2話 破滅の魔女、ルクシエラ
本当なら縁起が良いと感じられる流れ星。けれどこの身に走るのは違和感と緊迫感。
「ぐ、……」
俺は違和感の正体を確かめる為に槍を杖代わりに、何とか立ち上がる。
息も絶え絶えに俺は周囲の様子を探った。
人気はない。騒動を察知して避難したか。
ドク、ドクとただでさえ強く脈拍していた心臓の鼓動がもっと早くなっていく。
俺なりに死力を尽くした。
限界を超えて戦った。
もうこれ以上、歩くことも難しい。
なのに。
今、まさに。虚空に黒い魔力が集まって、それは獣や人間の様な姿を形成していく。
「何が、起こってるんだ……」
気がつけば、十を超えるイーヴィルが俺の前に発生していた。
一体倒すだけでもあれ程苦労したのだ。
もう、戦う余力なんて何処にも残っていない。
イーヴィル達は俺を狙い、ジリジリと距離を詰めてきた。
――万事休すか……?
イーヴィルのウチ1体が飛びかかってきて、その爪が、俺の胸に突き立とうとした。
「……ッ」
最悪の事態を覚悟した、その瞬間。
細い白銀の閃光がイーヴィルの頭蓋を貫く。
空中で光に貫かれた犬型のイーヴィルは衝撃によって吹き飛ばされ、何度か地面で弾んだ後に霧散した。
「妙に帰りが遅いと思ったら。相変わらず、巻き込まれ体質ですわね」
感覚の長い、余裕を感じさせる足音と共に、背後から聞こえるなじみ深い声。
俺が槍を頼りに呆然と突き立っていると、すぐ横を女性が通る。
まるで光の輝きそのものの様に白く美しい長髪。
年中身に纏う、実験用の白衣。
「けれど、私が来たからにはもう安心ですわ」
言葉と共に、わしゃっと乱暴に俺の頭を数回なでて。
彼女は更に前へと出た。
新たに現れた女性の様子を伺うイーヴィル達に、彼女は一言だけ告げる。
「失せなさい」
言語を理解している訳では無いだろう。
ただ、彼女の放つ凄まじい殺気を感じ取ったのか。
イーヴィル達は一瞬だけ怯み、まるで恐怖に抗うように彼女へ殺到しようとした。
「『強度二・範囲タイプB』」
あまりにも簡素な詠唱と共に、彼女は迫り来るイーヴィル達に手の平を向ける。
そして。
「『ルクス・エクラ』」
魔法が発動した。
手の平を軸として、放射状に真っ白な光が殺到する。
光の嵐は全てを照らし、視界を埋め尽くす。
数秒後、やがて光が収束すると彼女の前にはまるで巨大な何かに囓り取られたかのようにごっそりとえぐり取られた地面だけがあった。
「雑魚が、いくら束になろうとものの数ではありませんわ」
パンパン、と両手を打ち鳴らせながら言い捨てる。
俺があれだけ苦労して戦った敵も、この人の前では塵芥に等しい。
多くの人は、彼女が持つ希有な魔力を恐れてこう呼ぶ。
〝破滅の魔女〟
あるいは、
〝生ける天災〟
と。
「ルクシ、エラ、さん……」
私立天導学園最上級生、次席ルクシエラ。
最高学年とはいえ学生ながら弟子を持ち、更に俺にまでその知識を叩き込んでくれた恩師にあたる先輩だ。
「別に、俺は、巻き込まれ体質なんて思ってませんけど……。それを言うなら相変わらずはお互い様じゃないですか……」
普通の魔導士には、何の前準備も無しのあんなに短い詠唱でこんな大規模な魔法なんて使えない。全てはルクシエラさんが〝特別〟であるが故になせる技だ。
「一体でもこんなに苦戦したのに、アレだけの数を一瞬だなんて……俺が頑張った意味何一つ無かったですね……」
正真正銘の〝選ばれし者〟の力。どんなに手を伸ばしても、届かない光。
「なぁに言ってますの。貴方が足止めしたから、被害が出なかったのでしょう? 貴方にありがとうと言付かっていますわ」
どうやらあの子は無事に逃げられたらしい。
ルクシエラさんはまた、俺の頭をわしゃわしゃと乱暴にかき回した。
「よく、頑張りましたね。流石は私の愛弟子です」
ルクシエラさんは俺と目を合わせ、にこりと微笑む。がさつだが、暖かい愛情を感じると同時に俺は胸が締め付けられるような気持ちになる。
