとは言えない。詳しい事情はよく知らないが、ナギさん達と一緒に祖国を出てこの学園にやってきたらしい。
ナギさんは下手したら最上級生に勝るとも劣らない実力を持っているがマナトも恐らくは彼女に匹敵する。きっと相応に修羅場をくぐり抜けて来たのだろう。そうで無ければ知り合いの紹介に〝戦友〟などという言葉を選択はしまい。
人に歴史有りと言うが、きっとマナトもまた〝主人公〟の一人なんだろうな。
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