30話 そんな現実なんてどうだって良いよね?
「ここは私達と、ドライズで食い止めておきますわ。貴方は先に逃げなさい」
「あ、はい……」
俺は頷いたがその言葉に何処か寂しさを感じた。確かにここに残ったところで足手まといも良いところだ、それは理解している。だからこそドライズやルクシエラさんという特別な存在と自分という平凡な存在に大きな隔たりを感じたのだ。本当は力になりたい。並び立ちたいのに。そんな気持ちがそれが顔に出ていたのだろうか。
「人には役割というモノがあります。決して貴方を蔑ろにしてる訳ではありませんわ」
ルクシエラさんはそう付け加える。
「な、そ、そんな風に思って無いですよ!」
ルクシエラさんに気を遣わせてしまった様で慌てて取り繕った。
ふと、植物の蔦が地面からせり上がりルクシエラに向かう。
「ああもう鬱陶しいですわねっ!!」
ルクシエラは蔦に片腕をかざし手の平から光の波動を放ちこれを片手間で軽く凌いだ。
「なんで地面から……あっ! さっき俺が切った触手の落ちた方が再生したのか!?」
「もう、とっとと片付けてやりますわ! 私今回の実習楽しみにしていたというのに! 自分好みの魔石を原石から見繕って好き放題コーディネート出来る機会なんて早々ありませんから!!」
ルクシエラは吹っ切れたように上着を投げ捨てた。マテリアライズ性だったのか捨てられた白衣は地面に落ちる前に消滅する。
「ともかく、今貴方がやるべき事はすっかり孤立してしまったこの場からその子を連れてさっさと退避する事ですわ! 一度格好付けて守ろうとしたんですから責任もって最後までやりなさい!!」
「え? その子……?」
ルクシエラさんの台詞に疑問を感じ振り向くと、そこにはアリスが居て、バツが悪そうに目を逸らした。
「ちょ、アリス!? 走れって言ったのに何でまだ居るんだよ!?」
「だ、だって、ハル君が捕まっちゃって助けなきゃって思ったら、今度は色んな人が来ちゃうし、なんかもう状況がころころ変わりすぎてどうすれば良いのか判らなくなっちゃってね……。しかも気が付いたら包囲されちゃってどうしようにもなくなっちゃった」
「え、包囲? うわっホントだ!?」
確認すると、周りはすっかり異常植物に囲まれてしまっていた。どうも時間を経る毎に増殖力が増しているらしい。そりゃこんな戦闘地帯真っ直中で長話をしていたら囲まれるというモノである。
「さぁ、道は開きますわっ!!」
ルクシエラさんはそう言うとスイカほどの大きさの光の玉を生成しがむしゃらに叩き付けるように投げつけた。光の玉は地面に衝突すると共に小爆発を起こし、周囲の異常植物だけを囓り取る様に消滅させる。
「行こっハル君!!」
アリスは俺の手を引いた。
「あ、ああ」
後ろ髪を引かれる思いでその場を退避する。
けれど、そんな自分に嫌気が差した。ドライズやルクシエラさん達の実力は一番良く理解しているつもりだ。ここで二人を心配する必要など一切無い。それが判っていて心残りを感じるのはただ単に自分も横に並びたかったという我が儘に過ぎない。
「気にする必要は無いんじゃないかな」
「え?」
不意に、アリスが優しく言葉を投げかけてきた。足は止めず、走り続けているが周囲の情報の全てが遮断されたような心地を感じる。アリスしか視界に入らず、ただ次の言葉を待つような、そんな感覚に支配された。
「現実なんて思うように行かないものだもん。ハル君は悪く無いよ、あの人達が特別なだけなんだから」
「アリス? 何を言って……」
× × × × ×
手を引き先を走るアリスの顔が、緩やかにこちらを向く。慈愛に満ちた包み込む様な微笑みを浮かべ、けれど何処か蠱惑的な視線に乗せて言葉を紡ぐ。
「そんな現実なんてどうだって良いよね? 代わりに、貴方が望む〝幸せ〟を……私があげるからね」
