116話 それってデートのお誘いだよね?
部活動の時間が終わるチャイムの音が聞こえる。
「あ、もうこんな時間だね……」
アリスは夜の帳が降りた窓の外を眺める。
そして、こちらの方は向かずに続けた。
「それじゃあ、次のお休み楽しみにしてるね」
アリスはまだこの街に来て数ヶ月しか経っていない。三賢者が鎮座し、世界のあらゆる魔導が集う都市、大都会スターズコア。俺とアリスの出身は田舎の方だから遊園地も規模が全然違う。きっと、都会の遊園地に期待を膨らませて居るのだろう。
「ああ。俺なんかでよければ、いくらでも案内するよ」
まだ週の初めの方だ。学園の休みは数日後になる。
「八天導師の任務があるから、暫く部活動に顔は出せないけど、学園の休みに合わせて休暇を貰うように申請しておく。次に会うのは当日になりそうだな」
俺はあまり外出する方では無いがそんな俺でも知っている位有名な遊園地が存在する。
「場所は、星都ハッピーランドでいいかな?」
「う、うん! 丁度私もそこに行ってみたいと思ってたんだ!」
アリスは何故かこっちの方を向かずに答えた。
「田舎の出の俺達がびっくりするような乗り物が沢山あるって噂だ。当日、楽しんでくれると幸いだぜ」
俺はそう言って席を立つ。
「それじゃあ、次の休みに!」
俺はそれまでの数日間しっかり八天導師の任務をこなそうと気合いを入れつつ部室を後にした。
◇ ◇ ◇
寮に戻ると、ドライズが夕食を用意して待っていた。
「お帰り、ファルマ」
「ただいま。なぁ、ドライズ、一つ頼みがあるんだけど」
俺は早速、次の学園の休みに併せて休暇を取るべく、八天導師としての任務をドライズに変わって貰えないか交渉をしようとする。
「うん? いいけど、とりあえずご飯食べなよ」
「え、ああ。そうだな」
ひとまず食卓に着き、夕食を味わう。相変わらずドライズの作る料理はそこらのレストランと勝るとも劣らない出来だ。
「それで、頼みって?」
食事を終えて、食器を洗いながらドライズが言った。
「ああ、今週末の事なんだけど。用事が出来たから八天導師の任務、代わって貰えないか?」
最近の八天導師は主にクラス2以下のイーヴィルを討伐しつつ〝第四の賢者〟の動向を探る任務が与えられている。それをドライズに肩代わりして貰いたいのだ。
「勿論埋め合わせはするからさ」
「君の頼みなんだ。無下にするつもりは無いよ。――理由が、ゲームのイベント期間がギリギリだから、とかじゃ無い限りは」
ドライズは冗談めかして言うが、俺は真面目に返答した。
「違う違う! ちゃんとした理由があるんだ! ていうか、お前には真っ先に伝えるべきだったな」
そして、アリスと正式に付き合う事になった事を告げる。
「そっか。こんなにも早く答えが見つかって良かったね」
「俺が思ってたのとは全然違う展開になったけどな……。それで、俺はアリスの為に出来る限りの事をしてやりたいんだ」
「うんうん」
ドライズは機嫌が良さそうに頷く。
「それでアリスに、こっちの遊園地に興味があるから付き添って欲しいって頼まれたんだ」
「……うん?」
「出不精の俺だけど遊園地の案内くらいならできる。早速アリスが頼ってくれたんだ。しっかり下調べしないとな」
俺は携帯端末を弄って遊園地の公式サイトへアクセスしつつドライズに語る。
そんな俺へ。
「ねぇファルマ」
「ん?」
携帯端末から顔を上げるとドライズがきょとんとした表情で。
「それってデートのお誘いだよね?」
と。一言。
その言葉に俺は。
「……………………え?」
思わず硬直してしまった。
ポテっと携帯端末が絨毯の上に落ちる。
「そのリアクション、ホントに気付いて無かったみたいだね……」
ドライズはやれやれ、と首を振った。
「や、ま、ち、ちち、違うって! アリスは単に都会の遊園地で遊びたいだけで、でも一人で行くのは気まずいから俺を頼りに――」
「いや、それなら友達と一緒に行くでしょ。他に誰か誘うとか言ってた?」
ドライズに言われて、動画を巻き戻す様に記憶をたぐり寄せアリスの言葉を必死に思い返す。
「……言ってない」
「ならやっぱりデートじゃん」
ドライズはきっぱりそう言って、食洗機を起動させた。
「初デートに遊園地かぁ。良いんじゃ無い? 仕事は僕に任せて一緒に楽しんで来なよ」
家事を終わらせたドライズが結んでいた髪を解きながらニヤニヤ生暖かい眼差しを送ってくる。
「えっ、いやっ、嘘だろ!?」
暫く思考回路が停止してしまっていた俺は取り乱した。
「で、でで、デートなんてそんな、空想上のイベントじゃないのか!?」
「いや、全然普通に現実のイベントだよ何言ってるの」
「で、でも! 確かに他に誰かを誘うとは言って無かったけど、アリスは『デート』だとも言ってないぞ!」
「正式にお付き合いする事になって、そのまま二人っきりでお出かけなんでわざわざ言葉にしなくてもデートだって判りきってるじゃんか」
ふわぁ、とドライズは眠たそうに大きなあくびをする。
「そ、そんなのお前の憶測に過ぎない!! これがデートだって言う証拠が無いだろ!」
「いやなんで推理小説で追い詰められた犯人みたいな事言ってるのさ。デートの証拠って何なの」
ドライズは、混乱する俺をほっぽいて二段ベッドの梯子を上がって行く。
「ま、待てよ!! もし、万が一これがデートだとしたら――俺はどうすればいいんだ!?」
ベッドに登るドライズを見上げて必死に叫ぶが。
「だから、普通に楽しんで来れば良いって言ってるじゃ無いか。仕事の方は僕がちゃんと引き継ぐから」
と、言い残してドライズは布団の中に入ってしまう。
「待てって! 寝る態勢に入るなぁ!! で、デートなんて何処にも確証は無いんだぞ!! やっぱり遊園地が気になってるだけだってオチだったらどうするんだよ!?」
「朝から付き合う付き合わないの話をしてるんだから九分九厘デートだと思うけどなぁ」
「デートなんて何着ていけば良いんだよぉ!!」
「好きなの着ていけば良いでしょ……。あ、でも謎の英単語が綴られたTシャツとかはやめておいた方が良いかもね」
「んなもんとっくに卒業しとるわっ!! っていうかお前俺の服も勝手に洗濯してるから知ってるだろ!!」
ドライズは俺の分まで含めて家事や炊事を行っている。これは俺が頼んでいる訳では無くドライズが〝趣味〟として楽しんでいるからだ。
だからドライズは、この事実も知っている筈である。
「基本学園から出ないんだから今の俺、制服か部屋着しか持ってねぇんだぞ!!?」
街へ出るにしてもちょっとしたお使い程度の事だ。ファッションに疎い俺は、休日でも深く考えなくても良い制服で過ごしていた。
「当日までに用意するか、いつも通り制服で良いんじゃ無いの? それはもう個人の趣向の問題じゃん。僕には関係ありませーん」
と言ってドライズは部屋の明かりを常夜灯に切り替える。
「ドライズゥゥゥ!!!」
怨嗟めいた俺の言葉を無視して、無二の友人は安らかな寝息を立て始めるのであった。
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