99話 俺は、十分に特別だったのか……
◆◆◆から
シジアン視点
その暖かい心地とは裏腹に。
「ぅ、ぐすっ、ぁ、ぅああああああッ!!!」
もう耐えられなくなって。感情がぐちゃぐちゃになって。涙だけじゃ無くて声まで漏らして俺は泣きじゃくる。でもそれは、決して嫌な感情なんかじゃ無い。
俺は無価値な存在だと思って居た。そんな俺がたまたまルクシエラさんと出会って、コネだけでこんな特別な世界へ放り込まれて。凄く、居心地が悪かった。石ころでしか無い自分と、煌めく星々に見える特別な才能を持つ他の人達とを比べて、日々劣等感に苛まれていた。
けれど――
そんな俺なのに、手を差し伸べてくれる人達が居た。こんな俺を支え続けてくれる人達が居た。だから俺はそんな人達の気持ちに応えたくて戦って来たし、〝八天導師〟にも入った。そんな人達――俺が〝仲間〟と呼べる人達との絆があるからこそ。俺は戦える。
そして俺のマジックアイテムは、そんな〝仲間〟達が居るからこそ作る事が出来る。
この場所に居るのは他の誰であっても良かったのかも知れない。けれど、現に今、この場所に居るのは、みんなと繋がっているのは俺なんだ。
だから、俺が作る道具は。俺に繋がってくれた人達との絆は。俺だけのモノなんだ。
「ぁぁ……すんっ……あ、ぅ……」
俺はこの日、初めて――
「俺は、十分に特別だったのか……」
自分が〝特別な存在〟である事を知った。
「ええ。それはもう」
「……でもそれは、俺なんかを〝特別だ〟って言ってくれる人達が居るから成り立ってる。だからやっぱり、俺は主人公じゃ無い」
主人公は初めから特別なんだ。
そう、ドライズが初めから非凡な存在であった様に。
俺みたいに、必死に背伸びして、色んな人の力を借りて、無茶や無謀を通してなんとか戦う訳じゃ無く。自分自身の力で人を、世界を救ってしまえる様な。そんなドライズこそが〝主人公〟であると俺は思う。
だけど。
「……それでも。そんな俺を。ただの石ころでしかない俺を拾い上げて〝特別だ〟って言ってくれる人達が居るから。俺は、俺の人生は、無価値なんかじゃ無かったんだな」
「当たり前じゃないですか。価値のない命などありません」
漸く、それに気付くことが出来た。
「俺がするべき事は、俺を大切だと、〝特別だ〟と想ってくれる気持ちに応える事。ドライズや、ルクシエラさん、アリスやシジアン、ああ、並べたらキリが無い。俺の大好きな、大切な仲間達との絆をより深めること。そして、仲間達が貸してくれる力を〝俺なりのアイテムにする〟事。それが、俺の目指すべき強さなんだな?」
俺が出した解答は。
「ふふ。答えはファルマ君の中にあります。自分の人生なのです、結局最後に決めるのは自分でなくては。なので、私に答えを求める必要はありません」
と言ってくれた。つまり、〝それで良い〟という事だ。
「ありが、とう……ナ……ギ……」
戦い疲れて、泣き疲れて、本当に限界が来てしまった。俺の意識は暖かいまどろみの中に溶けていく。意識が途切れる直前、丁度、無数の桜の花びらが俺の身体に降りかかっている事に気がついた。
◆ ◆ ◆
一部始終を見届けていたボク達の方を向いて、ナギさんは言う。
「眠ってしまわれました。もう出てきて良いですよ」
アリシアさんとドライズ先輩の二人はものすごーく気恥ずかしさを感じていそうだ。
「……名指しで大好きって言われちゃったね」
「流石に僕も、照れるな」
「お疲れ様した、先輩。そしてナギさん」
ボクはぺこりとナギさんに深くお辞儀をする。
「いえ。私もファルマ君に恩返しがしたかったですし、これからも良いお付き合いをしていきたかったので。ですが一つだけ言わせて貰います」
ナギさんはそう言うと、立ち上がって上半身を突き出して人差し指を立てて、言う。
「ファルマ君が学校に復帰してから様子がおかしかった事も、それを心配に思う気持ちも判りますが。のぞき見はよくないですよ、皆さん」
と怒られてしまった。
「あうぅ、ごめんなさぁい!」
「ご、ごめん」
とアリシアさんとドライズ先輩は素直に謝るが、ボクは。
「悪いとは思って居ますが反省はしません。ボクは先輩の幸せの為ならどんな事だってします。今回はナギさんが解決してくださいましたが、時と場合によってはボクが動かなければならない時もあるでしょう。その為に先輩の動向を探るのは必然です」
八天導師由来の人物では無い以上ボクはナギさんという人間について詳しくは無い。けれど、先輩との一連のやりとりを見る限りやや不器用だが真摯で誠実な人間だと感じた。故にボクはボクの本心をぶつける。
「ちょ、部長さん! ちょっとは悪びれなよ!?」
アリシアさんはボクを嗜めるが。
「クスクスッ、流石、ファルマ君のご友人です。信念を持って、悪だと理解した上でそれでも貫き通すと言うのならば私も文句は言いません。が、その行為をファルマ君がどう捉えるか、知ったときどう思うのかは考えないのですか?」
とナギさんはボクを問いただすが。
「ボクは先輩が幸せなら、ボク自身が先輩に嫌われようと構いません。先輩が、元気に、健全に、生きている。その事実だけが大切です。その上で、先輩がボクを慕って下さるのは無上の喜びではあるモノの、嫌われようとそれは+二つが+一つに減るだけの事。結局、ボクにとっての幸せは揺るぎません」
ときっぱり答えると。
「左様ですか。試すような事を言ってしまい、差し出がましかったですね。ファルマ君は驚きこそすれど、嫌ったり等はしないでしょう。彼は友好的な人間――〝仲間〟に特段甘い性格をしていますので」
と、ナギさんは述べて立ち上がる。
この人は本当に、侮れない。本気の本気を出した先輩とギリギリまで渡り合って、勝った者。恐らく他の八天導師と比べてもルクシエラ先輩やアイル先輩と言った上級生組でなければ彼女には敵わないと考えられる。
しかし、先輩が仲間として認めた人間の一人であり、事実、空回りしていた先輩に対して真摯に対応してくれた。だからボクは、この人を信用する。
「あなた方は私が呼んだ事にしておきます。後は任せました。殿方の扱いには慣れていないもので」
ナギさんは気持ちよさそうに伸びをしつつ、言った。あれだけの戦闘をした、その疲れももう回復してしまったらしい。
「それでは、お先に失礼します」
ナギさんは悠々と、春の桜舞い散る永久の森を去って行く。
「それじゃあ、僕達は――」
「改めてハル君を――」
「保健室に連れて行きましょうか」
と、〝先輩を見守る会〟みんなで、先輩を保健室へと連れて行った。
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