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【第二部完結】俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~  作者: 岩重八八十(いわじゅう はやと)
第1部 俺は主人公になれない

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40話 『ナイトメア・ダークマインド』

 四つの翼を広げたアリスから、黒い魔力が溢れ、零れる様に流れて広がっていく。   

 彼女は、唱える。


「『司るは色欲の夢』」


 アリシアが宿したイーヴィルとしての権能。


「『全ての〝現実〟を隠してあげるね。幸せな〝夢〟を見せてあげるね』」

 数多の集いし願いが生み出した異質な魔導。


「『甘い甘い悪夢の世界で、私が〝願い〟を叶えてあげるッ』!!」


 ダムが決壊したように。彼女から零れていた闇が奔流となって全てを飲み込み、その魔導が発動する!!

 


「『ナイトメア・ダークマインド』!!」



 黄金の空は閉ざされ、全ての光が遮られた。

 鎮座していた筈の万年桜も、闇に呑まれて姿が見えない。

 何も無い真っ暗な世界。しかし、何故か胸に走るのは安堵の感情。

 安らぎ、憩い、そんな穏やかな感情が心を支配しようとする。

 瞼が重くなって、意識が優しい眠りの中へ沈もうとする。


「っ!」

 不幸中の幸いか。俺が意識を保つ事が出来たのは、直前の戦闘で負った傷の痛みのお陰だった。

 アリスの姿は無い。ただ、見渡す限りの闇が広がる。だというのに何故か足元や自分自身の姿がハッキリと見える。


 完全にアリスの魔導に取り込まれた。

 ここはもう彼女の領域だ。


「ハ~ル君♪」

 不意に聞こえる明るい声。槍と共にそちらを向けば、そこに居るのは制服を着たアリスの姿。戦闘の真っ直中だった筈だ。このアリスは幻影だ!


「『二連——』」

 牽制の為に俺が槍を投げようと構えたその時。そっと槍を持つ腕が引かれる。


「なっ」

 視線を移せばそこにもアリスの姿。

「えへへ~えいっ!」

 二人目のアリスが腕に抱きつくように絡みついてきて。その重みで槍を持つ腕が下がる。

 バランスを崩しそうになり、思わず槍を取りこぼして。


「こっちが本体かッ『第一閃光——』」

 何とか振り解こうと反対と手で光属性の基礎魔法を放とうとする。


「そりゃっ!」

 だが、その腕もまた、重みによって引き下げられた。


「えっ……」


 右を見れば、更にもう一人アリスの姿……。しかも、触れた感覚、重み、暖かさを感じ、とても幻影とは思えない。


「わ~い!」

 そして、最初に発見し正面に捉えていたアリスが駆け込んできて。

 飛びつくように抱きついてきた。


「わぷっ!?」

 既に両サイドから拘束されている状態だ。俺はそのまま押し倒され。


「!?」


 強かに背面を打ち付ける事を想起して身構えたが、背中に感じたのはふわりと弾む感触。気がつけば、ベッドの上だ。三人のアリス全てに実体があり、絡まれ、身動きを封じられた状態で。


「どうかな、ハル君。〝現実〟じゃこんな体験出来ないよね?」

「何をしたって良いんだよ。誰にも迷惑なんてかけないからね」

「私が——私達が君を愛してあげるっ!!」

 三人のアリスが、俺の頬に、胸に、背中に手を伸ばしなで回しながら囁く甘い言葉。ふわりと漂う甘いシャンプーの香り。嫌でも心臓が高鳴り、頬が紅潮していく。けれど。胸の疼き、自己嫌悪だけが俺の意志を繋ぎ止める。


「こんな〝夢〟だけは、認められねぇんだよぉッ!!」


 拘束された状態で出来る抵抗なんてそう多くは無い。

「『ヘビィ・ブラスター』!!」

 俺は躊躇無く再びの自爆を選んだ。取りこぼし、すぐ側に転がっていた槍が爆発を引き起こす。炎が弾けて、俺に取りついていた三人のアリスが霞のように姿を消す。彼女たちが居た場所に僅かばかりの水晶を残して。


