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【第二部完結】俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~  作者: 岩重八八十(いわじゅう はやと)
第2部 最弱の八天導師

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??話9 お父様、でよろしいですか?

「ふぅ、とりあえずベッドの増設は出来たっと」

 僕は腕をぐるぐる回して肩をほぐす。空き部屋のベッドを、自分の部屋まで引きずって来たので中々に疲れた。


「家具とかをポンッて出したり消したり出来るような魔法があれば良いのになぁ」

 と愚痴を零しつつ、散らかっていた部屋を片付けていく。


「あの、お手伝いしても……良いですか?」

 おずおずとシジアンが震えた声と共に見上げてくる。


「えっ、いや――」

 思わず断ろうとしたんだけど……困ったような、申し訳なさそうなシジアンの顔を見て考えが変わった。僕に苦労をかけていると勘違いしていそうだ。作業をする事で気が晴れるならその方がこの子の為になる気がする。


「それじゃあ、小物を拾って1カ所に集めてくれるかな? あとで僕が整理するから」

「はい」

 シジアンは黙々と掃除を手伝ってくれる。お陰で片付けがあっという間に終わってくれた。


「それじゃあお約束のラインを引こうかな」

 僕はビニールテープを取り出す。


「お約束のラインとは何でしょうか?」

「同室でプライベート空間を保持するための線の事。線からこっちは僕の部屋、線からあっちはシジアンの部屋、みたいな感じ。必要な時以外はお互いにその線を越えないようにする事でプライバシーを確保するの」

 シジアンに説明しつつ僕は床にテープを貼ろうとするが。


「あの、それって、どうしてもしなきゃ……ダメですか?」

 テープを伸ばして床に付けようとした瞬間に、シジアンが寂しげな声を漏らす。


「え、いや、えーと、うーん」

 どうやらシジアンはこの線引きに乗り気では無いようだ。僕の側に寄ってきて服の裾をきゅっと掴み潤んだ瞳で見上げてくる。そんな表情をされると、どうしても必要かと言われれば疑問が湧いてくるけれど、ダメダメ、流されちゃいけない。 


「でも、ティアロ様も言ってたけど何か間違いがあったらいけないから……」

「間違いって何ですか?」

「あー、えーっと……」

 シジアンの純粋な質問が胸に刺さる。


 こんな純朴な子に『僕が君を襲っちゃうかもしれないって事だよ』だなんて言えない。


「あの……ボクはいずれ個室が与えられるという認識で間違っていませんか?」

「うん、そうだね。今のところ君の精神がどれくらい成熟してるのか判らないし、古代魔導兵器の暴走を監視する事も兼ねての同室だから、何週間、何ヶ月かは判らないけど君が年相応の心を取り戻して、古代魔導兵器も安定化していれば個室で暮らす事になると思うよ。どれくらいかかるかは判らないけど、きっとすぐに取り戻せるはずだよ、君の時間は」

「でしたら……この部屋に居る間は、その、できる限り貴方の側に居たいです」

 シジアンは申し訳なさそうに、そしてとても不安そうに視線を逸らして、けれど身体は僕にぎゅっと押しつけて離れようとしない。


「わがままを言って、ごめんなさい……本当にお世話になりっぱなしで、ごめんなさい。でも、ボクが〝ボク〟である為には……貴方が必要です。貴方を見ている時だけ、ボクは自分を〝ボク〟だと――シジアンだと、確認出来ますから」

