44話 掛け替えの無い、一つのコメディ
自分勝手な願いのせいであれだけの事件に巻き込まれたのだ。全て覚えて居るというのなら関わりたくも無いと考えるのが普通では?
「何をそんなに驚いてるのかな? 冷静に考えて見てよね。ハル君が吹き飛ばしたのは私に〝付与〟されてたイーヴィルとしての魔力だよ。確かに、あの翼から色々影響は受けてたけどそれがすっぱり無くなったからって、影響を受けなくなるだけなんだから私の記憶が無くなったりする訳ないじゃない」
そう言われてみればその通りかも知れない。
「もう、みんなを〝幸せ〟に~、なんて言ったりしないよ。そんな力も残ってないしね」
「でも、だとしてもなんで俺の心配なんかするんだ!? あんな事に巻き込んだのに俺の事憎んでないのかよ!?」
俺の言葉にアリスは人差し指を顎に当てて困った様に空を見上げた。
「ん~。そりゃあ、まぁ。何も思ってない訳じゃ無いよ。すっごい大変だったのはたしかなんだし?」
その言葉に、思わず仰け反って呻いた。
「ぐぅッ」
自分から聞き出しておいて傷ついていたら世話は無い。アリスは構わず話を続ける。
「でもね。あの翼は、あの〝悪しき願い〟を願った全ての魔導士の思いが込められていた。戦った時も言ったけど〝私〟が選ばれたのは単なる偶然なんだよね」
俺は固まった表情のまま、話を聞きつつ片足を引く。
「あの翼は沢山の願いのせいで生まれたのであってハル君が悪意をもって、やろうと思ってやった訳じゃない事だって誰よりも判ってるし」
アリスが一つずつ並べていく言葉を、俺はただ呆然と受け入れるしかない。
「ハル君は責任をもって私からあの翼を奪ってくれたでしょ? そういう事を色々考えたら、ハル君の事を悪くは思えないかなぁって」
そして。アリスは更に言葉を続けていく。
「それでね。その、さ、なんで心配するのかって話になんだけど…………。えっと、人の感情が変化するのにはきっかけっていうのが必要だよ、ね?」
少し俺から視線を逸らして、やや頬を赤らめつて。何か思うところがあるようだ。
とりあえず俺はアリスの言葉を一生懸命解釈する。
「切っ掛け……」
例えば、特に名前も知らず、意識していなかった人がふと、ポイ捨てされたゴミを拾う瞬間を目撃すれば、大抵の人間はその人に対して良い感情を持つだろう。
例え名前を知らなくても、さっきまで無関心であった人物に対して〝あの人はいい人だ〟と感情が変化する筈だ。
その逆もしかり、悪い面を見れば〝あの人は嫌な人だ〟と悪い感情へ傾く筈だ。そして、そうやって抱いた感情は新たな何かしらの切っ掛けがあるまである程度固定される。
もう一度の人物を見たとき、その時に何もしていなくても〝あの人はいい人だ〟〝あの人は嫌な人だ〟と勝手に判断してしまうように。
「私がハル君を好きになってしまったのは、間違い無く翼が切っ掛けだよ。翼のせいで、好きになった……それまでは、昔振った幼馴染みって認識だったからね」
「そ、そうですね」
俺の脳ではもう処理と理解が追いつかない。アリスの言葉を待つしかできない。
「それで、そんな感情を持ったままそれなりに過ごしてから翼が無くなった訳なんだけど。翼が切っ掛けで君を好きだって気持ちが生まれたけどね、それはあくまで切っ掛けだから別に〝翼が無くなっても〟関係無いよね?」
「……え?」
一瞬、完全に思考停止する。そして懸命にアリスの言葉を頭の中で解釈する。
人の感情が変化するには切っ掛けが必要。俺に好意を抱いてしまった事に関しては、翼が切っ掛けであり、原因。でもそれは切っ掛けなので翼が無くなっても一度好意に傾いた感情が変わる事が無く……。
「……え……」
愕然とする。
