5話 俗に言う〝主人公席〟ってヤツだ!
この学園は、校長兼理事長であるティアロ先生が〝相応しい〟と判断した人員が集められている。一応入学式はあるが実体としての生徒の入学タイミングはバラバラだ。
そんな訳でこの学園では編入やら転入は日常茶飯事なのだが。
「え、えっと、ユウです。それ以外の事は良く覚えて居ません……でも、校長先生達が、私をここで保護してくれるという事になりました……魔法についても全然何も知らないのですが、仲良くしてくれると助かります……」
教壇に立って、自己紹介。そしてぺこりとお辞儀をする少女。
頭頂部から毛先に駆けて、白金から夜空色にグラデーションしている珍しい髪色。星が映り込んでいるような妙にキラキラした瞳が特徴的だ。
「ゆ、ユウさん!!? 編入するの!!?」
俺の隣でガタッと思わず席から立ち上がったのは、俺の親友ドライズだ。
このリアクションから色々察した。少し前、ドライズは流れ星が落ちた場所で女の子を保護したと言っていた。それがこの子なのだろう。
「あっ……ドライズ君!」
ユウと名乗った編入生は立ち上がったドライズと目を合わせ、嬉しそうに微笑む。
さっきまではいかにも不安です、と言いたそうな顔色だったのに。
なんというか、流石主人公。何かしらの物語が始まりそうな展開だ。
が。
俺には関係の無いこと。編入生にワイキャイする性格でもない。
「それでは自己紹介を終わります。B組の方々は教室に戻ってください」
ユウさんの自己紹介の為に教室の後方で立っていたB組の面々が帰っていく。
「さて、ユウさんの座席を決めないといけませんね」
自己紹介の次は座席決めか。まぁ俺には関係無い話だし、別に早く終われなんて急かす気持ちも無い。窓から差し込む柔らかな朝日に照らされ、のんびり過ごそう。
そう思って大きな欠伸をしていたら。
「ユウさん、何処か希望の場所はありますか?」
「えっと、ドライズ君の横が良いです」
聞き捨てならない言葉が聞こえて来た。
このクラスはユウさんを除いて八人だ。それを縦三×三横の九座席から最後尾だけ二席にした八席で座っている。そして真面目なドライズは今、最前列中央に座っていて。
その隣というのは左側、窓際に俺が。そして右側廊下の方に学級委員長のリーゼが座っている。ドライズの隣を所望するという事は俺かリーゼのどちらかが移動しなければならいという事だ。
「ふむ、なるほど……ドライズ君の隣というと、ふむふむ。ファルマ君とヴェルリーゼさんですね」
俺は祈った。
変わるならリーゼ、変わるならリーゼ、変わるならリーゼでお願いしますと。流れ星を見たのは数日前の話だが三回、心の中で反復する。
どうしてこんなに慌てているのかというと。
……俺は、ドライズの他にこのクラスに友達が居ない。強いて言えば学級委員のリーゼがそんな俺を心配して多少世話を焼いてくるとか、その程度だ。つまり、ドライズの横というこの場所を離れると教科書とか忘れた時に詰む訳である。
そして、審判が下される。
「では、こうしましょう。ドライズ君、席を一つ左に移動してファルマ君の席に座ってください。そして、今ドライズ君が座っている席にユウさんが座ってください。最後にファルマ君が最後尾に三個目の席を作って完成です」
まぁ、そうなりますよね!!
俺の祈りは天に届かなかったようだ。
「ドライズ君と、それから学級委員長のヴェルリーゼさん。二人でユウさんのサポートをお願いします」
「はい、わかりました」
「よろしくね、ユウさん」
「うん! 二人ともよろしく!」
ユウさんは嬉しそうにドライズやリーゼに笑顔を向けていた。
一方俺は……。
「ん? ファルマ君、どうかしましたか?」
重い足取りで教室の後ろの方へ向かっていた。
「ひょっとして、席の移動に何か不都合が? 希望の場所がありますか?」
先生はそう言ってくれるが、俺が死守したかった条件はドライズの横だ。後ろでも前でも意味が無い。いや、ドライズは最前列に居るので前は無いけど。
「お構いなく……」
最早何処に配置されようと状況は一緒だ。俺は諦めて足を引きずった。
最後尾左端の窓際。あ、この場所覚えがあるぞ! 俗に言う〝主人公席〟ってヤツだ!
わーい主人公になったみた~い!
「……はぁ」
自分を誤魔化すにも限度がある。
俺は空白となっている窓際最後尾に辿り着くと、ポケットから魔石を取りだした。
「『マテリアライズ』」
俺が魔法を発動すると、魔石が輝き、一瞬にして椅子と机が出現する。
「おや驚きました。私が作ろうと思って居ましたが、素材の魔石を常に持ち歩いているので?」
「ええ、まぁ、何かと必要なので」
マテリアライズとは魔力から物質を生成する魔法だ。俺は、何処かの誰かさんがぶっ壊した公共物の修理をよくやらされる為、素材となる魔力を溜めた魔石を幾つか常備している。
気付くと先生は俺のすぐ側に来ていた。そして、俺が生成した机と椅子をマジマジと見つめ、コンコンとノックをしてみたりする。
「ふむふむ。よく出来ています。マテリアライズ実習に加点しておきましょう」
マテリアライズは俺の数少ない得意科目の一つだ。
……バイトという名目で日常から散々使わされているので上手くて当然だろう。何も特別なことは無い。
しかし、参った。
新しい席に着くなり、俺は頭を抱えた。
この位置だと隣になるのは一人だけ。
誰が相手でも俺は他人が怖い。
でも怖い中でも難易度の大小というものがあるだろう。
そんな俺が思う難易度の中で、新しく隣になった生徒は……。
薄く開かれた瞳。むっと閉じられた口。リング状にまとめられた二つ結び。
難易度MAX、喋っている所すら殆ど見た事が無い女子クラスメイト。
水属性専攻、レン。
常に無表情で、口数も極端に少なく、けれど成績優秀。俺が知っている情報はこれくらいだ。とてもじゃないが気安く話しかけられる人物では無い。
というか……俺がこのクラスで苦手な人間トップ2に入る……。
前途の多難さを感じて、俺は深いため息を吐く。
俺は肝に銘じた。
絶対に教科書を忘れないようにしよう、と。
今までは「ま、最悪ドライズが居るしな」で割と適当に管理してきた。
でも、レンさんはヤバイ。
普通に挨拶する事すら億劫なのに、『教科書見せてください』なんてとてもじゃないが頼めない。
もう、絶対に忘れ物はしない。絶対に!
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