3話 校長って実は暇なんですか?
この数日間は天国だった。
保健室での治療を終えた後、経過観察ということで数日寮室で安静にしておくように言われたのだ。
合法的に寝て過ごせる、なんと素晴らしい時間だったか。
しかし楽しい時間はすぐに過ぎ去り……今日から授業に復帰していた。
「おーい」
ぼーっとしていた所に、ぺしっと走る衝撃。
「つッ」
どうやら、鼻先を弾かれたらしい。朦朧としていた意識が戻ってくる。
「いつまでぼんやりしてるつもりだい?」
何度か瞬きをして目を擦ると、目の前で水色ポニーテールの少年がクスクス笑っていた。
「んぁ、ドライズ? 今何時だ?」
「もう放課後だよ。もしかしてホームルーム中ずっと居眠りしてたの?」
「そんな訳ないだろ」
頭を掻きながら否定する。事実はハッキリしておかなければいけない。
「ホームルームよりずっと前から寝てたわ」
さっぱり目が覚めてすっきりした気持ちで、きっぱりと言ってやった。
「いやそんな堂々と言われても困るんだけど……」
「ここ連日、半日以上寝てたから身体のリズムが狂ってな」
「おかしいな。僕と全く同じ生活をしてきた筈なのに」
「昔からそうだけどさ、病み上がりのくせにフルスロットルで勉強に集中できるお前の方がおかしいと思うぞ」
俺は愚痴りながら立ち上がり、伸びをした。
「む、昔の事は良いだろう!? それより、ほら、帰るよ全くもう」
そのまま二人揃って寮へ戻る。
この学園では放課後の時間に部活動や委員会活動を行うか、寮で自習をしなければならない。
俺とドライズは部活動を行っていない為必然的に自習をする事となる。
「今日も一日がんばりましたっと!」
「あれぇ、おかしいな? 君ずっと寝てたとか言ってなかったっけ?」
俺は部屋に着くなり二段ベッドの下段に飛び込んだ。
「さーって今日はレアドロップ粘るぞー!」
俺は枕元に放置していた携帯ゲームを持ち上げて起動した。
「むぅ。ホントは自習の時間なんだよ? 何いきなり寛いじゃってるのさ」
「だってどうせ監督も何もないんだぜ? サボってくださいと言ってるようなもんじゃないか」
「……ふふ、それはどうかな」
不意に、ドライズが不敵に笑う。
「は?」
ドライズの言葉に疑問を覚えるよりも早く。
バンッと鈍い音を鳴らして、ロッカーの扉が勢いよく開いた。
「うむ、現行犯じゃなッ!!」
窮屈そうにロッカーから現れたのは。
この学園の全てを牛耳る者、ティアロ校長その人であった。
俺は数秒掛けて現実を認識し、遅れて言葉を発する。
「……校長って実は暇なんですか?」
「暇ではない。お主が戻ってくる時間を計算して身を隠す時間を作ったのじゃ」
「たかだか一生徒のサボり検挙の為にそこまでします!? 校長が!?」
「うむ。その機械仕掛けの玩具の使用自体は咎めぬが。時と場合というモノを弁えねな」
「自習時間って言ってもどうせサボって一人でゲームしてるだけだろ? 君はもっと友達を作るべきだよ。だから僕が先生に相談したのさ」
「お前は俺の母さんかよ!?」
「と、言う訳で。行くぞファルマ少年。部活動に入りなさい、これはもう決定事項じゃ」
「い~や~だぁあああ!!」
俺はティアロ校長に首根っこを掴まれ、引きずられながら自室を後にした……。
「これが今ある部活動のリストじゃ。何処でも良いから今日中に決めなさい」
部活棟の前まで来ると、ティアロ校長に紙切れを渡された。流石に俺にばかり構っている暇は無いらしくそのまま何処かへ行ってしまったが。
「部活、かぁ」
俺はため息を吐いた。この学園に入ってから、俺はドライズと彼の師匠であるルクシエラさん以外との人間とは距離を取ってきた。
部活動に入って居ないのも、人付き合いが苦手だったからだ。
