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【第二部完結】俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~  作者: 岩重八八十(いわじゅう はやと)
第1部 俺は主人公になれない

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43話 何があったのかは聞かないよ

 気がついたら。目に映ったのは低い木の天井。

 見慣れた光景だ、それが自分の寝床、二段ベッドの下だと言う事に簡単に気付く。

 朧気な意識のまま腕を持ち上げるも普段備えてる筈の腕時計が無い。


 何とか首を回して横を向くと、すぐ側に自分の端末が置いてあった。

 起動すると画面に時刻と日付が表示される。


 ――……丸三日、眠ってたのか。

 ぼんやりとする思考で計算すると、放り投げるように腕を戻した。


 まだ、腕のあちこちがジンジンと痛む。先ほどチラリと目に映ったが包帯でグルグル巻きにされていたのと、点滴のケーブルが見えた。


 不意に、ベッドのカーテンが開かれる。

「ファルマっ!! 目が覚めたんだ!?」

 部屋の明かりが直接差し込み、思わず顔をしかめた。声の主は、同室の友人。


「良かった……。ジン先生は、外傷は大した事無いし呼吸も安定してるから部屋で寝かせておけばそのうち起きるだろうなんて言ってたけど心配したよ」

 病室で世話してくれよなんて思わなくも無いが。

 

 戦いが常の環境だ。こうして生徒が昏睡状態になる事は、珍しく無いとまでは言わないが起こりえない事では無い。

 

 ジン先生も寮に住み込んでいるし寮にはいざという時は回復魔法などを総動員できる緊急処置室もある。だから、特殊な機器などが不要な場合は自室に寝かされる事が多い。


「……ごめん、迷惑、かけたな」

 看病は同室の人間と医療スタッフが情報交換しながら行うのが基本だ。二日も眠っていれば相当ドライズに世話をかけただろうと思って真っ先にそう言う。


「ほんと、突然でびっくりしたよ! でも、無事ならそれで良いから」

「……なぁ、アリスは、どうだった?」

 次に、アリスの容態を聞くとドライズは俺を安心させるような笑顔で答える。


「アリシアさんは君以上に外傷とか全くなくて、ただ疲労困憊してるだけだったらしいから半日くらいで目を覚まして今はもう普通に学校に行ってるよ」

「そっか、よかった……」

 この上更に数日間も自由を奪うような迷惑をかけていない事を知れてよかった。安堵のため息を吐く。


「君は流石に眠り過ぎで体力も落ちてるだろうから、暫くは大人しくしてるんだよ? 療養食作ってあげるから、いつもみたいに好き嫌いしないでちゃんと食べる事。いい?」

「……………………………………ああ」

 なんか、急に耳に痛い言葉が飛んで来た。


「今めっちゃ間があった。野菜もちゃんと食べるんだよ!? 判った!?」

「……判った」

「ゲームもしちゃダメだから! まぁ、僕が隠してるからそもそも出来ないだろうけど」

「……判ったって」

 心配してくれるのは嬉しいけど、お母さんじゃ無いんだからさ、なんて思いつつ。


「……まだ本調子じゃないでしょ? ゆっくりしてな。僕はすぐそこで勉強しておくから、何かあったら言うんだよ?」

「……」

 やり取りをしている内に、再び睡魔が俺を襲う。聞きたい情報は聞けたのだ。もう少しだけ、眠る事にした。


 ――当然だが。もう、あの夢を見る事はない。


     ◆  ◆  ◆

 

 一瞬だけ目を覚まして、再び眠りに落ちた親友の様子を見て。僕は漸くホッと胸をなで下ろした。

「良かった……意識が戻って。やっと師匠も落ち着いてくれるかな……」

 ファルマが眠っていた三日間。僕も勿論相応に心配していたが師匠のそれはもう比較にならない程だった。

 

 いくらジン先生が大した事は無いと言っても全く聞く耳を持とうともせず、今にも私財をつぎ込んで派手な医療と回復魔導を手配する勢いで。それを僕や校長先生やらが複数人がかりで何とか抑え込んでいたのだ。

 

 そして、もう一度眠るファルマに視線を落として、

「何があったのかは聞かないよ。キミが、自分から話してくれるまでは。でも――」 

 先ほど一瞬だけファルマが見せた、安堵の表情を思い出して。

「お疲れ様。目的は果たせたみたいだね? ……どんな理由でどんな無茶したのかは知らないけれど、無事帰ってきてくれたのならそれでいい」

 朗らかに笑って、彼の看病を続ける。

 

 そして、勝ち誇ったつもりで笑みを作り。

「ほら見た事か。〝災い〟なんかには負けなかっただろ? 凄いんだぞ、ファルマは」

 と、いつか出会った異邦の者達を思い浮かべ一人呟いて居た。  


     ◆  ◆  ◆

 

