25.6話 何かありました?
『破滅の魔女』『生ける天災』
畏怖や忌避が込められた、この人の二つ名だ。
他には、
『光るまな板』
なんてちょっと酷いのもあったかな。
彼女の本来の名は、ルクシエラ。
人として異常なほど膨大な、そして極めて特異な光の魔力を有して生まれた天才――もとい天災魔導士だ。
「さ、今日はこの辺りの整備をして貰いますわ」
連れてこられたのは、辺り一面真っ平らな大地だった。
見渡す限り、遮蔽物など一つも無い。
動物も、植物すら存在しない究極の平面。
「はぁ」
「元の景色はこんな感じですわ。材料を受け取ってくださいまし」
ジャラジャラとトロッコに乗せられ運ばれてくる無数の魔石と、一枚の写真。
「授業どうするんですか、もう……」
「私のバイトはティル爺に言ってマテリアライズの実習の単位扱いにして貰ってますわ。気にすることはありません」
「いや一限目は一般教養の語学なんですが!?」
マテリアライズの単位を貰えたところで語学の方は補填されないんだから意味が無い。
「別に一般教養なんて数回ばっくれようが問題有りませんわ。仮に単位が足りなくても後で補習なり追試なり受ければ良いだけの話ですし」
「それで休日潰されるの俺なんですけどぉぉぉ!!」
「別に今に始まった事じゃないでしょう。とっとと始めなさいな」
「うう……」
俺に拒否権は無い。大人しくいつものバイトを始める事にする。
「『マテリアライズ』」
魔力を物質に変換する魔法、マテリアライズ。コレをつかって写真通りの風景を再現するのが俺のバイトの一つだ。他にはその他雑務を押しつけられたりもする。
魔石から魔力を取り出して、まずは写真に写る簡素な小屋を少しずつ組み上げていく。
「この辺りこの前も仕事した気がするんですが……」
「その通りですわ」
「じゃなんでまたこんな事を」
「それはあの後この辺り一帯に試作の魔導をぶっ放したからですわ」
ケロリと言ってのけるが、本来これほどの広範囲を更地にしてしまう程の魔力を持つ人間はそうそう存在しない。
少なくとも、ウチの学校では一般の教員ですら不可能だろう。できる可能性があるとしたら校長のティアロ先生を初めとする三賢者の先生くらいか。
「んで、失敗してこの様って訳です……」
俺がため息と一緒に吐き出した台詞に、ルクシエラはきょとんと小首を傾げる。
「何を言っていますの? 実験が大成功したからこうなったのですよ?」
「なんて物騒なもん作ってんだアンタッ!?」
無駄に広いウチの学校がすっぽり楽々収まる程の空間を吹き飛ばす程の魔法なんてもう災害とかそう言う段じゃない。禁忌クラスの兵器だ。そんなもの学生が個人の研究で取り扱っていい許容を超えている。
「最近、イーヴィルが増えているのはご存じ?」
「まぁ噂程度には聞いてますけど」
後は、ついこの間イーヴィルが謎の暴走をして巨大化したりもした。最近何かしらの異常事態が起こっている事は間違い無いだろう。
「クラス3ならともかく、2以下の細々した小物をちまちま地道に一体ずつ処理していては面倒でしょう? ですからまとめてぶっ飛ばす魔法を考案しましたの」
ルクシエラさんは得意げに語るが、そんな『効率的でしょう?』と言いたげな顔で済ませて良いような規模では無い筈だ。使い方次第では街が1つ滅びてもおかしくない。
「これはどう考えてもやり過ぎだろ!? 技術流出したら戦争起こりますよ!?」
「問題ありませんわ。この魔導は私の固有魔法『ルクス・エクラ』を友人の魔導機器や魔法陣で効果範囲を収束させるという原理ですから。機械だけ盗んだところで肝心の〝破滅の光〟が無くては無用の長物でしてよ」
「いや、でも、改造とかされたら…………」
「一点物ですし、いざって時は遠隔操作で自爆させますわ」
「ホント発想が乱暴だな……」
「最近ファルマの物言いがどんどんぶしつけになって来てお姉さん哀しいですわ」
