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【第二部完結】俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~  作者: 岩重八八十(いわじゅう はやと)
第2部 最弱の八天導師

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外伝94.8話 哀れな存在でした。『初代異伝』は

シジアン視点

 先輩は今日も、安らかに眠ったままだ。

 あの事件から既に一週間が経過している。事後処理は大体終わり、学園はいつもの平穏を取り戻しつつあった。イーヴィル化していた生徒達も回復は早く。戦闘で負傷した生徒達も先輩以外は既に全員学園に復帰している。


 ……あの時、先輩は無茶と無謀を重ねて戦って居た。駆けつけるのが遅すぎたのだ。

 やはり、先輩の『異伝』への登録を切るべきでは無かった。先輩はこういう非常事態の時、自分の命より仲間や友達の命を優先する人間なんだ。だからこそ、そんな先輩を仲間であるボク達が支えてあげる事でお互いを守り合う事ができる。先輩に教わった、大切な教訓の一つ……。


 シャランと保健室のベッドを包むカーテンが明けられる。

「あっ部長さん……」

 アリシアさんがお見舞いに来たみたいだ。両手には新しい花が見えた。


「毎日、お疲れ様です」

「それはお互い様じゃないかな? 部長さんだって毎日、ずっとここに居るよね?」

 ファルマ先輩が倒れてから数日間は八天導師として事件の事後処理などの業務に追われて中々お見舞いできなかったが。こうして落ち着いてからはボクもアリシアさんも毎日先輩の元に訪れていた。

 アリシアさんは花瓶の花を入れ替えて、ボクの隣へ椅子を寄せて座る。


「うなされては、無いね。……すっきりした寝顔。きっと、大丈夫だよね?」

 アリシアさんは昏々と眠る先輩を心配そうに見つめて、零す。


「ジン様曰く、外傷は生命活動に全く問題が無いほど完璧に治癒しているそうです。それもこれも、『ドリーム・ディメンション』及び『リバース・リアリティ』の効能によるところが大きいと」

「うん。やっぱり、凄いよね、ハル君は。こんな魔法を作っちゃうんだから」

「それでも眠ったままなのは、精神的な消耗が異常に大きかったからだとジン様は推察していました。友人のイーヴィル化、想定外の存在〝拒絶の闇〟そのものの人格。そして、腕を跳ね飛ばされて尚立ち上がった胆力――そういった、戦いで限界を超えて使った気力、精神力を取り戻そうと、休息されている様です」


「心の問題、かぁ……。もう一度『ドリーム・ディメンション』が使えたら、それも治せたのかな? あの戦闘で魔石が壊れちゃったよ。ハル君じゃなきゃ、直せない。折角こんなに凄い力を貰ったのに。折角ハル君を助けられたのに、結局私、無力だね……」

 アリシアさんはポケットからヒビの入った黄金の魔石を取り出して、嘆いた。


 その姿を見て、思う。同時に、言葉にも出る。

「先輩は常々、『僕にしかできない事なんて無い。僕が出来る事はみんなができる事。僕には誰かの真似をするしか、背中を追いかける事しかできないんだ』と、おっしゃっていました。ですが――現に、今まさに、先輩にしかできない事がここにあるんです。先輩、どうかお気づきください。貴方は貴方が思っている程平凡ではありません」


 届かないと判っていても、伝えたくなってしまう。

 気がつけば僕は自分の両手を差しのばし先輩の手を握りしめていた。


「目を覚ましてください、先輩。ルクシエラ先輩がずっと不機嫌です。イーヴィル討伐の巻き添えで公共物を破壊しつくしています。八つ当たりです、多分。ドライズ先輩は顔には出しませんが元気がありません。レン先輩も、紋章の制作がはかどらないとおしゃっていました。ボクも、アリシアさんも、ずっと待ってます」

 らしく、無いかもしれない。


 こんなに不安な気持ちは初めてだ。ボクの知ってる先輩は確かに無茶ばっかりだったけれど、十分に成熟していて、ここまで昏睡する程では無かった。だから、怖くて仕方ない。


「先輩……貴方が居てくれないと、ボクは――ボクでいられなくなってしまいます」

 不安定な心を揺さぶる声が、胸の奥から聞こえてくる。『そんなくだらない人間に執着するのは辞めろ』『ここは新章の宝庫じゃないか』。普段は意にも介さない、そんな必要も無い煩わしい声が、頭の中に響く。