「っ……?」
言葉が、詰まる。思考が、鈍る。そう、まるで……夢見心地の様に。
「だから一緒に行こう? 私はずっと、待ってるから……!」
胸を何かに貫かれるような、そんな感覚。五感が鈍り、手足が痺れ、けれど決して不快ではない。ただ、バクバクと心音だけが高鳴っていって。
何もかも判らなくなってしまう。アリス以外の全てが、認識出来なくなってしまう。けれど、それで良いと思える。
そうだ、これこそずっと、ずっと望んで居た——
× × × × ×
「先輩!」
呼びかけられ、ハッと気がつく。
「あれ……? シジアン?」
気がつけば転移魔法陣の目の前に、すぐ目の前でシジアンがこちらを見上げていた。
「……ご無事なようで何よりです」
「あ、ああ……」
なんだか、ぼんやりしている。何だか、少しだけ意識が飛んでいたような。
白昼夢の中に居たような……。
と、ぼーっとしていると、
「ほら、呆けてないでシャキッとしなきゃ! 魔法陣起動しちゃうかな!!」
と、アリスが俺の背中を押した。
「わ、判ったから押すなって!!」
混乱するままに魔法陣へ押し込められ、そのまま転移魔法が発動した。
少しの浮遊感と共に景色は一瞬にして流れていく。そして、あっと言う間に木々立ちこめる山中に作られた広場へと到着していた。先に退避していた下級生やクラスメイトも居る。
「あっファルマさん、アリシアさん!! えぇと、これで残りの四年生はリーゼさんとドライズさんだけですね?」
早速アーシェさんが迎えてくれる。が、何処か落ち着きがなく忙しない様子だ。とりあえず名前が出た二人について知っている事を伝える事にした。
「ドライズはルクシエラさん達と合流して植物と交戦。リーゼはアイルさんと連携して凝りの生徒の支援をしてたぜ。あの様子じゃ向こうが落ち着くまではこっちに来れないだろうな。ま、リーゼはそもそも残るつもりだったみてぇだけど」
「で、伝達ありがとうございますっ!」
やや強ばった様子でアーシェさんが礼をし、首を傾げる。
「なんでそんなに緊張してんだ?」
「リーゼさんが不在だから私がA組も含めて四年生全体の指揮統括を行う事にぃ……。こんな非常事態なので責任が重くてぇ……」
「あー……とことんツいてないな」
「というか、こんな大変な事になってるのに当たり前の様に行事を進行するんだね。普通中止とか延期するんじゃないかな?」
アリスが真っ当な指摘をするが、それに対してはファルマが答えた。
「いやぁ……ウチの学園、この程度の事で一々行事潰してたら何も出来なくなっちまうからな……」
幸いながら? 残念ながら?
ともかく、学園の生徒にとってはこの程度の非常事態は日常茶飯事だ。唐突な事態に多少の混乱はしてもその後の対応は慣れたモノである。
「責任は感じますけど、魔石製作は私の得意分野だから四年生のみんなにはコツとか色々伝授しちゃいますよ!」
異様に長い三つ編みを揺らして張り切るアーシェさんに感心する。魔石製作は先の説明の通りティアロ校長が作り出した技術体系で、まだ比較的新しい技術だ。それに、内容もそれなりに難しい。だからこそこうして実習が開かれている訳なのだが、学生の時点で魔石の製作が出来るだけでも十分評価に値する。なのに、あの控えめなアーシェさんが得意とまで言うのだこれは余程の実力だろう。
――やっぱウチの学園、そういう人達が集まってるんだよなぁ。
今日は特に、自分の凡庸さを痛感している気がする。
「ふわぁ……」
ふと、欠伸が出た。強い眠気を感じる。
「これから実習だって言うのに……」
そして、無事……とは言いがたい出だしだったが社会科見学は滞りなく進行していったのであった。
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