39話 私が甘い〝夢〟を見せてあげるのに。
「『二連朱槍』!!」
投擲した槍を二つの炎に変換し、火炎と爆撃で攻撃する俺の固有魔法。槍の改良によって底上げされた威力は第二階級の基礎魔法をやや上回るくらいとまちまちだが、槍を投げるだけで発動でき、連射力に優れる。その連射力に任せて手当たり次第に放つ。
「『第二流水魔法』」
アリスは空中で足を組み、黒い板のようなモノで炎を防いだり魔法陣を描いて水属性の基礎魔法で応戦していた。お互い、相手の出方を伺っているような状況だ。
けれど俺に比べて、アリスの方が余裕綽々といった様子である。
「言ったよね? 私の魔力は私を願ったみんなのモノ。持久戦なら私が勝つからね。もっと激しくした方が良いんじゃ無いかな?」
アリスはにやりと怪しく笑うとパチンと指を鳴らした。
すると、防御用とは別にアリスの周囲に黒い板が4つ生成される。
「『ミラーズ・ミラージュ』」
四つの黒い板の表面がキラリと輝いた。すると、板には炎の弾丸が映り込む。
「なっ!?」
炎の弾丸は板から飛び出して来て、俺へと殺到した。これは紛れもなく俺が放った『二連朱槍』である。
「嘘だろっ!?」
慌てて横へ飛び込むように緊急回避する。……が。
「うん、嘘なんだよね~♪」
と、アリスはイタズラに笑った。俺が立って居た場所に殺到した炎の弾丸は地面に着弾すると同時にすぅっと消えてしまう。受け身を取って起き上がろうとしていた俺がしまった、とアリスに視線を向けるがもう遅い。
「本命は、こっちかなっ!」
アリスは体勢を立て直そうとしていた俺を指差すと、炎の弾丸を吐き出した四つの黒い板が角度を変え、飛来した。角度を変えた鏡は最早刃と遜色ない。一度回避行動を取った直後の隙を突かれたのだ、身体がついてこない。
「くッ……」
俺は咄嗟にハルベルトを大きく薙ぎ払い、正面から迫る黒い板の二枚を叩き割った。しかし脇から飛んで来た残り二枚は処理しきれず頬と脇腹を掠めて通り抜ける。
鋭利な刃に服と皮膚が引き裂かれ、鮮血が迸った。
「『ミラーズ・ミラージュ』」
重ねられる詠唱。再び現れる四つの黒鏡。次に放たれたのはうねる水流、水属性の基礎魔法『第二流水魔法』の幻が連続で四つ。
「幻だって判ってたら怖くねぇよ!」
水流を無視して飛来する前に黒鏡を処理しようと前進する、そのまま幻の水流を正面から突き進む。
しかし、
「素直で可愛いね♪ でも、残念」
「なっ……がバぁ!?」
つ目の水流を正面から無抵抗に受け止め、大きく仰け反る幻影の中に潜まされた現実が俺の身体を押し流し、体勢を崩し、そこにまた黒鏡が刃の様に襲いかかってきて。
「うあぁっ……!」
せいぜい出来たのは、頭を下げ腕で急所を庇う事だけ。目の前で組んだ腕に四つの黒鏡が食い込む。乱暴に腕を払って、突き立った鏡をふるい落とした。
「『ミラーズ・ミラージュ』!」
ダメ押しと言わんばかりに三度生成される黒鏡。今度は何の幻影も生み出さず、即座に角度を変えて。すぐに攻撃が来る事は読める。しかし服が水を吸い、腕に走る鋭い痛みが感覚を鈍らせる。ここで直撃を受ければ致命傷は免れない。
「『弾けろッ黒鉄の楔』——『ヘビィ・ブラスター』!!」
苦肉の策に、決断する。槍を触媒に炎の弾丸では無く爆発を巻き起こすもう一つの魔法。当然、発動すれば俺自身も巻き込まれる位置関係だが、四つの刃に急所を切り刻まれる事と比べれば多少の火傷の方がマシだと咄嗟に判断したのだ。
しかし。
「……やっぱり、もう辞めようよハル君。ね? 今からでも遅くないと思うな」
心の底から俺を案じるような、アリスの暗い声が聞こえると共に。
