97話 それの何処が、張りぼての強さなのですか
ナギは向かってくる炎の龍に向けて、刃を振るう。
「『風前の灯火』ッ!!」
特に何か魔力を感じた訳でも無い。ただ、炎の龍を構成する魔力が薄い点、弱点を見い出し刀は振るわれた。
炎の光を反射したナギの刀が紅く揺らめいた輝きを見せた。そして、俺の中の知識が脳裏に浮かぶ。
――東洋のオリハルコン、緋緋色金。不朽不変にて、あらゆる魔法や呪術を受け付けない伝説的と呼ばれる金属。
ナギの刀によって炎の龍は真っ二つに両断される。そして軌道が逸れて明後日の方向へと向かっていく。
ここは森だから、安全対策に予め決闘のフィールド範囲を設定しておき見えない防護壁を展開していたから山火事になる事はない。だが、俺の渾身の一撃、切り札が凌がれてしまった事は事実だった。
吹き飛ばされていた俺の背中に、衝撃が走る。
「ぐはッ!!」
俺自身も、吹き飛ばされた事でフィールドの防護壁に衝突したのだ。
そのまま落下して。
でも。それでもッ!!
諦めない。俺は立ち上がった。この一連の動作で、既にナギは間合いを詰めている。
「『神威』返しだッ!!」
ナギの『神威』を失活させて置いて、俺は『神威』を纏って応戦する。そこまでしてやっと、なんのバフ――強化魔法も付与されていないナギの武術に並ぶ。
「だァッ!」
武術を教えて欲しいなんてお願いしてる位だ。何の知識も無い、がむしゃらに振るわれる槍。
「くっ、ハァッ!!」
ナギも、身体を蝕むデメリットを受けた上で無効化されてしまった『刻印』、二の矢である『神威』を封じられ、ここまでの対応に十分消耗している。
切り札は効かなかったが、それでもッ!
「まだ、勝ち目はあるッ!! 諦めない、最後まで、限界まで! 俺は俺に出来る全てをやるんだァッ!!」
素人のがむしゃらな槍さばきも、『神威』で身体能力を補助してやればナギも手こずるようだ。幾度となく剣と槍が交差し、衝突し、けたたましい音が〝永久の森〟響く。
やがて――
「ハァッ、ハァッ! これで、終いです!!」
ナギがそう言って俺の槍を弾いた。当然すぐに対応するつもりだったが共同開発したとはいえ『神威』は本来ナギの魔法だ。
その使い勝手、その効果時間。全てを把握している。
ナギは――『神威』が制限時間を迎え、砕け散る瞬間を狙ってその一撃を放った。
そう。槍を弾かれると同時に俺を支えていた『神威』もひび割れ、砕けて無くなった。
もうナギの身体能力について行く事は出来ない。槍は無残に宙を舞い、無防備になった俺の目の前でナギの瞳が獲物を狩る狼の如く鋭く輝き。
「『神刺』ッ!!」
俺の左胸に向けて一直線に刀が突き出される。俺はそれを。
咄嗟に身躱して左の二の腕で受けた。
回避までは、出来なかった。
強い鈍痛と共に、バリンと決闘の勝敗を決める障壁が砕ける音が聞こえる。
俺は突かれた左二の腕に身体を持って行かれ、地面に叩き付けられた。
――やっぱり……ダメだったじゃないか……。
「ぜぇ、ハァ、ハァ、私の、勝利です」
息も絶え絶えに、ナギは勝利宣言をする。
俺は無力感に打ちひしがれ、溢れる涙を止める事も出来ず、大の字になって青空を仰ぎ見る。全力を出し尽くした。本気で、ナギを倒すつもりで。何重にもメタを貼って。賭けにも出て。それで、負けた――やっぱり、石ころは星になれない。並べない。
その残酷な事実を叩き付けられた。
「……結局、何が伝えたかったんだよ。俺なんか、どう足掻いたって特別にはなれないって思い知らせたかったのか?」
涙を零しながら、起き上がる気力も残って居らず言葉だけでナギに問いかける。
ナギの答えは――
「ハァ、ハァ、真逆、です」
意外なモノだった。
「ファルマ君は、私の事を、強いと言ってくれましたね?」
未だ息を切らせつつもナギは言う。
「ああ。誰だって知ってる事じゃ無いか。ナギは強い。俺は、本当に全部出し切った。その上で負けた。俺なんかよりよっぽど、ナギの方が〝八天導師〟に相応しい……」