 結局、俺が活動できるようになったのは更に二日後である。

「はぁ。やっと自由の身だ」

 療養中、とにかくドライズが五月蝿かった。やれ食事は残すなだのやれ身体を動かせだのやれ早く寝ろだの……こちらを気遣っての事だし、迷惑をかけている自覚はあったので文句が言えないのも辛かった。


「でもそれも全部終わりだ! 今日からはいつも通り、完全復活だぜ!」

 と、暗い寮室の中央で万歳していたら。

「むにゃ、ファルマ……うるさい」


 と二段ベッド上から注意された。

 それはそうだろう。時間は午前四時。寝続けていた俺はこんな時間に目が覚めたが普通の生活をしていたドライズにとっては迷惑以外のなにものでもない。


「あ、ごめん……」

 しゅんと小さくなり大人しく陽が昇るまで自分のベッドに籠もる事にした。


 登校時間。今日はルクシエラさんの部屋を掃除する日で、本来ならドライズが先に出るのだが俺が一人で登校する事に心配して入り口で粘っていた。


「本当に大丈夫?」

「ただ疲れて寝てただけなんだから心配しすぎだって言ってるだろ?」

「でも――」「良いから早く行けってば!」

 俺は痺れを切らし、半ば押し出すようにドライズを部屋の外へ追い出した。


「あ、もうっ、……判ったよ。じゃ、またね」

 尾を引かれるような顔でドライズが離れていった。

「やっと行った……心配性だなぁあいつ」

 昔は俺の方が、ドライズが過労で倒れないように散々気を遣っていたので。立場が逆転しているようでどこか可笑しく感じた。


 そして、定刻になると俺は改めて部屋を出る。

 何も特別な事は無い。


 俺が眠っている間も、世界には何の影響も与えず当たり前の日常が過ぎていた。……それもそうだ。俺は主人公では無い。俺が居ようが居まいが世界にとっては何も関係が無いのだ。当たり前の事である。


 ただ、俺に取っては間違い無く。今日からの日々は変化を感じるだろう。

 アリスのイーヴィルとしての力は取り除いた。今の彼女はもう何者にも影響され居ないありのままの彼女である筈だ。


 つまり——俺とは疎遠になった、もう関わりも殆ど無い幼馴染みというあるべき姿に戻っただろう。

 全ては正しい形に戻った。

 

 アリスが事件の事を何処まで覚えて居るのかは判らない。


 何も覚えて居ないのなら、俺に出来る事は、きちんと〝隣のクラスメイト〟としての距離感を保って付き合う事。仮に事件の一部か、全てを覚えて居るとしたら。糾弾されても、否定されても、逃げてはいけない。ただ、彼女が満足するまで償い徹するだけだ。


 どちらにせよ、この一ヶ月のように楽しく会話しながら登校する――だなんて〝夢〟はもう終わった。


 自分が悪いと判りきった上で、もう逃げないと覚悟した上で、それでも傷つく事、否定されること、拒絶されることに怯え、身体が竦む弱い自分に嫌気が差す。


 だが、引き返す訳にはいかない。

 俺は気合いを入れて、寮から出た。もうアリスが自分を待つ義理も理由も無い。


 次に彼女と会うタイミングがあるとしたらクラス合同授業の時とかになるだろうな。

 そんな事を考えつつ、かかとが引っかかった靴を、地面を蹴ることで調整していると。


「おはようっハル君!! やっと元気になったんだねっ!!!」

 という明るい声と同時に衝撃を感じた。


「どぅふっ!?」


 俺はよろめきつつ、何とか体勢を立て直す。

 そして、アリスに抱きつかれたという事に気がつくと困った様に引き離した。


「アリス……病み上がりなんだからもっと優しく――」

 当たり前の様に言葉を続けておいて、遅れること数秒。

 その異常性に気がついた俺は思わず、



「って、ええええええええええ!!!?」


 

 絶叫した。  


「わぁっ!? いつにない声量……それだけ元気ならもう心配は要らないね?」

 両耳を人差し指で塞ぎながらアリスは嬉しそうに笑う。

「あ、アリ、な、なんで!?」

「なんでって、何に対する疑問なのかな?」

 戸惑う俺に、アリスはキョトンと首を傾げる。


「いや、だって……! え、覚えてないのか!?」

「ハル君、落ち着いて。主語が良くわからないから」

 アリスに窘められ、深呼吸する。


 だが、どんな結果であれアリスの方からこうして声をかけられるなどもう無いと思っていただけに全く落ち着けない。

「その、イーヴィルになってた事、とか……?」

 もしかしたら聞くべきでは無いのかも知れないと思いながら恐る恐る尋ねると――


「バッチリ全部覚えてるけど?」


 アリスはけろっとそう答えた。


「ええええええええええ!?」 

 再び、叫ぶ。もう意味が判らなかった。

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