36話 聞かないでください
放課後、俺は部室で尚も精力的にマジックアイテム製作に取り組んでいた。
「先輩、どうぞ」
シジアンがそっとお茶を差し入れてくれる。
「さんきゅーシジアン」
お礼を言うとシジアンは更に、
「作業は順調ですか? 何か必要なモノはありますか?」
と、凄く気を遣ってくれるのだが、俺は少し後ろめたい気持ちになった。
「あーその、気を遣ってくれるのはありがたいんだけど、今作ってるアイテム、完全に私用の為に作ってて提出とかはするつもりは無くてだな……」
そんな俺の言葉に、シジアンは優しい笑みを返してくる。
「良いんじゃ無いですか? 活動は活動なんですから」
「そうか?」
「はい。それで、ボクにお手伝い出来る事は何かありませんか?」
「あー……。じゃあさ、ちょっと聞きたいんだけど。アーシェさんと知り合いなのか?」
「え? ああ、はい。この部活で使う魔石の大半は彼女に発注して製作して貰っているんですよ。彼女はティアロ様が一目を置くほど優秀な魔石制作者ですから」
「やっぱり、そういう事か」
他クラスとはいえアーシェさんが土属性専攻でかつ、魔石製作が得意であるという事は先の社会科見学で把握している。
「早急に魔石を注文したいんだけど、出来ると思うか?」
「普通は一週間程度前から注文しておくモノですが……ボクが取りなしましょう」
「いや、迷惑をかけるつもりは……」
レンの時と同じだ。これはあくまで俺の拘り……叶わなかったら、それで仕方ないと納得出来る。しかしシジアンは。
「部長としては、部員の精力的な活動にはきちんと支援するべきかと思います」
理由や、目的は一切聞かない。あくまで部長という立場を建前にして、助力をしてくれると言ってくれた。
「……ありがとな」
「気にしないで下さい」
「組み込む魔法陣は明日の昼に間に合わせてくれるってレンが言ってた。使う石は——」
魔石製作は細かい打ち合わせを済ませ、俺はアイテムの作成を続ける。
夜も自室で製作の続きをして。
「さぁ、残りは俺自身の仕事だ」
時間が過ぎるのが早く感じる。でも、焦って台無しにする訳にはいかない。
集中力を切らさぬよう、途中何度も自分の頬を叩いて気合いを入れた。
夜は、更けていく。
やがて、力尽きるように机に突っ伏して意識を落とした。
◇ ◇ ◇
数日後、俺は宣言通りルクシエラさんの元に訪れた。
扉をノックして、入室するとルクシエラさんは難しい顔をしていた。
俺は深々と頭を下げて、告げる。
「以前、頼って良いって言ってくれましたよね。今、貴女の力を借りたくてここへやって来ました」
「貴方がここまで大げさにするのです。貴方が欲しいものは大体判っているつもりです」
全てお見通しだと言わんばかりの様子だ。
「〝器〟を出しなさい。用意しているのでしょう?」
「はい」
俺は懐に忍ばせていた〝ソレ〟をルクシエラさんに手渡した。ルクシエラさんは手を目の前に引き戻し、拳の中に渡された物体を確認して、僅かに目を大きくする。
「……」
それは、余りにも粗末な物体だ。俺が〝ソレ〟を選んだ理由を……見透かさた気がした。やがて、何かを思うようにその物体をもう一度握り込んだまま数分、ルクシエラさんは沈黙し。その後、握っていたモノを俺の方へ投げ渡す。
「これで良いのでしょう?」
「あ、ありがとうございます!」
投げ渡されたモノを掴みとる。だがその後に予想通りの言葉が続いた。
「それを、一体何に使うつもりです?」
その言葉への回答は決めてある。
「聞かないでください」
ルクシエラさんは目を丸くした。
「……そうですか」
ルクシエラさんも、それ以上は追及してこない。
目的は果たせたので部屋を後にしようとする。
が、扉に手をかけたところで。もう一つだけ残っていた頼み毎を口にしようとした。
「あの、最後に一つだけいいですか」
その言葉に、ルクシエラさんの耳がピクリと動く。
「もしも――」
俺の口が次の言葉を紡ごうとした瞬間。
ルクシエラさんはがたっと椅子を蹴り飛ばし立ち上がって。俺を睨み付けて叫ぶ。
「聞きたくありませんッ!!!」
ルクシエラさんは感情的な人間だが。ここまで怒りを露わにした様子を見た事が無かった。
「す、すみません……」
思わず俯き、萎縮する。
ルクシエラさんはハッとしたした様子で。
「謝って欲しい訳でもありませんわっ」
取り繕うようにぷいっとそっぽを向く。
「えぇ……ならどうすれば……」
ルクシエラさんがいつも我が儘を通そうとする時と同じ気配を感じ取り少しだけホッとしつつ問いかける。
ルクシエラさんは不貞腐れた顔を作ったまま、何かを考え天井を見上げ。頭を抱えたかと思うと首を振り、やがて真剣な眼差しを向けて来た。
「まだ聞いて欲しい願いがあると言うのならいくらでも聞き受けましょう。けれど、一度に一つまでです。ですから、また何か頼みたいのでしたらもう一度ここに訪れなさい」
俺は目を見開く。
別れ際に思い出した用件を〝最後に〟と付け足して話す事なんてそんなに珍しい事でも無いはずだ。少なくとも、ごく自然に受け取ればそう重大な内容でも無いし、軽く受け流してくれるだろうと思っていた。けれどルクシエラさんの様子は異常だった。
……まるで〝最後〟と言った言葉が暗に〝最期〟という意味を含ませていた事を見抜かれているとしか思えない程に、過剰な反応だと感じた。
解答に、困る。
そんな約束、取り付けることは出来ない。
場合によっては、これが本当に最後の別れになっても構わないと考えていたから。
ルクシエラさんに頼みたかったのは……その時の後始末であったから。
考えて、俺は手をかけていたドアノブを動かした。
「待ちなさいっ! どうして何も言わないのですか!!」
自分にできない事を口にするなんて、そんな同じ過ちを繰り返したくは無い。それがルクシエラさん相手なら尚更だ。
俺は深く、深く息を吸う。めい一杯、限界まで肺を膨らませて。
「ありがとうございましたッ!!」
投げつけるように言い捨てて、俺は部屋を後にした。
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