言葉の通りに受け取るなら、アリスはまだ――。
慌てて、言葉を重ねる。
「い、いや、でも、ほら! つまり俺の事恨んだり憎んだりするような切っ掛けがあれば嫌いになるって事だろ!? あんな自分勝手な事件に巻き込んだんだからそれが十分切っ掛けにッ――」
「私、この事件に関してハル君の事悪く思えないって言ったよね?」
アリスはこの一件に関して、俺を糾弾する気は無いという。
「だから。なんで心配するのって言われても…………そりゃ心配するよ」
そして、アリスは頬を赤らめ少し恥ずかしそうに目線を逸らして、言いにくそうにぼそりと付け加えた。
「だって私――まだハル君の事好きだからね」
もう、耐えられなかった。
気がついたら身体が勝手に動いていた。
両膝を折り頭と手を地面に付けて。
「本ッ当にすみませんでしたぁーッ!!!」
とりあえず、頭を下げないと気が済まなかった。
「な、なんで突然土下座してるのかな??」
アリスは戸惑っている様だが。
あんな事件に巻き込んだだけで無く。
やっとの思いで、理想的な形ではなくてもなんとか解決出来たと思ったら。思い切り問題が残ってしまっているのだ。
それも〝自分に好意を向けさせてしまった〟〝他人の心を自分の都合が良いようにを歪めてしまった〟という一番自分を許せなかった部分が、残ってしまった。
最悪じゃないか。
思えば。俺は主人公では無いが故に、初めから、〝鮮やかに事件を解決する〟事が出来る様な器じゃなかった。問題が何かしら残ってしまう事は必然だったのかもしれない。
土下座どころか穴に埋まって消え入りたくて仕方が無かった。
「や、辞めてよハル君。目立ってるってば!」
アリスは慌てて俺の身体を引き上げる。
「もういっそ殺してくれ……」
思わずそう言うと、アリスは哀しげに目を伏せる。
「……やっぱり、私が居ると迷惑かな?」
その言葉を、慌てて否定した。
「ち、違うよ!! そういう事じゃ無い!! ただ、俺は……! いつまでも過ぎた事を引きずって、その挙げ句に君を洗脳紛いの事に巻き込んでしまった事を後悔してて……だから、この手で君を元に戻さなきゃって思ったのに結局それすらできてなくて……迷惑とかじゃ無い、ただただ、君に申し訳が立たないんだ……俺がやった事って、何の意味も無かったんじゃないかって……」
「……ハル君」
後悔する俺の前に、アリスは改めて真面目な顔をして立つ。
「アリス……?」
俺の両手を握り、その目を見据えて。
「こんな事私が自分で言うのもなんだけど……感情っていうのは揺れ動いていくものだから。これから先、何かの理由で私がハル君の事好きじゃ無くなったり、他の人を好きになったりする事はあり得るんだし……この事を気にする事はないよ!」
その曇りない目が、美しかった。
「そして……あの翼は、もう存在しない。君が消し去った。こんな事はもう起こりっこない。あの〝悪しき願い(イーヴィル)〟を抱いてしまった他の人達がこういう目に遭うことはもう無いの。それに私も、あの翼から解放された。もうハル君や、他の人を〝幸せ〟にするって言って無理矢理〝夢〟に取り込もうとしたり傷つけたりだなんてしないで済む。それもこれも、全部ハル君が頑張ったからだよ。意味が無かったなんて事はない」
糾弾される覚悟を決めていた筈だ。
これから先、アリスに嫌われても仕方が無いと、もう目を背けないと決意して寮を出たはずだ。それが、何の因果かそんな想像の通りにはならず。それどころか、責められて当然だと思っていた筈のアリスの口から自分の行いを認めて貰えた。
……情けない事に、涙が零れる。本当はアリスを救わなければいけなかったのに結局一番救われたのは自分だっただと?
