26話 その粗末なモノは一体何かな……?
ある日の正午、昼休み。俺は思わずため息を吐く。
「げ、雨かよ……」
そういえば聞き流していた朝のニュースで昼過ぎから天候が崩れるとかどうとか言ってた様な気がする。それはさておき、俺は普段裏庭の木陰でのんびり軽食を摂っている。だがこの空模様ではそれはできない。
あと1時間だけ待ってくれよ天気の神様。
参った。さぁ昼食は何処で食べよう……。
折角今日は、やっとこさメロンから解放されていつもの食事が摂れる様になったというのに!
ざっと教室を見渡す。たった九人しか居ないクラス、ドライズは自前の弁当をルクシエラさんに届けるついでに一緒に食べてくるので教室には居ない。
シャルネさんとナギさん、マナトは学食。教室に残るのはレン、リーゼ、ユウさん、エクレア、そして俺。女子四人に男一人取り残され。更に連中は四人向かい合って仲良く食事。そう、それが普段の光景なのだ。こんな空間に居てたまるか気まず過ぎるわ!
俺が普段裏庭で食事を摂っている理由はそれだ。つまり教室は使えない……。なら学食に行けよと思うかも知れないがあそこは人が多すぎて五月蝿いし一人じゃ辛い。
ただ、のんびり考えても居られない。女子達が談笑を始める前にこの空間を脱出しなければ。俺は行き先も決めぬまま教室を出た。
そして顎に手をあて唸りながら廊下を歩く。
――軽食だし、もういっそこのまま校内を歩きながら食べてしまおうか。いや、十中八九教師に説教される。もう、ドライズが居るルクシエラ先輩の部室に転がり込むか? いやそれは凄まじくリスキーだ。絶対食事だけで終わらない。ルクシエラさんに厄介事を押しつけられる未来が簡単に想像出来てしまう。
「……あ。そうか。部室だ」
ふと、気付く。そうだよ、部室だ。今は俺にも部室があるじゃないか!
紆余曲折あって無理矢理部活に入れられた時は辟易としたものだが、案外メリットもあるものだ。俺は軽い足取りで部室に向かった。
というかこれならこれからもわざわざ今後外で食べる必要は無いかもしれない。ぶっちゃけ夏場は暑い上に虫が寄ってきて不快だし冬場は寒くて指先が凍えて困っていたんだ。
良い事に気付いたモノだ、と妙にテンションが上がり。丁度廊下に人気もなかった事からはるんるん気分で思わずリズミカルに口ずさむ。
「わ~い! ごっはん、ごっはん~♪ ふっふふ~ん」
さて、完全に浮かれきっていた俺は。前方ばかりに気を取られ、この時、背後に追跡者が居た事に全く気がついていなかった。
「到着ぅっ!」
部室に到着し、さあ扉を開けようとしたその時。
「〝マジッククラフト工房〟。ここがハル君が入ってる部活なのかな?」
突如背後から聞こえて来た声に、身体がビクゥッと跳ねた。
「なっ、え!?」
バッと振り返ると。首の後ろで小さく纏められたラベンダーのような紫色の髪をふわりと靡かせて、アリスがにっこりと笑った。
「あ、アリス!? なんでここにっ……!?」
「たまたま見かけたから着いて来ちゃった」
「来ちゃったって、え? ま、まさかとは思うけどここに来るまでずっと……?」
言葉を失う。え、何? さっきのスキップとかハミングとか全部見られてた……!?
「雰囲気変わったなぁって思ってたけど、ドライズさんの言うとおり中身は変わってないみたいでちょっと安心しちゃったかな」
「あああああ!!」
俺は思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ。穴があるなら入りたい気分である。
他人には絶対に見られたくなかったのに!!