飛来する黒鏡が空中で跡形も無く姿を消した。
「っ!!」
結局、無意味な爆発が俺の身体を吹き飛ばした。
地面に叩き付けられ思考が揺らぐ。
「くそ……」
完全に相手のペースだ。俺の判断、行動は全て裏目に出ている。いや、そう誘導されてしまっている。
身体中が痛い。腕からは血。全身に軽い火傷。装備は水によって機動性を奪われ。
戦いは始まったばかりだというのに、もう既に満身創痍である。俺は槍を杖のように地面に突いて何とか立ち上がったが視線の先にアリスは居ない。
「アリスっ!?」
慌てて周囲を探ろうとしたとき、背後からふわりと感じる温もり。腕を回され、抱き締められたとすぐに察する。
心地よい筈なのに、冷や汗が止まらない。
「瞳を閉じて。深く呼吸して。身体を委ねてくれれば、私が甘い〝夢〟を見せてあげるのに。ずっとずっと〝幸せ〟にしてあげるのに」
アリスは耳元で囁く。吐息が耳や首筋に触れ、ゾクリと悪寒が走った。
「君の〝夢〟は確かに幸せだった。でも……紛れもなく、悪夢だった!!」
俺はアリスを振り払い、一歩前へ。勢いを付けて槍を振るい反転。
ハルベルトの先端、斧状の刃をアリスの首筋に突き出した。アリスの首に刃が触れる瞬間、その形状が崩れ柔らかな炎へと変質する。そして炎からポロポロと少しずつ小さな石ころがマテリアライズされては転げ落ちていく。
凶器を首に差し向けられたというのにアリスは一切動じなかった。今のハルベルトに物理的脅威は無いと理解していた様だ。そしてその上で、魔力干渉によるマテリアライズなど大した効果なんて無いと言わんばかりに、
「……そうやってちまちまと私の魔力を削って、いつまで戦うつもりなのかな?」
憐憫の色を滲ませた視線を俺に向けた。
「言っただろ。終わりまで、止まらないって!!」
俺は槍を大きく薙ぐように振るう。
魔力の刃はアリスの胴へと向かったが、刃が触れる瞬間アリスの姿は闇へと溶けて消え去った。
「なっ!?」
『健気で可愛いけどね、私は手加減なんて出来ないんだ。言ったでしょ? 私は君だけの悪魔じゃ無い。私は沢山の、本当に沢山の人達の願いを背負ってる。だから私が彼らを——そして君を〝幸せ〟にしてあげなくちゃいけないの』
声だけが、黄昏れる森に怪しく響く。
何かを諦めた様に。或いは覚悟を決めた様に。
言葉が降ってくる。
『痛いよね? 苦しいよね? ほんの少し戦っただけなのに、そんな姿になって。それでも諦めてくれないんだね? このままどんなに傷つこうとも倒れちゃうまで戦うつもりなんだね? そんなの……そんな酷い〝現実〟なんておかしいよ』
アリスは敵対者を説き伏せるような口調では無く。あくまで味方や仲間を必死に説得するような口振りで言葉を重ねる。
短絡的で、意志が殆ど無い低級のイーヴィル達とは格がまるで違った。
彼女には明確に意志がある。自分が〝人々の願い〟であるという自覚と矜持。
気配を感じた。
アリスがいつの間にか、万年桜の前に浮遊していた。
「本当はもっと自然に、安らかに眠って欲しかったな。私を願ったのはハル君自身なんだから、絶対受け入れてくれると思ったんだけどな」
アリスは切なそうに涙を零す。
「でも、もう終わりにするからね」
突如、大気がざわめく。
「なんだっ!?」
周囲の木々が、万年桜が激しく揺れ、木の葉と桜の花弁が黄昏の中に舞い散って。
アリスの翼から闇が……闇としか形容出来ない黒い何かが滲み出す!
「私の全てを見せてあげるね」
球状に広がる闇の中心でアリシアは翼と両腕を大きく広げた。
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