101話 それじゃあ――クサさん、で良いっすか?
休載中に付き、不定期に幕間を更新します。本当に不定期になるのですみません。
体調が回復した、次の日の夜だった。
夢の中で、語りかける声が聞こえる。
『炎天よ。今、時間はあるだろうか?』
いや、声では無い。言葉――言語が頭に直接伝わって来る。
だから、声色は判らない。
「寝てる状態を暇と評するかどうかは悩み所っすね」
夢か現か。俺はそう答えた。
『では問いを変えよう。――少しばかり、話がしたい。付き合って、貰えるだろうか』
この口調。覚えがある。闇の中、俺に語りかけてきた謎の意志。
「……そういや、約束してましたね」
事件が落ち着いたら、話そうと言われていたか。
『約束と言うよりは、私の一方的な願望だったが。ひとまずは、おめでとう。無事に生還できて何よりだ』
その言葉に、俺は少し視線を逸らした。相手が何処に居るのかも判らないのだ。視線を逸らしたところで、何の意味も無いのだが身体に染みついた癖である。
「無事、って言って良いのやら。二週間くらい寝込む重体。俺がやったことなんて些細な事。ひとまずは生き残れてラッキー、位ですよ」
結局俺が出来た事なんて大した事は無かった。トーラを退けたのは仲間達が来てくれたからに過ぎない。
『それで、十分じゃ無いかね。私は正直、十中八九君はここまでだと思って居た』
ほぼ死ぬと思われていたと言う事か。けれど否定はしない。
「俺も、まぁ死ぬだろうなって思ってましたよ」
『それでも生きて帰って来た。君は〝特別〟だよ。少なくとも、私の様な路傍の雑草とは訳が違う』
言われて、ふと思う。この謎の意志の事を俺はどう呼べば良いのか判らない。
「俺、貴方の事なんて呼んだら良いですか? 声色は判らないけど、落ち着いた物腰、理路整然とした言葉選び。多分年上、ですよね?」
『……口調だけでも、年上と思われるのかね。老けている、という事なのか。少々、悔しいな』
言葉の主はやや悔しげな様子だった。
「いやぁ。そのしゃべり方と落ち着き様で年下って言われたら逆に自分が子供過ぎて怖くなりますよ」
『そういう、ものかね。いや、事実ではあるのだから致し方ない事なのだが。それで、呼び名だったかな。名乗っても良いのかもしれないが、混乱を招く恐れがある。ひとまずは好きに呼んでくれて構わない』
名前を明かすと、俺が混乱するらしい。どういう事だろうか。
「よくわかんないっすけど、それじゃあ――クサさん、で良いっすか?」
この意志は〝路傍の雑草〟を自称している。それをそのままとってきた。
反応が、少し遅かった。
『くくっ』
恐らく、笑い声と思われる言葉が頭に響き、
『そうだな。実に私らしい呼び名だ。そう、呼んでくれたまえ』
どうやら気に入って貰えた様子だ。
「じゃあ俺の事は〝炎天〟じゃなくて〝イシ〟でいいですよ」
『ふむ? 君の名は知っている。肩書きで呼ばれるのが気に入らないのなら実名で呼ぶつもりだがわざわざ〝イシ〟を名乗る理由はなんだね?』
「クサさんが〝路傍の雑草〟なら俺は〝そのへんの石ころ〟なんで。なんつーか、シンパシー感じるんですよ。良いじゃ無いっすか、あだ名で呼び合う仲って」
伝えると、すん、と鼻で笑う様な音が聞こえた気がした。伝わってくるのは言葉そのものだから、気のせいかもしれないが。
『こうして言葉を交わすのもまだ二度目だというのに、あだ名で呼び合うか。不思議な関係であるな。だが、私は構わない』
クサさんは一度そう言った後、数秒後に。
『いや、違うな。取り消そう』
と言い、
『私も〝良い〟と思える。雑草と石ころの戯れだ。実にくだらないが、そのくだらなさが――』
「俺達らしい、って思えますよ」
俺がクサさんの言葉に続けて言う。
そこで二人とも暫くクスクス慎ましやかに笑い合った。