「……俺は、弟子じゃ……ないです、よ……」
そう答えると同時に。残されていた最後の力が尽きて。
「今更何言ってますの。貴方はもうとっくに……ファルマ? ファルマッ!!」
俺は意識を失って、倒れてしまうのであった……。
◇ ◇ ◇
魔法とは便利なもので。
俺はルクシエラさんに学園の保健室へ運び込まれて回復魔法をかけて貰ったようだ。
気がついたのは次の日だったが一晩寝ただけで全身の傷はすっかり治っていた。
魔導士の責務に魔物であるイーヴィルとの戦いがある以上、怪我は避けられない。そのため、この学園の保健室は機械も、魔導も、そこら辺の病院よりも優れた設備を有している。
で。
「……どうすんだよこれ。いや〝これら〟」
俺は上半身だけ起こして、問題のブツを両手に抱えながらため息を吐く。
それは、網目状の模様が入った大きな緑色の球体。
メロンだ。
お見舞いの定番。
メロンが。
五十個ほど、ベッドの上や周囲に転がっていた。ベッドの上は最早メロンに埋め尽くされていて寝心地が悪い事この上ない。
「食べるしかぁ、無いねぇ」
カーテンの隙間から子供としか思えないような体格の教師が入ってくる。
桜色のツインテールをした、年齢不詳性別不詳の保険医。
学園を牛耳る三賢者の一人。
ジン先生だ。
「一日一個食べても二ヶ月弱掛かるんですけど」
「君がぁ、フルーツ好きだって教えたらぁ、ルクシエラちゃんがぁ、差し入れたんだよぉ」
「だからってなんでメロンオンリー……しかもこの数」
「『高くて多い方が良いに決まってますわ!!』ってぇ」
是非ともルクシエラさんには、『過ぎたるはなお及ばざるが如し』という言葉を教えてあげたい。
「君達は本当にぃ、あの子に愛されてるねぇ」
「え。達?」
俺が疑問符を浮かべると、ジン先生は答えるようにシャッと横のカーテンを開いた。
「あ、おはようファルマ」
さらりと靡く水色の長い髪。中性的で整った美少年。俺のクラスメイトにしてルームメイト、さらにとても長い付き合いであるドライズがメロンを抱えて困った顔をしていた。
「どうしようか、このメロン」
「いや、それよりなんでお前まで此処に居るんだ?」
「え? 昨日色々あってさ……」
「色々って、もしかしてお前もイーヴィルに絡まれたのか?」
「うん、まぁ。なんか空を見てたら流れ星がこっちに落ちてきてさ。落下地点に行ったら女の子が倒れてて。とりあえず保護しようと思ったらイーヴィルが突然何体も現れたもんだから交戦したんだ。なんとか倒したけどもうヘトヘトだったよ」
「なんだそのムーブ。テンプレの主人公かよ」
「ごめん、何言ってるの?」
こっちは一体でも限界だったのに、とは言うまい。
ドライズは〝主人公〟だから。
ドライズこそが〝生ける天才〟大魔道士ルクシエラさんの一番弟子にして、〝破滅の光〟の後継者だ。俺なんかとは比べものにならない程、あの人の弟子に相応しい。
「で、お前の方にもひぃふぅみぃ――五十個あんな、メロン」
二人合わせて百個。多すぎる。あと値段想像しただけで眩暈がする。
「それぇ、邪魔だからぁ、責任を持ってぇ、持って帰ってねぇ」
「邪魔って言っちゃったよこの人。敢えて言わないようにしてたのに!」
まぁ、なんと言うか。
ルクシエラさんは乱暴でがさつ、愛情表現が下手クソで。
お見舞いに高級メロン百個とか常識を置き去りにしたような人なんだけど。
誰もが認め恐れる特別な力を持ち、自信満々に胸を張って、他人の意見に曲げられない真っ直ぐすぎる生き方があまりにも眩く輝いていて。
その背中を追いかけずには居られない。
俺にとって。
誰よりも憧れる、大魔導士だ。
よろしければいいねやご感想、ブックマークなどして頂けると嬉しいです。
少しでも面白いと思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆ボタンを押して評価して下さるととても喜びます!