アリスはそんな俺を放っておいて、扉に手をかける。
「って、入るの!? 一体何の用だよ!?」
慌てて立ち上がった。
「折角だから見学してみようかなって。……だめ?」
「だめでは無いだろうけど……でも別に今から活動とかしないぞ? 俺はただ昼食を摂るためだけにここに来たんだし」
「え、そうなの? お昼ご飯なら教室か食堂で食べればいいじゃないかな?」
「ぐっそ、それは……こっちにも事情があるんだよ!」
事情。ぼっち。以上。
「とりあえず、お邪魔しま~す」
アリスは部屋に入ると、軽く全体を見渡す。細長い間取りの部屋の中央に長机が一つ設置され、壁には棚が並べられている。机が部屋の半分以上を占拠しているので、机の両脇はそれぞれ辛うじて人が一人通れるくらいのスペースしかない。
「おや、貴女は……」
長机の最奥に座っていた黒髪の下級生が、手元の馬鹿でかい本から入り口へ視線を移す。
「あ、居たのか。シジアン」
「ハル君、この子は?」
「ここの部長。まさか昼休みも部室に居るなんて思わなかった」
「部長さんなのに呼び捨て?」
シジアンが立ち上がってお辞儀をする。
「シジアンと申します。個人的な要望にて魔導工作部を設立させていただき部長の任に着いていますが、若輩者の身ですので後輩として接してくださるようこちらからお願いしているのです」
「一応見学希望……らしいんだけど」
「そうでしたか。大した物はお見せできませんが歓迎致します。ひとまずこちらへおかけになって下さい」
といってシジアンが座っていた向かいの席に回り椅子を引く。その丁寧な応対にアリスはきょとんとして、二、三回瞬いたあと俺に言う。
「なんか、ハル君より随分大人っぽいね」
「なぁそれ、暗に俺がガキっぽいってディスってない?」
三つ下と比較される十六歳が居るらしい。
「あ、ご、ごめんね! そういうつもりじゃなくて、えっと……えへへ」
笑って誤魔化された……。
「まぁ、自覚はしてるけどさぁ」
俺は自分の定位置に座るとだばっと机に突っ伏す。
「ドライズやつ酷いんだぜ? 〝君、最近寧ろ退行してないかい?〟って」
何の拍子でそんな話題になったのか覚えては居ないが。
「短所と長所は紙一重だからね。気にしすぎることはないんじゃないかな」
アリスが俺の肩をそっと数回叩く。
「そうやって慰めてくれるのはアリスだけだよ……」
「噂には聞いていましたが、本当に先輩と仲がよろしいのですね」
狭いので机の向かい側から、俺達二人の前にお茶を差し出すシジアン。
「うんっ幼馴染みだからね!」
嬉しそうに明るく答えるアリス。
幼馴染みだから仲が良い。うん、何も不思議な事は無い。
その筈なのに、何故か少し違和感を感じた。
「先輩? どうかなさいましたか?」
突然、シジアンに声をかけられて驚いた。
「え、いや、別に何も」
「ところで、普段お昼休みにはいらっしゃらないのに今日はどうしたんですか?」
うっ。シジアンから投げかけられる当然の疑問。
答えづらいが、良い誤魔化し方も思いつかない。
「え、えっと、いや、昼飯を食べる場所が無くてだな」
伝えてみると、シジアンの視線に憐れみの感情が加わったのを感じた。
「……先輩、もっとご友人を増やしましょうよ」
「ぐぅ……」
とうとう後輩にまで心配されるようになっちゃった!!
「ん? どういうことかな?」
「一緒に食事を摂る友人が居ないから教室や食堂では食事がし辛い、と仰っているのです」
「あ、事情ってそういう事だったんだ! 漸く意味が判ったかな」
「俺の事なんてどうでもいいだろ……勝手に飯食うからなっ」
俺はぷいっとそっぽを向いて、携帯しているバックパックを漁り始めた。
「あらら、拗ねちゃったね」
「では、見学ということですし折角ですからマジックアイテムの基本であるアクセサリーを何か作りましょうか。短時間で付与出来る魔法効果としてはこの辺りがありますが、何か欲しいアイテムはありますか?」
「わぁ、沢山あるんだね! ん~、あっ、これ! 気配を遮断するアクセサリって便利そうだね! 私、戦闘じゃ後方支援だからあるとありがたいかな!」
小さな見学会を始める二人を他所に、俺ははぁっとため息を吐いた。
「ふぅ……色々あったけど、漸くありつけるな」
そして、昼食を一つずつ目の前に並べる。ぽて、とさ、こて、っと。
「それでは、材料をこちらの棚から——え?」
「あれ? どうしたの——か、な?」
偶然視線を俺が居る方に向けたシジアンが絶句した。続いてシジアンの異変に気がつき視線を追ったアリスも言葉を失っていた。
「いただきま——ん? えっ!? なんでそんな虚ろな目でこっち見てんだよ!?」
さぁ今からご飯を食べようとしたら、その事に気がつき、戸惑う。
「は、ハル君……」
アリスが重そうに口を開くと、震えた声が聞こえてきた。
「その粗末なモノは一体何かな……?」
ビーフジャーキー二枚。
栄養バー一本。
マルチビタミンジュース一つ。
「俺の昼食ですけどぉぉぉぉぉ!!!?」
昼食を粗末な物扱いされて流石に憤慨した。
「いや、え、だって、ハル君……それ、ねぇ?」
「タンパク質! カロリー(栄養バー)、ビタミン(マルチビタミンジュース)きちんとバランス良く考えられた理想的な食事だろ!?」
「貴方はディストピアにでも住んでいるのですかっ!!?」
普段大声を出さない筈のシジアンの叫びが狭い室内に木霊したのであった。
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