と、一ミリも気にして無さそうな棒読みで言うんだから、何処まで本気なのやら。
「そういう事はせめて表情くらいは哀しそうにしてから言って下さい……」
俺は呆れ気味にため息を1つ吐くと同時にクスリと笑った。
こき使われるのはいい気がしないものの、何だかんだで交友関係の狭い俺にとってはこうやって本音で話し合える人間というのは貴重な存在だからだ。
親友であるドライズの保護者であるという事を除いても、ルクシエラさんは尊敬できる先輩であった。
例え、世間からなんと呼ばれていようとも。いや寧ろ、一部の世間から厳しい視線を向けられて尚己を貫く強い生き方こそが俺には眩しく輝いて見える。
――俺は、他人の視線を気にしてばっかりだな。
昔はこんな事も無かったのだが。
一体いつから、そうなってしまったのだろう。たしか切っ掛けがあったような……。
「ちょっと、手元が止まってますわよ」
「っとと、すみません」
ルクシエラさんに指摘されて、慌てて作業を再開する。
このアルバイトは正直結構神経を使ってしんどいモノだ。
感覚で言うなら絵の模写に近い。
だから疲れているときにはやりたく無いのだが……。
「……ファルマ、何かありました?」
「え? 何ですか、急に」
「いえ、いつもより仕事の精度が悪いので。体調でも崩してません?」
「……ルクシエラさんこそ、悪いものでも食べましたか?」
古典的なやり取りだが。お約束通り次の瞬間には関節技をキメられていた。
「じょ、冗談、でず」
「全く。人が折角心配してあげてるというのに」
ルクシエラさんも冗談のつもりだったのだろう。数秒後には解放してくれた。
「心配しなくても、ただ寝不足なだけですよ。最近夢見が悪くて」
「夢、ですか?」
俺の言葉に、ルクシエラさんは訝しげな顔をした。
「どうかしましたか?」
「――ファルマ、手を動かしながら聞きなさい」
「え? まぁ、良いですけど」
珍しく真面目な声色が聞こえてきたものだから言われた通り作業しつつも耳を傾ける。
「夢というモノは人が生きていく上で切って離せない存在です」
確かに、人によっては毎日必ず見る様なモノだ。
「古来より人は〝夢〟という現象に対して一種の信仰のようなモノを抱いてきました」
その話が、俺と何の関係があるのだろうか?
「そのため、夢に紐付く魔法も多く作られて来たのです」
夢に紐付く魔法?
「それが、単なる悪夢ならそれで構いません。ですが貴方も魔法使いであるならば。夢に干渉する魔法攻撃を受けている可能性がある事忘れないようになさい」
言われて、ゾッとする
「な……魔法攻撃って、誰が何の為に俺なんかを狙うって言うんですか」
「あくまで可能性、心構えの話ですわ」
「……まぁ、覚えておきますよ」
俺みたいな凡人を付け狙う理由なんて全く思いつかないのだが。
まぁ覚えておいて損は無いだろう。
「何かあった時はすぐに頼りなさい。私に出来る事なら何でもしてあげますわ」
ルクシエラさんの言葉に又一つ、俺の気持ちは重たくなった。
「……ルクシエラさんは、俺に入れ込み過ぎですよ。お世話になってばっかりで、俺、どうやってお返ししたら良いのか」
俺は数え切れない位の恩義をルクシエラさんから受けている。だから、いつかは返礼したいと考えて居るのだが借りは増えていく一方だ。
対して、ルクシエラさんの方はそんな俺の気持ちなんてお構いなしと言わんばかりに、
「私がやりたくてやるのです。見返りなんて要りませんわ」
なんて、優しい笑顔で言い放つ。
「そうは言っても……」
「ま、強いて言うならこのアルバイトをきちんと済ませて貰えればそれで結構ですわ」
「う、へーい」
結局そこに戻ってくる訳か。
俺は観念して作業を続けるのであった。
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