4話 マジッククラフト工房
『……どちら様ですか?』
「あ、あのっ! 四年のファルマと申します。部活動の見学を希望したいのですが……」
胸がもの凄くドキドキする。昔はこんなに他人が苦手じゃ無かったんだけどな。この学園に居るとどうしても、余計な事を考えてしまうようになった。
俺の言葉に、中々返事が返ってこない。
ひょっとして自己紹介の時点でアウトだったのだろうか、なんて不安になっていると。
そっと扉が開いた。
そして、部屋の住民が入り口で俺を迎える。俺は同年代の中では背が低い方だ。しかし、そんな俺と比べても10cm位低い身長。長く黒い髪は首元で一つにくくられていて、抱える程に大きな書籍を持って居るのが印象的だ。比較的中性的な容姿だが鼻の上にちょこんと乗せられたモノクルの縁に可愛らしい花の彫刻が見えたり、制服がスカートなので女子生徒だと推察できる。
「……っ」
少女は俺の顔を見上げるなり、ふっと視線を逸らした。
「あ、す、すみません、つい……」
慌てて、もう一度こちらを向き直して頭を下げる。
胸元のバッジが示す学年は、なんと一年生。突然見ず知らずの先輩が訊ねてきたら戸惑って当然だ。
けれど彼女は。
深呼吸の一つも無く。ただ、そっと胸に手を当て数秒目を閉じ。
「……落ち着きましたから。どうぞ、こちらへおかけください」
しっかりした態度を作り上げ椅子を引く。
部屋は長方形で中心に長机があり両脇には道具棚が並んでいた。
「あ、どうも、失礼します……」
俺は差し出された椅子に腰掛ける。そして少女の方は俺に向かい合うように座った。
「見学、という事ですがどうしてこの部活動に選ばれたのですか?」
聞かれて、俺は胸が痛くなった。俺がこの部活動を選んだ理由は適当も良いところだ。
だが。こうやって情けない理由で部活動を探すことになったのは俺自身の責任だ。
何より、嘘は吐かないとついさっき決めたのだ。
「……その、非常に申し上げにくいのですが」
俺はそう前置きした。
すると、
「敬語で無くて結構ですよ。先輩の方が随分と年上ですから」
「え、でも……いや、うん。お言葉に甘えさせて貰うよ。それで、見学の理由なんだけど……ごめんよ、特に深い理由は無いんだ。サボりがバレちゃって校長から部活動に入るように強制されてね。それで、何となく気になったのがここだったんだ」
俺は決意通り、正直に告げる。
「なるほど。つまり活動内容自体はどうでも良かった、ということですか」
確認されて、俺は思わず目線を下に逸らした。
けれど、続いてかけられた言葉は予想に反するモノだった。
「判りました、そういう事でしたらお力になれるかと思います」
「え?」
「こちらが入部届になります。顧問はジン先生です」
「え、え、良いの!?」
驚いた。突っぱねられる覚悟を決めていたのに。
「はい。マジッククラフト工房は先輩を歓迎させていただきますから」
「でも、こんないい加減な理由で……本当に良いのかい? 邪魔にならない?」
「邪魔なんてとんでもない! 先輩さえ良ければですが、自由にしていてください」
一年生ながらもたった一人でやりくりしている部活だ。強い拘りや信念を持って始めた事だろうと思われる。そこに、こんなちゃらんぽらんなヤツが入り込む事を許すなんて、この子はなんて懐の広い人間なのだろうか。
「それじゃあ……お世話になります、部長」
「部長だなんて、くすぐったいですから。ボクの事はシジアンとお呼びください」
シジアン、という名前を聞いて不思議な気分になった。
オブシディアン、黒曜石から取ったのだろう。艶やかな黒髪のこの子にぴったりの名前だ。きっと、俺がこの子に名前を付けるとしてもシジアンと付けたかもしれない、なんて思うくらいにはしっくりきた。
「それじゃあ……これからよろしく、シジアン」
「はいっ! 一緒に頑張りましょう、先輩!」
一瞬、呼吸が詰まった。
一年生とは思えないくらいに落ち着いた様子のシジアンだったが。
今、この瞬間。とても明るい笑顔を見せたのだ。
そして、その笑顔に俺は――感動してしまった。
何故かこの子が〝こんな表情をした〟という事実に胸を打たれてしまった。
「え……? せ、先輩?」
ふと、シジアンの笑顔が曇る。
心配そうに俺の顔を覗く。
「あれ?」
気付けば、視界が霞んで居た。熱いものが頬を伝う。
「なんで、泣いてるんだろ……」
慌てて俺は目を拭った。なんだかおかしい。自分の身体が、心が、自分のモノでは無いみたいだ。
「す、すみません、少し外しますから」
気を遣って、シジアンが部屋から出て行く。本来この部屋の主は彼女の筈なのに。
というか、初対面でいきなり泣き出すとかどういう印象を持たれるんだろう。
涙はすぐに止まった。でも、胸の中は落ち着かない、ざわざわした感じが残る。
でも……それは決して、嫌なモノでは無かった。今流れた涙は、哀しみの感情がこぼれ落ちたモノでは無い。
「俺……何をそんなに、泣くほど喜んでるんだ……?」
自分でも訳が判らない。結局この日はシジアンが気を遣ってくれて、ひとまず入部手続きだけを済ませ活動は後日からという事になった。
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