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【第二部完結】俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~  作者: 岩重八八十(いわじゅう はやと)
第1部 俺は主人公になれない

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17話 『願い』が意味を持つ不安定なこの世界

「……う~ん。はっ!?」

 ぱちぱちと何度が瞬いてエクレアが身体を起こした。頭のゴーグルは斜めにずれていて少々間抜けにみえる。


「あ、エクレアちゃんおはよう」

 エクレアの横ではユウさんが座って休息を取っていた。

「リーゼちゃん、エクレアちゃんも起きたよ」

 ユウさんが座ったまま声を張ると、


「あら? ……あ~、エクレア。起きたのね」

 リーゼが気の毒そうな顔をしてエクレアに歩み寄る。

 その表情の意図がいまいち理解出来てなさそうに、エクレアは首を傾げた。

「う~。大分気を失ってたなぁ。ねぇリンリン、今どんな状況?」


 すると、リーゼはとても言いにくそうに、一瞬だけ目を逸らして。

 でも、言わなければと自分に言い聞かせるように目を伏せ首を数回横に振り、エクレアと目を合わせて言った。


「色々あったんだけどついさっき戦闘が終わって、漸く落ち着いたからこれから帰るところよ。――行きと同じ魔法陣で」


「……は?」


 リーゼが視線を横へやると、レンがほんの僅かに口端を伸ばし自慢げに胸を張っていた。

「……改良完了。着地がふわっと」

 どうやら着地の衝撃を克服したらしい。

 が、それはつまり飛行速度は変化がないと言う事で。


「歩いて帰りまーす」

 エクレアは棒のような声色でそう言うとすくっと立ち上がり去ろうとする。

 その首根っこをつま先立ちで背伸びしたリーゼが捕らえた。


「気の毒だけど、ダメ。午後の授業に遅れるわ」

 学校まで十㎞強。完全な徒歩だと恐らく二時間以上かかる計算だ。


「離してっ!! 途中でタクシー拾ったりするから!!」

「無駄遣いは良く無いわよ」

「無駄じゃないもん!! 精神衛生を守る為に必要な出費だもん!!」

 両手両足をばたばたさせてギャーギャー騒ぐエクレアに、リーゼはやれやれとため息。


「しょうがないわね……」

「リンリン判ってくれた!?」


「誰かエクレアを昏倒させてくれる?」


「しょうがないの方向性おかしいよねぇぇぇ!!?」 


 突然降り掛かる身の危険にギョッとして冷や汗を倍増させるエクレア。

 そしてその前にゆらりと1つの影。

「では、僭越ながら私の手刀で」

 戦いの興奮冷めやらぬナギが血の滴る手腕をピンと張り紅い蒸気を纏って呟いた。

 リーゼがニコッとまるで慈母のようにとても優しい笑顔をエクレアに向ける。

「意識が無ければ怖く無いでしょ?」


「意識どころか命すら失いそうなんですけどっ!? 今はそっちの方が怖いよっ!!」

「じゃあ腹パンにする?」

「『じゃあ』じゃ無いっそれも死ねるからっ!!」


 抗議するエクレアと、物理的な代替案しか出さないリーゼがやいのやいのと言い合うので俺は、

「いや、魔法使いなんだから魔法で眠らせればいいだろ」

 と言いながらドライズを連れて来た。

「はいはい、『第二鎮静魔法(セデーション)』」


 ドライズの方は片手間にポッと人差し指を水色に光らせエクレアの額をちょんと突く。

「んにゃっ!? ……しゅぅ……」

 エクレアは一瞬にして意識を失い、ぽてっと倒れ落ちそうになった所へさりげなくマナトが手を伸ばして勢いを殺し、そっと魔法陣の上に横たえた。


「じゃ、帰投するわ。レン、お願い」

「……了解。今度こそ、完璧!」

 レンが魔法陣を起動する。


 こうして、不測の事態はあったものの、なんとかイーヴィル討伐の任務は無事に終了したのであった。  

  

      ◆  ◆  ◆

 シジアン視点 


 4のAの皆さんが去った後、荒れた火除け地の整備をボク達が行っていた。基本的に、壊れた部分をマテリアライズで復元していく作業だ。

「想定外の挙動でしたが、無事討伐できてなによりでした。流石は先輩のクラスです。ドライズ先輩は言うまでもありませんが、他にも優秀な方が多くいらっしゃる」

 慣れた手つきでマテリアライズによる修復をしつつ今回の戦いを思い返していた、その時。


「わきゃあっ!?」

 クラスメイトの悲鳴が耳に飛び込む。顔を上げると、その足元に灰色の濁った渦のような光がうねって絡みついていた。


 光は少しずつ集合してゆき、やがてクラスメイトの足首に絡みついた光は小さな腕の形を、そして続くように小鬼の上半身が形成されて。


『ヒトリ、クライハ……』

 ぼうっと不気味に響いてくる声。上半身だけ再生された小悪魔のイーヴィルは生徒の両足首を拘束し下から見上げて呟いていた。


 ボクはすぐに片膝を付いて自身の影に手を付いた。

「『貫け、影の牙』」

 刹那、クラスメイトの影から湾曲した棘が1つ突き出し、イーヴィルを穿ち貫く。

『クッ!? オレンジ……シマ……』

 そんな単語だけを残して、霧散していった。


 手足に付いた砂埃を払いながら、ボクはクラスメイトに歩み寄る。

「ドルチェさん、無事ですか?」

「は、はいっす……ありがとうっす」

「皆さん、同じ事が起こらないとも限りません。気を抜かずに、複数人で纏まった状態で作業をするようにしてください」

 号令をかけつつ、周囲を見渡す。


「再発生、ですか。本来想定される周期より異常に早いですがやはり……切っ掛けはユウさん、ですか」

 戦闘中、ユウさんを取り込んだことにより異質な形態変化を見せたイーヴィルの様子を思い返しながら、一人ぶつぶつと呟く。


「未だ本人、周囲共に自覚は無いみたいですが。皆さんはこれから彼女と一体どう向き合っていくつもりでしょうか? 扱いを間違えれば、世界は大きく変わってしまう。『願い』が意味を持つ不安定なこの世界で、一体どのような未来を目指すのでしょうか?」


 つい考え込んでしまったが、不意にクスリと笑いがこみ上げ顔を横に振るった。

「いえ、彼女や世界の扱いに関してはボクが考える事ではありませんね。先輩ならこう言うでしょう。――『そういう込み入った話は〝主人公(ドライズ)〟に任せとけ』と」

 ボクは何処か遠く、或いは未来か過去に思いを馳せるように空を見上げる。


「この世界の中心はボク達ではない。ボク達はあくまで、この世界を構成する無数の歯車の1つとして生きるだけです。――己の『願い』の為に」

 胸元に手をやり、ギュッと拳を作る。服の内側に隠して身に付けているネックレスを握りこんで、決意を再確認するように頷く。


「さぁ、世界の行く末などは当事者達に任せて、ボク達は自分の仕事を全うしましょうか」

 ボクはその後、気を取り直して作業を再開した。

 そう。世界の謎も、その行く末も、世界の中心以外の者達にとっては気にしても仕方が無い事なのである。


     ◆  ◆  ◆


 そして――


「いよいよ、看過出来んな」

 一連の様子を遠巻きに監視していた、赤黒いローブで身を隠す長身の影があった。

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