『しかし親近感、か。私からすれば君は石は石でも――玉石のように眩しいよ』
玉石、と呼ばれて照れる。
玉石、つまり宝石は魔法使いにとって〝特別〟なモノだ。魔石の媒介となる鉱石は、実は何でも良い。どんな石ころでもティアロ校長が編み出した魔法を使えば魔石として利用できる。しかし、宝石にはある利点があるのだ。
魔法はこの世界を巡る自然のエネルギー〝魔力〟を精神によって制御し、利用する技術である。その為術者の精神状況等が大きく作用するのだが不特定多数の心が同じモノを思い描いていた時、それは魔法的意味を持つことになる。魔法使い達が有意識・無意識問わず〝同じ心を持つ〟事でそれは一つの魔法たり得るのだ。
光り輝く宝石は、多くの人々が価値を見い出しある種の〝信仰〟を持っている。具体的には『ダイヤモンドは最も有名な宝石の王様である』という意識。それを魔法使い達が皆共有している。その為ダイヤモンドには初めからある程度の魔力が籠もっている。それ単体で微弱な魔法的な効能を持つ程に。
宝石は、多くの人々が〝特別だ〟と言ってその輝きに焦がれ、求めるからこそ高値で取引され、それ故〝信仰〟が産まれ、魔力をも含む。宝石の多くが〝パワーストーン〟と呼ばれ微弱な魔法的効能を示すとされるがその大本は〝不特定多数の魔法使い達が無意識のうちに共有した精神〟が自然の魔力を宝石に集め、〝偶発的補助魔法〟が効能として現れているのだ。
なんの〝信仰〟もない石ころに魔力は宿らない。魔力が宿っていない石ころと、魔力を宿した石ころ、どちらが魔石の素材として上質たり得るかは考えるまでも無いだろう。
「玉石なんてそりゃあ買いかぶりすぎですって。仮に宝石でも俺なんて良いとこいって一欠片ワンコインくらいじゃないっすか?」
空に輝く〝星〟程では無いにしても、〝宝石〟はマジックアイテムを扱う俺にとって身近な存在で、憧れの一つでもある。俺なんかに〝宝石〟程の価値があるとは思えない。
『イシくん。それが人であれ物であれ価値を決めるのは当人ではないのだよ。価値とは〝周りの者達が決める〟のだ。君が、君自身を石ころと評そうとも。私は君に〝玉石としての価値を見い出している〟。私だけじゃ無い。君に連なる、多くの人々がそうであるように』
言われて、胸が温かかく感じた。同じような事をつい最近言われたばかりだから。その言葉の解釈は簡単だ。
「クサさんも俺の事を〝特別だ〟って拾い上げてくれてるって事っすね」
『そういう事だ』
「ありがとうございます。その気持ちが、ちっぽけな俺に、それでも炎を灯しつづけられる力になる」
夢と現の狭間、曖昧な感覚で俺は胸元に手を当てて、ギュッと拳を握り絞めた。
『テラは君を〝焚火〟と称していたよ。薪が無くなればあっという間に消えてしまう灯火。けれど、薪と風を送り込み続ける限り、何処までも燃え上がる炎であると』
「ティアロ校長、俺の事そんな風に思ってるんだ」
言い得て妙だ。今まさに、俺の心は強く炎を炊き上げている。
俺を支えてくれる人達に報いれるような人間でありたいと。俺を〝特別だ〟と拾い上げてくれた、その期待に応えられる価値を示したいと、魂を燃やして応えようとしている。
『今日は、話せて良かった。君が良ければいずれまた、言葉を交わそう』
頭の中。あるいは心の中に響くクサさんの言葉が遠のいていく。
「ええ。俺は、俺を〝特別だ〟って思ってくれる人の気持ちには応えると決めましたから。クサさんが俺なんかと言葉を交わして、それを〝有意義だ〟と思ってくれるなら、いつでも、いくらでも大歓迎します」
視界は真っ暗。五感は曖昧。
それでも俺は、気配が遠のいていくクサさんへ向けて大きく手を振りつづけた。
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