48話 終わったぁ……。
とある昼下がり。非日常な日常が基本であるこの学園での生活において。その日は珍しく、平和な時間が過ぎていた。
教員側の都合によりこの日の授業は昼までとなり、折角だから部活動で軽くアイテムをいじくって。それもすぐに一段落したので折角午後が空いたのだし最低限の活動もしたからもう自由にしていいですから、と寛大なシジアンに許しを貰って。俺は鼻歌交じりに寮へと帰っていた。
その道中。寮は目の前というタイミングで。
事件が起こった……。
「やっすみ~やっすみ~なぁにしよう~」
積んでるゲームを片付けるか。それともいっそお昼寝をキメこんでしまうか。
この後の計画を気分良く練っていたその時。
強い風が吹き付けた。
「わぷっ」
そして、顔に何かが貼り付く。
視界が遮られ、感じるのは柔らかな感触。
温感は無い。すべすべして不快な肌触りでは無かった。
「ん~?」
何かが飛ばされてきたのだと察し、俺はその物体を手に取る。
意外と小さく、布で出来た何かだろうと手触りで察して。
解放された視界で、捉えたその物体は。
「——え?」
三角形のシルエット、その底辺中央にちょこんと添えられた小さな可愛らしいリボン。
縁にはレース。優しげなピンク色の布製品……。
どう見ても女性用のパンツだった。
………………。
さーっと血の気が引いていく。
今の状況を客観的に整理してみると、あら不思議。
此処に居るのは、パンツを片手に握り締めて呆然と突き立っている思春期男子生徒。
断じて。
断じて!
断じて!!
俺自身の意志でこの危険物を手にしている訳では無い。
でも。
傍から見たらそんな事情は判りっこない。
冷や汗が滝のように流れ、心臓の鼓動が早まり吐き気を催す。
落ち着け。落ち着くんだ。
ついさっきまで機嫌良く鼻歌混じりに歩いていたが、それは周囲に人が居ないことを確認していたからだ。この状況、目撃されただけでアウトである。
「ふぅーッ……」
深呼吸。
全ての神経を使って、思考を加速させつつ周囲の気配を探る。
もしも。現時点で誰かに見つかってしまっていたら。
それはもう詰みというヤツである。
見つかった相手が話のわかるヤツである事に最後の望みを駆けるしか無い。つまり、そのパターンにおいては俺に出来る事は祈る事だけだ。
木々のざわめき、遠くに聞こえる鳥の鳴き声、肌を撫でる柔らかな風。
人の気配は……感じ無い!!
だから、ここから考えるべきは最善のパターン。
一挙一動を無駄には出来ない。
ここは寮の前。人の往来は少なからずある。数秒後に偶然誰かが通りかかるなんて事は余裕で起こり得るのだ。
この状況を脱する為に俺がしなければならない事、それは〝パンツの放棄〟である。
いや、正確には〝パンツを持っていない〟風に見えれば良い。
一番手っ取り早い方法は。この、手にしているパンツを思い切り握りしめ圧縮し、ポケットに突っ込んでしまう事だッ!!
俺は五指に力を入れ――ようとしたが、右手の震えがその行為の危険性を警告していて踏みとどまった。
ソレもう言い逃れの出来ないタダの下着泥棒じゃねぇかッ!!!!
勿論、そのまま着服しようだなんて考えちゃいない。ほとぼりが冷めたらそっと落とし物箱なりなんなりにリリースすれば良いと思った。
が。
まず、タイミング悪くパンツをポケットに突っ込む瞬間を誰かに目撃されたら。言い訳のしようが無いアウトである。
そしてリリースの時に目撃されることもアウトである。
リスクがッ!! リスクが高いッ!!
完全にギャンブルだ。誰にも見つかっていない、見つからないという前提であればものの一秒で解決出来る行動だが、見つかった場合の詰みっぷりは現状を遙かに超える。
しかし。
例えばパンツを投げ捨ててその場からとんずらする場合。
まぁパンツの飛距離に関しては石をマテリアライズしてパンツでくるんだあと腕力をエンハンス魔法で補強して放り投げれば数十メートルは稼げるだろうが。そんな派手なモーションを取れば人目につく。
今俺は寮から絶妙に離れた位置にいる。仮に寮の一室、窓やベランダから俺の事を目撃しても〝手に持っているモノが何か〟まで判別するのは難しいだろう。つまり現状において俺がパンツを握りしめていると断定できるキルレンジは極めて短い。
しかし、投擲モーションを取っている姿は離れて居ても明確に補足出来るだろう。
勿論、その姿だけで俺がパンツを取得し、投げ捨てたという行動までは判断出来ないと思うが……。
石をくるんだパンツとか作為的過ぎて、誰かが意図的に投げたという情報を残してしまう。飛来先に誰かがいた時には飛来した方向から寮方面に投手が居ると割れる。
〝寮方面から誰かがパンツを投げた〟
〝そのタイミングで投擲モーションを取っているヤツが居た〟
この二つの情報が結びついたとき。
俺は吊し上げられる。さながら、名探偵にトリックを看破された犯人の様に。
それに、パンツが遠くに飛べば飛ぶほど人目につくリスクが上がる。逆に、飛距離が短すぎたら近くに居る俺と結びつけやすくなる。
ごくり、と生唾を飲み込んだ。
ここまでの思考は脳を超加速させて大体2秒くらいで済ませられているだろう。
だが、これ以上は余裕が無い。
パンツ片手に固まっている姿を目撃されたら元も子も無いのだ。
ポケットに入れるか。
投げ捨てるか。
どちらかを選ばないといけないッ
どちらも、リスクを孕んだ危ない綱渡りだ。
それでも……俺が取るべき行動は――
ギュッと目を瞑る。
そして。
選択枝を選び、覚悟を決めて。
俺がカッと目を開いた瞬間。
そっと、俺の肩に誰かの手が添えられた。
――……終わったぁ……。
心臓が、止まったのかと思った。
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