47話 マジかっけぇッス
遠く、視界の隅に一瞬だけ確認した人影。洗練されたスレンダーなシルエットが動く。
そして、微かに聞こえた魔導の名前。
「『神風』ッ!!」
ピンク色のゲルが無数の飛沫となって四散する。
ついでに中に取り込まれていた俺とドライズも放り出される。
「ぐべっ」「きゃんっ」
変な体勢で放出されたので俺もドライズも受け身をとれずにべしゃっと地面に叩き付けられてしまった。余分なスライムが多少のクッションになったのが幸いだ。
「ふぅッ『カーム』……!」
だんっ、と強い音が届く。視線を向けるとそこでは。
血塗れになったナギさんが刀を強く地面に突き立て、片膝をついて休息していた。
『カーム』はナギさんの固有魔法の一つで、緊急自己回復魔法だ。基本的には『サクリファイスの刻印』で酷使しすぎた肉体の修復に利用する。
「はぁッ、はぁ……ご無事ですか、二人とも!」
数十秒で回復を終えたナギさんが立ち上がり歩み寄って来る。
「無事……では無いかな」
俺は気まずく視線を逸らした。
俺もドライズも、もう完全に服を溶かされてしまってパンツ一枚の状態だ。因みに作っていた時に辛うじて働いた理性のお陰で下着までは溶けない様に設計していた。
「ありがと……ナギさん……」
トラウマを刺激されてドライズはもう瀕死の状態である。大丈夫か主人公。尚、恥ずかしそうに身体を庇っていて中性的な容姿と長い髪に水が滴っているのもあって無駄に艶めかしかった。
「俺からも、ありがとう。でもなんでここに?」
俺の問いかけにナギさんは生き生きとした笑顔で答えた。
「〝強者の波動〟を感じたのでッ!!」
「便利なセンサー持ってますね」
しかし、駆けつけてくれたのがナギさんだったのは都合が良い。何故なら、戦闘中のナギさんは普段から殆ど服を着ていないに等しい。つまりスライムからほぼ被害を受けないという事だ!
最も、そのせいで野外だというのにここに集まる俺達三人の生徒全員が半裸とかいうアブノーマルな事態に陥ってしまっているが。
さて、ナギさん渾身の奥義『神風』を直撃したスライムだが。爆散した破片がナメクジのように地を這って一点に集まり、再度巨体を形成しようとしていた。
「何者かは知りませんが、私の『神風』を受けて尚立ち上がるとは」
すいません、それ作ったの自分なんです……。
流石に口に出す勇気は無かったので心の中で謝る。
「え~いこなくそっ『二連朱槍』ッ!!」
ダメ元でハルベルトをぶん投げてみた。ちびっ子の時は回避していたのだ。それは本能的にこの魔法を危険だと判断したからの筈。
放たれた槍は形を無くし、二つの炎の弾丸となってスライムへと飛んで行き。
ジュッと、少しだけ心地良い音だけ残して消え去った。
俺はポリポリと頭を掻く。
「……どうすんの、これ?」
最早お手上げだ。
〝破滅の光〟も効かない。
『神風』ですら少しの時間稼ぎにしかならない。
我ながらなんて化け物を作り出してしまったんだろうか?
これで殺傷能力まであったら最早クラス3イーヴィル相当である。
しかも、環境が悪い。どうにもこのスライムは(何故か)周囲の水分を吸収して巨大化する能力を得ている。
ドライズが魔法の余波で無理矢理晴らしたとは言えついさっきまで記録的な大雨が降っていたのだ。野外は水の宝庫の状態だ。復活したスライムが、俺よりも脅威とみなしたのかナギさんに向う!
「甘いッ」
ナギさんはスライムの突進を横飛びで華麗に躱し、攻撃後の隙を狙って再び赤い闘気を纏った。
「『神風』ぇッ!!」
嬉々としてナギさんがもう一発『神風』を放つ。
大気を震撼させる程の斬撃で切り裂かれたスライムはまたバラバラになって飛散する。
「くッ、流石に連発は応えますね……」
ナギさんによる足止めも、あと何度できるかも判らない。このままナギさんが戦闘不能になればもうこのスライムを止める事ができる者が居なくなる。
そして障害がなくなったスライムが寮に引き返し流れ込む光景を想像する。洪水の様に寮の中をピンク色の半液体が動き回り、男女平等にあらゆる衣類を消滅させて。
その責任は全て制作者の俺に降り掛かり……。
「社会的に死ぬなぁ……」
変態として磔にされて火あぶりの刑に処される自分の姿を幻視して眩暈がした。
三度集うスライム。
気付いてしまったのだが。ナギさんが『神風』でスライムを飛散させると。飛散させた場所にある水たまりから水分を吸収して更に巨大化して戻って来ている気がする。
「心折れそう……」
と、口では言ってみたが。正直もう折れているといっても過言では無い。
そんな、完全に諦めモードに入って居た俺の耳に。
ボソリ、と小さな声が聞こえた。
「……貸し、二つ分」
「えっ?」
俺の右から、一人の少女が前に出た。
紺色のリング状二つ結びにされた髪。薄く開かれた瞳と感情が読み取れない無表情。
「ちょ、レン!!?」
突然現れたレンはスライムの中へ、自ら飛び込んだ!
当然、衣類がすごい勢いで浸食されて溶解していく。
しかしレンは鋭い眼差しを作り、スライムの中で手を振るった。
すると、レンの目の前に複雑な魔法陣が展開される!
「あれはッ! 俺がスライムに組み込んだ制御魔法陣!?」
レンは冷静沈着に、その魔法陣へと指を伸ばし。
素早い動きで指先を移動させ。
俺はその様子を呆然と眺めていた。
やがて。
スライムの中なのにシャッと鋭く空を斬る音が聞こえて来そうな位力強く指が払われ。
スライムが真っ白な光に包まれる。
「ま、まさか〝破滅の光〟の制御魔法陣に干渉して耐容量上限を大幅に引き下げたのか!?」
そもそもあの魔法陣を作ったのはレンであり、俺はそれを利用、簡単な改造を施したに過ぎない。教員すら凌ぐ魔法陣の知識と技術があるレンなら即興で書き換える事など造作も無いことだろう。
スライムの身体がボコボコと異常な気泡を発生させて。
数秒後。
大規模な水飛沫となって内側から破裂した。
スライムが消滅し、レンの身体が宙に放り出されるが彼女は綺麗に地面に着地する。
凄まじい早業だったがそれでも衣類の浸食は激しく、ボロボロの穴あきになって完全に水玉模様の下着が露見してしまっているが。レンはそれを恥じらうことも無く、寧ろ一仕事やりきった渾身のどや顔を浮かべて居て。
ゆっくりこちらに歩いて来るものだから、俺は思わず。
「……あの、これ、どうぞ」
マテリアライズしたコートをスッと差し出した。
するとレンは。
「……ん」
と僅かに頷くと、俺の手からコートをバサァッと大きくはためかせながら受け取り、その勢いのまま羽織る。
そして、
「……任務完了」
と言い残してスタスタと足早に去って行った。
その後ろ姿があまりにも頼もし過ぎて。
「レンさんマジかっけぇッス……」
気がついたら、自然に零れ出ていた言葉だった。
こうして、ちょっとした気の迷いが引き起こしたスライム騒動は何とか大事になる前に解決されたのであった。
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