この学園の生徒はみな、何かしら〝特別な才能〟を持っている。
星のような輝きを持った人間が、集まっている。
対して俺には何にも無い。
ルクシエラさんにごり押しコネ入学させて貰った、一般人だ。
ただ学園で過ごしているだけで、嫌でも意識してしまう。
光り輝く星のような人達と、ただの石ころでしかない自分の差を。
そんな劣等感が、俺に壁を作らせていた。
でも、流石に校長に目を付けられては逃げ場が無い。
俺は諦めてリストに目を通す。
リストには部活動の名前と、それぞれ所属している人員数が記載されていた。
選ぶならば、できるだけ人数が少ない部活が良い。
この学園は全校生徒数が少ない事もあってか、部活動と名乗ることに人数の制約がない。きちんと活動内容を明示し活動報告をしていればたった一人であっても部として認められる。
因みに、魔法の学園だからといって〝魔法魔法している〟部活が人気なのかというとそうでもない。
上位は普通に球技など一般的な体育会系だ。
理由は単純で、みんな普段の授業で魔法というものに触れまくっている為わざわざ部活の時間まで魔法を扱いたいという人間が少ないのだ。
最も、魔法や魔導を使った模擬戦を主な活動とする〝魔導決闘部〟は〝魔法魔法している〟部活でありながら、かなりの人気を誇るイレギュラーであるが。
勿論、そんな華々しい部活なんて俺には似合わないので初めから考慮もしていない。
そんな事を考えながらリストに目をやっていると〝大規模魔導研究室〟という名前が目につく。
「研究室って……最早部じゃないけど良いのかよ」
人員は一名。名前までは記載されていないが、俺はその人物についてよく知っていた。
ドライズの師匠にして俺をこの学園に推薦した張本人、ルクシエラさんが管理している部活動だ。
「……いや、絶対入らないからな」
ただでさえ普段からこき使われているのに、こんな部活に入ったらどうなるか判らない。
『今日はオールナイトで実験ですわっ!! 後片付けよろしくですわ!!』
『今日〝は〟じゃなくて今日〝も〟でしょう!!? これで三日目ですよ!!』
「ってなるのが目に見えてるもんなぁ」
俺は首を素早く左右に振るって、頭に浮かんだ光景を振り払う。
改めてリストを確認していって。
「〝マジッククラフト工房 (魔法工作部)〟?」
ふと、その部活動に心惹かれた。
理由は判らない。
俺はマジッククラフトなんてしたことがない。
マジッククラフトとは様々な魔法を付与した道具を製作する事だ。
また、マテリアライズという魔力で物質を作り出す技術にも関わりがある。
人数の少ない順にリストを確認しているためこの部活動も人員は一名とされている。
「とりあえず見学だけしてみるか」
俺は部活動のリストをしまうと、マジッククラフト工房の部屋を探した。
部屋はすぐに見つかり、後はノックして中に居るであろうたった一人の活動員とコミュニケーションを取るだけだ。
……が、凄く気が重い。
そもそもなんて声を掛ければ良いのだろうか。
〝サボりが摘発されて部活動に入る事になりました。とりあえず人が少ないところから適当に選んだのがここです☆〟
なんて正直に言ったら、普通ブチ切れられるだろう。
「うーん……」
かといって、人数がそこそこ居る部活は既に人間関係が出来上がっている筈だ。
そこに割り込んで行くだけの胆力は無い。
「……でもま、興味あるのは事実だしな」
適当とは言え心惹かれたのだ。
他に入りたいと思うような部活動はない。
「嘘は苦手だし正直言ってみよう。それで、ダメだったらもうルクシエラさんのところにお世話になるしかないな」
俺はそう決心してノックした。
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