 何度も謝るシジアンの頭を、僕は優しく撫でた。


「謝らなくて良いんだよ。君は何も悪い事なんてしてないんだから。判った、僕なんかで良ければ側に居てあげるよ。君が、自分一人で歩けるようになるその日までは」

「……ごめんなさい」

「謝らなくて良いんだってば。そこは〝ありがとう〟、だよ」

「はい。ありがとうございます――あ」

 ホッと落ち着いた様子を見せたシジアンが、声を漏らす。


 そして僕の顔へと視線を向けて、首を傾げる。

「あの、貴方の事、なんとお呼びしたらよろしいでしょうか?」

「え?」

 突然の言葉に僕も意味をよく理解できないまま、シジアンは続けた。


「お父様、でよろしいですか?」


「ぐっふっ!?」


 何故か。ものすごーく、お腹に響いた言葉だった。


 思わず仰け反った僕を見てシジアンはぎょっとする。

「あっ、す、すみません! お父様は問題がありましたか!?」

「い、いや、えっと、なんていうか、その、」


 動揺して感情をうまく言葉に表せない。なんか自分がもの凄く老けこんだ気持ちになってしまう。

「では、お兄様はどうでしょうか?」

 あせあせと慌てながら代案を出すシジアン。今度はさっきみたいな鈍痛とはまた違った感覚が胸を打った。


「……ごめん。それは辞めよう」

「何故でしょうか?」

「なんて言うか、君みたいに純粋な子にお兄様なんて呼ばせるの、罪悪感が凄い……」

 自分が連れ込んだ子に無理矢理お兄様と呼ばせてるみたいな感じがして、凄く嫌だ。年の差も8歳、なまじシジアンが可愛らしいから尚更破壊力がある。


「な、ならばどうお呼びすれば……」

 困り果てるシジアンをなだめる為に。僕は膝を折って彼女と視線を合わせる。


「いいかい、シジアン。よく聞いておくれ。確かに僕は君に〝シジアン〟という名前を付けた。でもね、それだけなんだよ」

 シジアンには、彼女には名前が無かった。


 巨大な本の形態をとる古代魔導兵器、『不朽型:異伝』が地上で活動するための運び手たる傀儡人形として生み出された少女だったからだ。だから彼女に自我はなく『異伝の第一章、記憶を司る門番』の意志によって操作されていた。


 僕はそんな『異伝の第一章』と交戦する中で、シジアンが決して人形のような存在では無い事を感じ取り、彼女に自我を見つけさせるきっかけとして。艶やかな黒髪を黒曜石に例えてオブシディアンをもじって〝シジアン〟と名付けた。


 名付けられたシジアンは『異伝の第一章』の支配下から抗い、漸く自分の意志を見つける事になる。結果として立場が逆転し古代魔導兵器『不朽型:異伝』はシジアンの制御下に置かれる事となって事件は解決した。


 ティアロ様にはノリで解決してしまったと説明したが、比喩でもなんでも無かったのだ。『不朽型:異伝』及び『異伝の第一章』は強大な魔導兵器であり、僕なんかじゃとても太刀打ち出来るような存在じゃ無かった。


 だからせめて、そんな魔導兵器の傀儡にされていた哀れな少女に、少しだけでも手を差し伸べたかった。彼女を魔導兵器から分断し、救助した後に魔導兵器は別途他の八天導師に討伐して貰う算段だった。


 それが、シジアンの強い意志によって『不朽型:異伝』の沈静化にまで至った訳だ。

「僕は君を産んだ訳でも、育んだ訳でも無い。君は初めから君だったんだ。僕が与えた名前はただのきっかけに過ぎない。だから、僕を肉親みたいに思う必要は無いんだよ。君は、君自身の意志で自由を手に入れたんだから」

 僕の言葉をシジアンは受け止め、悲しげに目を伏せる。


「すみません。貴方の言っている事が、今のボクにはあまり理解できません。ボクにとって貴方は存在の前提であり、貴方がシジアンと名付けてくれたからこそ今のボクがあります。初めからボクだった……という感覚は無いのです」

「うーん。でも、なぁ。慕ってくれるのは嬉しいけれど僕だってまだまだ若造だ。誰かを育てたり導いたり出来るような器じゃない。君の親代わりには、なれないよ」

 ここでルクシエラさんみたいにこの子の親として胸を張れるだけの器量が僕にあればよかったんだけど。残念ながら、僕はそんなに立派な人間じゃ無い。


「勿論、勝手に手を差し伸べて置いて後は好きにしろーなんて無責任な事は言わないよ。だからここに連れてたんだもん。僕に出来る事は、ちょこっとだけど人生の先輩として――」

 なんとか自分の中でも整理しつつ言葉を並べている内に、自分が発した言葉を自分自身で認識し、ハッとする。


「そうだ。うん。これで良い!」


「と、申しますと?」

「僕の事は〝先輩〟って呼んでくれればそれで良いよ。親兄弟ほど親しくなく、けれど君を導き、生きる事のお手伝いをする存在。友達以上家族未満、丁度良い関係性だ」

 自分で言って、しっくりきたモノだから勝手に納得してしまう。


「って、勝手に色々言ってごめんね。君の意志を尊重しないとね。結局の所は君の選択に任せるよ。どう呼んで貰っても構わない。君は、どれを選ぶ?」

 と、シジアンに確認すると。シジアンは少しだけ気まずそうに目を逸らして。


「ボクは貴方に迷惑をかけたり不快な思いをさせたくありません。なので、貴方が嫌がる呼び方はしたくありません。貴方がソレで納得して、不快な思いをせずに済むのでしたら――〝先輩〟と呼ばせていただきます」

 と、まだ少しだけぎこちない笑顔を見せて答えてくれた。


「そっか。優しい子だね、君は」

 僕はシジアンの笑顔に応えるように頭を撫でてあげた。


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