俺は思う。
例え主人公で無くても、このままで良い訳が無いと。
「……アリスっ!!」
「ひゃっ!? な、何かな!?」
俺はアリスの手を強く握り返した。
「今度こそ、俺に言わせて欲しい言葉がある」
「……は、ハル君?」
俺は強い意志を秘めた真摯な視線をアリスに向ける。突然の事にアリスはどぎまぎしている様子だった。
「一杯迷惑をかけた。今だって問題を残してしまった。俺達、本当に色々な事があった。でも、約束する! これからは君のために出来る全ての事をやる。君のためなら何だってしてみせる。だから――」
後に退く訳にはいかない。覚悟を決めた。
「もう一度ちゃんと、〝友達〟としてやり直そう!!」
俺は、償い続けるしか無いのだ。
そんな俺の言葉にアリスは。
「……えー」
何故かあんまり乗り気じゃ無い様子だった……。
「えっ、あ、すいません……やっぱり俺なんかが友達だと迷惑でしょうか……」
急に自信が無くなってしゅん、と身がすくむ。
「そういう事じゃ無くて……むぅ」
アリスは何やら納得いかない様子なのだが最早俺にはアリスが何を考えているかなんて全く判らない。彼女は少し考え込んだ後、
「……うん。ハル君がそうしたいのなら、とりあえず。〝友達〟って事で良いよ」
何か結論を出したようで。そう言ってくれた。
どうやら辛うじて〝友達〟で居てくれるようだ。
にっこり微笑むアリスの笑顔が眩しい。この顔をもう二度と見ることには無いだろうと思っていただけに。とても眩しく、尊いものに感じられる。
「何か困った事があったら何でも言ってくれ。絶対に力を貸すから」
本当に、紆余曲折あった。
何度も自分の事が嫌いになったし、結局問題だって残ってしまって。
でも。
やっと、少しだけ進めた気がする。
◆ ◆ ◆
……そして、幾数秒かの間が過ぎた後に。アリシアはハッと思い出したかのように端末を取りだして。
「ってハル君っ!! 時間!!」
「え? ……うわっ!? 始業五分前だ!!?」
「まぁあれだけ懇々と話合ってたら当然だよね!? 走ろっ!!」
彼は、長い時を経て漸く一歩、前へと進む事が出来た。
「ああ!」
その歩みは、何処か綺麗とは言えず。
「ところでハル君。私の為に何でもしてくれるって、〝友達〟としては重すぎるとか思わなかったの?」
「ええ!? いや、でも、俺としてはそれくらいの覚悟を持ってるって事で、そんな重荷とかになるつもりは――」
まだ少しだけふらついているようにも。歪なようにも見える。
「あはは、冗談だよ。言い出したのは君だからね? 言質は取ったし、これから覚悟しておくといいね!!」
「ええっ……あの、お手柔らかに頼みます……」
彼は主人公では無いが故に。彼を取り巻く一連の事件は、決して綺麗な終わりを迎えることは出来なかったが……。
この物語は、〝彼〟にとっては確かに必要だった。
どんな無茶をしたところで。石ころは決して星にはなれない。それは当然の摂理だ。
けれど。
石ころだって、ほんの少しくらいなら――輝ける。
それを〝無意味〟だと評する事を否定はしない。
けれど……そんな、〝無意味〟に見える輝きでも。
〝大切だ〟と思ってくれる人達が居る。
だからそれは決して〝無価値〟などでは無いのだ。
例え主人公にはなれないとしても。
そんな彼でも受け入れ、支えてくれる人達が居るから。
彼は、輝ける。
これは、特別な世界で特別な環境の中、特別にはなれない少年の物語。
彼は明日もまた、彼なりの日常を生きていく。
思うようにはいかない現実も……掛け替えの無い、一つの日常だ。
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