 焼ける肌。煤けた服。黒い煙の塊を口から吐き出して、俺は何とか起き上がった。

「分身なんて大魔導、聞いた事ねぇぞ……」

 散らばる水晶を拾い上げて、ぼやく。干渉マテリアライズが成功したという事はあれは紛れもなく魔法であったという証明に他ならない。


 だが、魔法で人体を複製するなんて芸当は前代未聞の大魔導だ。いくらアリスが高位のイーヴィルと化したからといっても信じがたい光景だった。

 爆発した槍を再びマテリアライズし、構えたところで響く声。


「〝現実〟じゃ無いからね。〝夢〟の中なら何だってできるもん」

 翼を背負った悪魔の姿をしたアリスが笑いながら現れて。

「〝夢〟を〝現実〟にする魔法だとでも言うつもりか!?」

 俺が漏らした推察に対して、アリスは正解と言わんばかりに笑った。


「ねぇ、ハル君。次はどんな〝夢〟が見たい? 美味しいモノでも一緒に食べる? 何処かに遊びに行く? どんな事も叶えてあげるからね。さぁ……君の〝幸せ〟を教えて?」

 

 暗闇に広がる、幻の景色。

 左を向けば元の、万年桜の広場では到底考えられない程広大なアミューズメント施設の入り口が。右を向けば肉、魚、果実が並び、奥には無数のテーブルとその上に盛り付けられた料理の数々。漂っていくる香ばしい匂いに思わず喉を鳴らしていそうになる。


「あ、こんなのもどうかな?」

 アリシアの言葉と共に足元の質感が瞬時に変化する。軟らかい土だったはずの地面が、乾いた紙や金属へと変化し。視線を落とせば広がるのは無数の紙幣、硬貨、宝石。


「でもでも、何でも思い通りになるのならお金なんて必要無かったかな?」

 アリスは愉快そうに、いとも容易く世界の悉くを塗り替えていく。


 一目見て〝夢〟だと判るような異様な光景。けれど、幻だなんて思えない。確かな感触、感覚。〝現実〟を塗り替える〝夢〟。何処まで続く悪夢の檻。

 己のちっぽけさを痛感するには十分過ぎる程の、圧力。


「ッ」

 歯を食い縛る。


 もう既にアリスの術中に居るのだ。これ以上彼女に飲み込まれる訳にはいかない。

「『二連朱槍』ッ!!」

 右へ、左へ、正面へ。槍は炎の弾丸へと昇華し幻想を焼き貫いていく。

 建物には穴が空き、料理は焦げ落ち、紙幣は炎を灯して燃え広がる。

 やがてそれらは小石では無く水晶の様なモノをマテリアライズすると共に消え去っていく。先ほどからアリスがもたらす魔力の質が上がっている。考えるまでも無く向こうはまだ余力十分に思えた。


「そんなことしても無駄じゃないかな?」

 アリスがパチンと、指を鳴らすだけで幻影の欠けた部分があっと言う間に復活する。

「まだ判ってくれないのかな? 君の〝幸せ〟は此処にあるんだよ?」

 言葉と共に、翼で己を包むとアリシアの姿は闇へと溶けて消えていく。


「『ミラーズ・ミラージュ』」

 暗闇に囁かれる言霊。 ファルマの周囲、八方向を完全に囲う様に黒鏡が出現しその一つの鏡面に星形の黒い何かが映る。


「『ナイトメア・パレット』」

 何処からとも無く声が聞こえてくると、球技に使う様なボールくらいの大きさで星形の何かが一つ鏡から跳び出しファルマ目掛けて飛んでいく。


「っ!?」

 悪寒が走り慌てて回避すると星形の何かは対面の鏡の中へと消えていく。

「なんだ今の感覚……当たったらどうなるんだ……?」

 とにかく危険な事だけは本能が訴えていた。


「ねぇ。〝現実〟はこんなにも無情で、辛いんだよ?」

 刹那、ファルマを取り囲む全ての鏡面に星形の黒い塊が映る。


「嘘だろ……」


 鏡を破壊しようとする暇もない。包囲された鏡から順に黒い魔力が放たれる!

「『第一閃()――』」

 攻撃を闇属性の魔法と判断して反属性の魔法で打ち消そうとするが、間に合わない。


「くそっ!!」

 詠唱を中断し槍を振りかぶって走る。進行方向の鏡を、ハルベルト特有の斧状の刃で叩き壊し道を開き、鏡の包囲陣から脱出した。次の攻撃を警戒し、すぐさま転回すると鏡の包囲陣が黒い弾幕に飲み込まれたの目視する。


 その直後。


「……はぁ!?」

 突如鏡の殆どが消え去り、俺のやや遠い前方に一つだけ取り残された。

 意味が無いわけが無い。何かが来る、と身構えた次の瞬間。

 一枚だけ残った鏡から殺到した黒い星の弾丸が連続で発射される!


