37話 〝大事な話がしたい〟
俺が準備をしている間、幸いにもアリスの方に目立った動きはなかった。いつも通り一緒に登校したり、どうでも良い話で笑い合ったり、食事を一緒に摂ったり、そう、幻想的な〝幸せ〟を演じる。幻想に浸れば浸るほどふとした瞬間に〝何もかも思い過ごしなんじゃないか〟なんていう感情に飲み込まれそうになった。
しかしその度にあの夜、謎の人物に突きつけられた槍の矛先を思い出した。
……結局、アレが何者だったのか判らない。乱暴だったがわざわざ自分に警告をしてくれたのだ。身内の誰か、若しくはそれに雇われた何者かと言うのが妥当な線だが。
一つ、荒唐無稽な仮説がある。どんなに荒唐無稽な話も、この世界ではあり得ないと言い切ることは出来ない。だが、今それはどうでも良い、後で考えるべきことだ。
今向き合うべきは、アリスなのだから。
必要なモノは全て揃った。
俺は駆け出していた。
今日は部活動が無い日。普段通りならアリスは――
部室棟から本棟に戻って。
息を切らせながら玄関に向かうと。
そこでは、オレンジの日に照らされて佇む少女の姿があった。
「あ、ハル君」
俺は放課後になってルクシエラさんの部屋に寄っていたので他の生徒達はもう帰ってしまっていて。そんな中律儀に俺を待っていたらしい。
「ごめん、用事があって。待たせちゃったな」
「ううん。全然気にしてないよ。それじゃあ今日も、一緒に帰ろ?」
アリスと共にいつも通り、ほんの僅かな道のりを歩み出す。
そして。
俺は、切り出した。
「なぁ、アリス」
「なぁに、ハル君」
「この後、忙しいか?」
「ううん。特に用事はないけど……どうしたのかな?」
「〝大事な話がしたい〟」
アリスは目を丸くした。この言葉は、かつてと全く同じ。
「誰の邪魔も入らないところでな」
アリスはその言葉を受け止めるように。いつもの、可憐で柔らかい笑顔を浮かべる。
「うん、いいよ。でも、何処に行くのかな?」
「それが問題なんだよな……」
本当に誰にも邪魔されたくない俺としては誰も寄りつかないような場所にしたいのだが、この切り出してそんな場所を提案するのは流石にあまりにも怪しい。というか、普通にヤバイ奴であろう。客観的に見て襲おうとしているようにしか見えない。
「例えば、裏庭とか体育館裏とか言ったらドン引きされそうな気がする」
「うわぁ、怪しいね~。そんな所に連れこんで何をするつもりなのかな~?」
アリスは冗談交じりに半歩退き、からかう様ににやつくが、俺は真顔で答えた。
「真面目な話だよ、ホントに」
その様子に、アリスはは少しだけ寂しそうに、
「……そっか」
と呟いた後――笑顔の種類を変えた。
明るく、優しい、朗らかな笑顔から。
どこか妖しさを感じる、艶めかしい意味ありげな笑顔へ……。
「じゃあ〝永久の森〟とか、人が来ないんじゃないかな?」
続く言葉に、ゾクリと悪寒を感じる。違和感、危険を承知でそれでも何故か惹き付けられるような、蠱惑的な気配。
「えっ、いや、お前……あそこあんな事あったばっかりなんだぞ?」
「だからこそ、今なら誰も来ないんじゃないかな? 二人っきりで、じっくりお話ができると思うよ……」
確かにアリスの言う通りで、正直な所〝永久の森〟というのは邪魔が入らないという点と十分な広さがあるという二点で以上無い好条件だ。だが、アリスの様子が明らかに不自然で、俺の意図を全て見透かされてしまったように感じる。俺は狼狽を悟られないように取り繕って、アリスに背を向けた。
「まぁ、アリスが良いならそれでいいよ」
すると、アリスは軽やかなステップで俺の前に躍り出て。
「なら、私は先に行って待ってるね」
「え?」
俺がが戸惑っているうちに、またステップを踏むように背後に回ってきて、慌てて振り返ってももう姿が無い。
『急いで追いかけて来ないと、何処かに行っちゃうかも知れないから――急いだ方が良いよ、ハル君♪』
頭の中に響く言葉。
切り出したのは俺の筈なのに、いつの間にか俺の方が誘い込まれるような形になっている。緊張が増し、冷や汗が伝った。
俺が行動を起こすことによって警戒される可能性というのは考えて居たが、これは最早警戒というか『受けて立つ』と言わんばかりの挑発……。
自然を装い、俺の意表を突くことだって出来ただろうに今まで、表向きは目立った行動を起こしてこなかったアリスがここまであからさまな態度を取ると言う事は、
アリスもまた『これで終わりにする』と覚悟を決めたのだろうか。
「君の言うとおりだ。現実って本当に思うようにいかねぇよな」
俺は覚悟を決めて、永久の森へと向かった。
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