そんな悲嘆に暮れる俺へ、ナギは。強く。とても強く叫ぶ。
「その私が認めますッ!! ファルマ君は、強いッ!!」
涙が、一瞬止まる。暫く呆然として、でも、そんな事はあり得ないと思い、言う。
「敗者に余計な情けはかけないでくれ。事実俺は負けたんだ。俺は弱い。お世辞なんて言われても、困るだけだ」
俺のその言葉に。ナギは珍しく苛立たしげに、
「この、私がッ」
と、強く、強く。大層不服そうに言う。
「戦いに人生を懸けてきた私がッ!! 戦いこそが生きる道だと決めた私がッ!! 嘘や世辞で〝強い〟という言葉を投げかけると、本気で思っているのですかッ!?」
言われて、俺はドキッとしてしまう。冷や汗がこみ上げてきた。
「ご、ごめん! ナギの事を愚弄するつもりは無かったッ! すまない!!」
大切な友人であり、これから俺の師になろうとしている人を侮辱して傷つけてしまったと思い必死に謝る。
「ふぅ、やっと、落ち着いてきました……」
ナギは漸く息が整ってきた用だ。
「私はお世辞で戦った相手を〝強い〟なんて言ったりしません。事実、ギリギリの勝利でした。息が上がる程まで追い詰められたのは久しぶりです。ファルマ君は十分、私と渡り合った。それを強いと評さずしてどうするのです?」
ナギの言葉を、それでも俺は素直に受け入れる事ができない。
「でも。俺が使った魔法は。俺が使うアイテムは。全部他人の力だ。俺自身の才能なんかじゃない。全部、他人の力や才能だ。それを使って、張りぼての強さで君に並んだところで、俺自身が弱い事には変わりないじゃないか」
ナギはそんな俺の価値観を。
「それの何処が、張りぼての強さなのですか」
根本から破壊した。
「他人の力? 他人の才能? では逆に聞きます。私の強さとは何ですか?」
俺は未だに身体を起こすことが出来ない。だから、ナギの姿を見れないけれど。
「私の刀は父より賜ったモノ、私が打った訳ではありません。私の武術は私の師に教わったモノ、私が編み出した訳ではありません。私の『刻印』は今は無き国に根付いていたモノ、私が開発した訳ではありません。最後に『神威』は。ファルマ君とレンさんが作ってくれたモノです。これは全部、貴方の言う他人の力ではありませんか?」
一言一言、ナギが語っていくナギが持つモノが頭に思い浮かんでくる。
言葉に、詰まった。それ等はナギという一人の人間の強さの象徴だ。
でもそれ等は全て――他人から授かったモノだと、彼女は言う。
「私がしてきた事は、そうやって授けられた力を。モノを。自分なりに、磨き上げ、研ぎ澄まし、より洗練していった。自分が使いやすいように、戦えるように。そんな私と、数々の魔法を魔法道具という貴方なりの方法で扱い、研鑽している貴方と、何処に差があるのですか?」
また、涙が溢れてくる。
今度は、さっきみたいな悔し涙じゃ無い。胸に染み渡る、暖かい涙だった。
「そんな事、言ってくれるのか? 俺が、借り物でしか無いと思ってた力が。張りぼてでしかないと思ってた力が。俺の強さだって、伝えたかったのか」
ナギが戦いを通して伝えたかった事。その真意を、ようやく悟った。
「口で言ったところで、ファルマ君は納得しないでしょう。実際に戦って、私と渡り合ってこそ、この言葉を飲み込める筈だと。そう考えて決闘を提案しました」
唐突な決闘の意味を、理解する。
「俺のこと、そこまで考えてくれたのか……ありがとう、ナギ」
「これでも、数々の新兵を育てて来たのです。多少は、心得があるもので」
ナギはこちらに歩み寄ってきて。
「本当に、ギリギリでした。立ちっぱなしは疲れます。横、よろしいですか?」
空を見上げて大の字に寝そべる俺の顔の真上に顔を出して聞く。
「当然。駄目な理由なんて無いよ」
「では、失礼します」
ナギはそういって、俺の横に座ったらしい。
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