27.4話 私、トールちゃん
とある休日。時間は、十五時頃。この日は部活動を早めに切り上げたので残りは自由時間だ。俺は、折角だから野暮用——ていうかゲームの課金を済ませる為に市街地に出ていた。
その帰り道の事である。
「おいしいおいしいアイスクリームはいかがですか~! 色んなフルーツ味やヨーグルト味なんかもありますよ~!」
ふいに耳に入る、心引かれるワード。
時期は初夏。だいぶ暑くなってきて冷たいモノが美味しい季節。
時間は丁度おやつ時。良い感じに小腹が減っている。
実際に買う気が無かったとしても、ついそちらの方に目が行ってしまうのは必然。
しかし、俺は少し疑問に感じた。なんか、売り子の声どっかで聞いた事があるような気がする。ちょっと高めの、なんか無理してる感じだけどまぁ聞き苦しくはない透き通った声。
そして目に入ったのは。頭をツインテールにしてミニスカートのフリフリしたウエイトレス衣装を身に付けた姿でせっせと働く親友――
ドライズの姿だった。
「いらっしゃいませ~☆ はい、2つですね! ありがどうございまぁすっ!」
一言で表すと。〝女装してバイトしてる〟
余りの衝撃に俺は言語機能を一時消失した。
……拝啓、親愛なるルクシエラ先輩へ。俺の親友で貴方の義理の息子兼弟子がミニスカツインテールでアルバイトしている所に遭遇してしまいました。俺は一体どうしたらいいですか……?
元々ドライズは中性的な容姿だったし髪も長い。正直割と似合っては居る。が、それを受け止められるかどうかはまた別問題だ。
「キミ可愛いね」
一般男性がドライズに呼びかけているのが聞こえた。
「えっ、そ、そんな事言われても……困っちゃいますぅ~☆」
……なんかキャラ作ってるっ!!? 結構ウザめのキャラ作ってるぅぅっ!!!
さてさて親友のとんでもない姿をみて困惑していたところ、ドライズの元に一人の少女が歩み寄ってきて。
「あれ? もしかしてドライズ……君?」
白金から黒にグラデーションしている髪の色は一瞬みただけでも人物特定が容易い。最近空から降ってきて記憶喪失になり、ドライズが世話をしているクラスメイト、ユウさんだ。
ドライズの笑顔か固まった。
「……あ、あれ? 固まっちゃった? だ、大丈夫……?」
一時シャットダウン。再起動。数十秒のローディング。まるで電子機器のように、狂った思考回路をなんとか稼働させているのだろうと想像がつく。
「えっと、どちらさまですか?」
アイツは何食わぬ顔で首を傾げた。
なるほど、確かに現時点でアイツは自身が〝ドライズである〟だなんて認めちゃいない。そして、こう言うのは失礼かもしれないがユウさんは非常に流されやすいタイプだ。
このまま、ドライズ自身とは全くベクトルの違う性格を演じきる事で誤魔化すつもりなのだろう。
ヤツはキラッキラ再び営業スマイルを作って、更に声を高めにして言う。
「初めまして! 私、トールちゃんって言います☆」
「え!? あ、あれ? ドライズ君、じゃないの・・・・・・?」
「万月商店の看板娘だぞっ☆」
片手で横ピースしながらウィンク。あいつ、一体何を参考にしてあんな痛々しい演技を思いついたのだろうか……。
「と、トールちゃん?」
「美味しい美味しいヨーグルト味のアイスクリーム! これさえあれば暑い日差しも怖く無いっ! 今ならたっくさんサービスしちゃうぞっ☆」
勢いあるなぁ。ユウさんは相当劣勢に立っている。このまま押し切れそうだ。
「え、えっと……」
「トールちゃんの愛情がたっぷり詰まった特製アイス! お一ついかが?」
「あ、はい、頂きます……」
金属箱から専用の器具でアイスクリームをすくい取り、紙で出来たカップに盛りつけてユウさんに手渡す。そしてお金を受け取ると、ここでダメ押しの一手と言わんばかりにアイツは更なる行動を起こした。
「それじゃあおまじないをかけますねっ」
「へ、おまじない?」
「美味しくな~れ、美味しくな~れ、トールちゃんぱわぁぁ注入っ☆」
僕は両手でハートを象って渡したアイスに向かって突き出す。
うわぁ……。
変な笑いが込み上げてきて、仕方が無かった。
「えと……」
ユウさんはトールちゃんの目論見通り何がなにやら混乱している様子だ。
そこでトールちゃんはユウさんが手に持っているアイスからプラスチックスプーンを持ち上げて、
「はい、アーン♪」
とユウさんの口へとスプーンを運んだ。ユウさんはされるがままにアイスをパクリと口に含み、
「あ、爽やかでさっぱりしてて美味しい……」
「またのご来店お待ちしてるねっ☆」
そのまま、ユウさんはアイスクリームを堪能しながら去って行く。
今頃トールちゃんは内心で力強くガッツポーズをしている事だろう。
――ぃいよぉっしゃぁああっ!! 凌ぎきったァァッ!!
と、澄んだイケメンボイスが余裕で脳内再生できた。
が、くいくいっとトールちゃんのエプロンの裾を何者かに引っ張られる。
「ん?」
そちらの方向を向くと、小さな女の子が僕を見上げていた。
「わたしにもあいすくりーむ一つください!」
「わぁ、ありがとう! はい、零さないように気をつけてねっ!」
とアイスを手渡し小銭を受ける。
けれど、少女はなにやら不満そうにアイスクリームを見つめて。
トールちゃんは理由が判らず困っている様子だ。俺も遠巻きに眺めながら首を傾げる。
そして、女の子は痺れを切らしたように訴えてきた。
「おまじない、してくれないの?」
「えっ」
俺は思わず吹き出した。いや、面白すぎる。
「えっと……」
トールちゃんが言い淀むと、少女は哀しそうな顔をして今にも泣き出しそうになる。
さぁ。どうするトールちゃん?
墓穴を掘るとはまさにこのこと、子供の事なんて放っておいて保身に走るか?
それとも——子供の笑顔の為にあの痛々しい演技をもう一度行うか?
……いや、初めから答えは判っていた。
「美味しくな~れ、美味しくな~れ、トールちゃんぱわぁぁ注入っ☆」
ここで子供を裏切るようなヤツは主人公じゃ無い!!
アイツならやってくれると信じていた!!
偉いぞ、トールちゃん!!
少女はぱあぁっと笑顔になって、
「ありがとう! あいすのおねえちゃん!」
と、うきうきしながら駆けていった。
子供の夢を守った、勇気ある決断だった。流石は我らが主人公。
まぁ俺は爆笑させて貰っているけどね。
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