14話 あーあ。もう滅茶苦茶ね。
俺はデッキブラシを地面に突き立て、柄に顎を乗せて呟いた。
「向こうは平和だな……」
チラリと視線を移してみれば、
「来ルナアアアアア!!」
小人型のイーヴィルが後数㎝でナギの射程に入る、という間隔を維持しながら全力で逃走している。
「ふふっ! ちょっとは面白い方がいらっしゃいましたねっ! 逃走に特化しているようですが逃がしませんよっ!」
目をギラリと輝かせ顔を綻ばせてイーヴィルを追い立てるナギさん。
「アレもうどっちが悪者か判りやしないな」
最早イーヴィルが憐れに見えてくる。イーヴィルは獣の様に知能が無いタイプと、言語を介し僅かながら知能を持っている者も居る。
「血の処理は大変ですが、ナギが楽しそうでなによりです」
マナトはデッキブラシをゴシゴシしながら、ナギの姿をニコニコ見守っていた。
鬼ごっこのように火除け地を行ったり来たりするイーヴィルとナギ。
「モウ嫌ダァッ!! ドウセ戦ナラコンナ色気ノ欠片モ無イ姉チャンヨリ、アッチノ可愛ゲノアル方ガ良イ!!」
「すげぇな、お前の彼女。ほぼ全裸に近いのに『色気の欠片も無い』とか言われてるぞ」
流石イーヴィル、欲望に忠実というか、判りやすいというか。
まぁ今のナギは何処を見ても色気より血の気しか感じられないので真っ当な評価だろう。
「今は彼女じゃないですよ?」
「えっ!?」
なんだかさらっと妙に引っかかる発言を拾った気がして思わず聞き返すが、
「って、そんな事気にしてる場合じゃねぇっ! ナギさん達向こうに行っちゃったぞ!?」
ナギから逃走するイーヴィルの軌道がユウさんチームの方へ向かう。このままでは混戦になってしまう。
「お~いドライズ! 気をつけろ、ナギさんがそっちに向かってるっ!!」
俺は両手を筒状にして呼びかけ、ドライズは迫り来るナギさん+αの存在に気付いてギョッとした。
警告内容が『イーヴィルがそっちに向かっている』では無く『ナギさんが向かっている』である事に誰も違和感を感じない。
「うわっホントだっ!? ユウさん気をつけてっ!!」
「ふぇ? ぇえぇえええ!?」
小人型イーヴィルはここぞとばかりにぐんっと加速して猛追するナギを引き離す。
ユウさんが目を丸くしてあたふたしているウチに、イーヴィルはその小柄な体格を利用してユウさんの股下をスライディングでくぐり抜けた。
一陣の風が吹き、ふわりとスカートが揺れるが捲れ上がる程では無い。
「シマッタ! チャンスダッタノニ!!」
イーヴィルが軽く舌打ちをする。
「惜しい」
ついでに俺も舌打ちした。
「あはは、後で怒られますよ? ファルマ君」
「見えなかったのに怒られるのは理不尽じゃね?」
そしてイーヴィルがユウさんをくぐり抜けた事でユウさんが壁となりナギさんの行く手を阻む構図になる。
ナギさんの方は相変わらず血まみれで地面に紅い足跡を刻みつつ刀を構えて迫る。
ユウさんは涙目になりながら両手を前に突き出し必至にぶんぶん左右に振って叫んだ。
「ま、待ってナギちゃん!! 私っ! 味方っ! お、美味しくないからぁっ!!」
最早ナギさんは猛獣扱いである。
一方で逃げていたイーヴィルの方はユウの練習台となっていた別のイーヴィルと合流すると口論を始めていた。
「ヒトリダケ可愛イ子ト遊ビヤガッテ!」
「オマエ! ナンテモン連レテ来テンダ!?」
「チョットハコッチノ苦労ヲ知レ!」
所詮はクラス1の雑魚イーヴィル。下らない言い争いで足を止めてしまっている。
「ユウッ! 動かないでくださいッ!!」
ユウさんの目前に辿り着いたナギさんは鋭く言い放った。
「ひっ、ひゃいっ!?」
ビクッと身体を跳ねさせ、戸惑っている格好のまま言われたとおりぴたっと動きを止めるユウさん。
するとナギさんはダンッと一際強く地面を蹴った。
そして空中へと飛び出し、身体を丸めユウの頭上をくるりと前へ回転しながら越える。
「「エエエエエエエエ!!!?」」
イーヴィルは揃って驚愕するが魔法が当たり前にある世界、これくらいの事で驚くのはまだ早いだろう。
現に俺は欠伸をしている。
放物線を描いて下降を始めたナギは改めて刀を大きく振り上げ、その魔力を解放した。
「『鎌鼬』!」
魔力を込められた刀が、緑色に輝きを放ちつつ着地に伴い振り下ろされる。
その刃がイーヴィルに届いている訳では無い。
けれど、刀身から3つの風の刃が正面と左右に分かれて放たれた。
「「ゲエエエエ!!?」」
イーヴィル二体は血相を変えて散り散りに逃げ惑った。
「さぁ……」
ナギはゆらり、とゆっくり立ち上がり。
「鬼ごっこは終わりにしましょう……?」
メインディッシュの蓋を開けるような、
期待に満ちた様子で。
シュッと刀を今一度構え直し、
「窮鼠の意地を見せて下さいませ……っ!!」
楽しそうに頬を緩め、凶悪な笑みを浮かべて駆け出した。
一体に1つ、追尾してくる風の刃。
イーヴィル達は必至に動き回って逃れようとするがその先にナギさんが回り込む。
一体のイーヴィルが風の刃から逃げつつ、辛うじてナギさんの攻撃を回避するが攻撃を外したナギさんはそのままの勢いで切り返し、もう一体の方へ急接近する。
さらに、風の刃は1つだけ追尾せずに自由に漂っており、ナギさんの攻撃の隙を埋めるように追撃を行っていた。
風の刃とナギが何度も何度も縦横無尽に行き交い、イーヴィルを追い詰めていく。
一方で。
「いつもよりはしゃいでますね。『刻印』の代償が心配です」
ナギを案じながらもごしごしレンガの床を掃除するマナト。
「あーあ。もう滅茶苦茶ね。まぁ、ユウも少しは練習出来た……かしら?」
頭を抱えるリーゼに、
「誰か褒めてくれ、私を!! 倒したぞ、三体も!! レンとエクレアを守りながら!!」
完全に戦力外になっていた2人を庇いつつイーヴィルを処理した事を遠くから訴えてくる可哀想なクラスメイトと、未だにぶつぶつ言いながらレンがの床にチョークで小さな魔法陣を描いたり消したりしているレンと目をグルグル巻きにしたまま動かないエクレア。
「普段のチームバラしたらここまでグダグダになるんだな、俺達のクラス……」
俺は苦笑いするしかなかった。
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