「どうなってんだ!?」

 直線上の攻撃、回避は容易い。ただ、横に避ければ良い。けれど。


「『ダークマインド・リフレクション』」

 追加される詠唱。俺を逃し虚空を駆け抜ける弾丸の目前に出現する黒鏡。

 弾丸は角度を付けて反射され、俺を追尾する。


「っ」

 俺は槍を地面に引きずったまま走って逃げ回る。もう一度回避すればもう一度鏡が現れ、弾丸の連鎖は執拗に俺を追いかけて。既に手負いの俺に持久力は期待出来ない。根負けし弾丸に飲み込まれるのは時間の問題だ。


 ――もうこれ以上凌ぐのは無理があるか!?

 見切りを付けた俺は足を止め、振り返り。


「ならっ『ヘビィ・ブラスター』ッ!!」

 更にもう一度黒い魔力を回避すると同時にその進行方向へ槍を投げた。槍は炎へと転じ現れた鏡に激突し、大爆発を起こす。『二連朱槍』なら弾かれたかもしれないがこの爆発には黒い鏡も耐えきれず粉々に砕け散った。そして反射される予定だった無数の弾は虚空へと消えていく。


 しかし。


「っ!?」

 ぞくり、と悪寒を感じ本能的に振り返る。そこに迫っていたのは、黒い星の形をした連弾。認識はできても最早回避行動は間に合わない。頭から血の気が引いていく。魔力が叩き付けられるまでの僅かな時間、視線が移ろい状況を把握する。連弾の奥に、黒い鏡。それが俺の死角に何カ所にも設置され。追尾していた連弾は、囮だった。無数に放たれた弾丸の全てが追尾していたと思い込んでいた。実際は、追尾していたのは一部だけ。残りは別の角度に反射され俺の死角で反射を繰り返して回りこんでいたのだ。


「ウアアアアアアッッ!!」


 弾丸が俺の身体にぶつかり、溶けていく。

 一つ受け止める度に、全身に痛みと倦怠感が走り、それが幾つも、何度も叩き付けられる。痛い、辛い、眠い。弾丸の連鎖が尽きた後も、地に伏しのたうち回った。余りの苦しみに歯を食い縛り強く目を閉じると少しだけ痛みが和らいで。


 この苦痛から逃げ出すには意識を放棄してしまえば良いと無意識に訴えかけられるようだ。現実を、無限に続くとも思えてしまう『悪夢』のような苦痛へと塗り替える魔法。〝現実〟を否定させ〝夢〟へと逃げ込ませる様に誘導する魔法。それが攻撃の正体だと悟る。


「ああ……どうして? 判ってるよね?」

 宙に現れたアリシアは困惑するように、或いは憐れむように問いかける。

「ぅ、ぐ……! くぅっ……!!」

 今、鏡を見たら酷いしかめっ面が映るだろう。俺は薄く目を開き。


 何度目かも判らないが、槍を地面について無理矢理身体を起こし支える。

「眠れば楽になれるのに。なんで苦しもうとするのかな? 頑固すぎるよ、ハル君。私は君のそんな姿なんて見たくない。本当はこんな事したくないのに……!」

 その言葉に偽りは無いのだろう。アリスは辛そうに視線を逸らす。


「もう気力も魔力も風前の灯火だよね!? それでどうして立ち上がるのかな!? この期に及んでまだ勝てるとでも思ってるのかな!?」

 必死に俺を説得するように訴えかけるアリスに。


 ボロボロになったつぎはぎの言葉で答える。

「まだ……オレはまだ、出し尽くしちゃいない……やりきっちゃいない」

 槍を引きずり、地面をなぞる。その仕草に、アリスは気付いた様だ。


 硬貨や紙幣で埋め尽くされた地面の表面に淡く光る筋が残されていた事に。俺が逃げながら魔法陣を描こうとしていた事に。


「……なら、全部見せて」

 アリスが表情を険しくする。

「私が全部受け止めてッ全部否定してッ〝現実〟なんて上手くいかないって教えてあげるからッ!!」

 アリシアはそう言い放ち、弱々しく魔法陣を描く俺を妨害もせず見下ろす。


 ――……もう、限界だな……なら、ここから先は止まらないッ!!

 俺は決心する。仕込みは十分だ。これ以上は俺の心身が持たない。

 潰えそうになる意志に炎を灯して。

 俺は最後の気力を振り絞った。


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