「部長さん、大丈夫? 顔が真っ青だよ?」

 アリシアさんに言われて、ハッと我に帰った。


「すみません。先輩が居ないと、ボクも不調になってしまうんです。これはその、そういう仕組みに近いというか、仕方の無い事でして」

 つい咄嗟に出した言葉に、我ながら苦笑した。


 何も知らない人間が聞いたら、意味がわからないだろう。ボク自身やはり、かなり参ってるな……。


 アリシアさんは心配そうな顔のまま、ボクの顔を覗き込んで尋ねて来た。

「部長さん。そろそろ教えてくれないかな?」


「何を、ですか?」

「部長さんとハル君の関係。部長さんがどうしてそこまでハル君の事が好きなのか。ううん。好きを通り超えて――依存してるのか。やっぱり、気になっちゃうよ」

 言われて、少し迷った。正直な所教えるのは構わないが常人には理解しがたい複雑な事情があったからだ。しかし、アリシアさんは違う。


「アイル先輩やイーヴィル化した一部の生徒達の報告から、イーヴィルになると多くの人々の願い、心を身に宿す結果様々な情報が勝手に脳裏に焼き付いてしまうと伺いました。その結果、この世界の事実を知る事にもなる、と」

 ボクは先輩の手を離し、アリシアさんと目を合わせる。


「貴女もそうですね? この世界について、理解しているという解釈で間違いありませんか?」

 するとアリシアさんは少し驚いた表情を作って、しかし、覚悟を決めた様子で頷いた。

「うん。全部知ってる。ここが何なのか。私が、何なのか」

「ならば説明の大部分を省けます。……貴女に知っておいて貰うのも悪くないでしょう。一応、事情を知らない生徒が耳にしたら混乱を招きます部室へ行きましょうか」

「判った。ありがとう、部長さん」

 ボクはアリシアさんを連れて保健室を去り、狭くてもの寂しい部室へと向かった。


  ◇  ◇  ◇

  

 部室の机で向かい合わせに座って、ボクは語り出す。


「貴女になら言うまでもありませんが。それでも、一応。リーゼさんになぞらえてこう切り出しましょう」


 ボクはそう言って、改めて口を開いた。

「昔々、ここでは無い別の世界でひとつの兵器が開発されました」

 その兵器の名は『不朽型魔導兵器:異伝』。巨大な本の形態を取り、人間の記憶、経験を『章』として記録しつづける兵器。


「『〝不朽型〟魔導兵器』は、不老不死を研究していたジン博士の技術を元に作られた、〝存在し続ける〟事が目的の兵器。更に踏み込んだ目的としては後の〝究極魔導〟たり得るであろう『魔導兵器』達の寿命を延ばすための実験兵器です」

「えーと、早速専門用語だらけで頭がこんがらがってきちゃった……」

 アリシアさんは目を回しそうになるが、ボクは付け加えた。


「この辺りの事情は、まぁ知らなくても問題ありません。一応、伝えただけです。大切なのは、要するに『異伝』にとって〝自分自身が存在し続けること〟がその存在意義であり、その為なら何でも行う。例えそれが、別の兵器の為の実験データでしか無い行為であったとしても。ただひたすらに〝存在し続ける〟事だけを目的とする……」

「……なんだか、悲しいね」


「ええ。哀れな存在でした。『初代異伝』は」


 『異伝』の本体はボクが常に抱える巨大な書物だが、それだけはただの本。実際に活動して記録を集める存在――依り代が必要だった。


 『初代異伝』の人生は『異伝の第一章:記録を司る門番』として記録され、そしてその意志が『異伝』そのモノの意志となる。そして意志を持つ書物となった『異伝』は自身が存在し続ける為にある行動を繰り返す。


「一つは、〝新章の継ぎ足し〟。『異伝』は記録する兵器であり、面白い・希有な人生を送った人間の記憶・経験を新章として継ぎ足す事でその能力を奪い、自分のモノにできます」


 これには数段階の過程があり、まずはその者のそれまでの人生とそれからの人生を客観的に記録していく〝仮登録〟そしてその者の人生を『異伝』が〝新章に相応しい〟と判断された時にされる〝真登録〟、そして〝新章完成〟の三段階だ。


「〝仮登録〟時点ではプライバシーが全て流出していると言う一点を除けば本人に実害は無く生活に何ら支障をきたしません。その人の人生を見極めるための期間ですから。しかし〝真登録〟すると兵器としての『異伝』が牙をむき始めます。少しずつ、少しずつ、その人間の記憶・経験を過去から遡って吸収してゆき、そして最終段階、〝新章完成〟まで到達する事でその人間の魂――要するに魔力ですね。を全て奪い去り、その人間の命を奪った上で記憶・経験・能力全てを『異伝の新章』として登録し、いつでも使えるようにできます」


「まるで寄生生物みたいで怖いね……」

「実際、その表現が正しいでしょう。他人の人生を啜って存在し続ける兵器。それが『異伝』の正体であり、それを永遠に繰り返す事が『初代異伝』の意志でした」

 そしてここからが、本題だ――


 ボクがボクに。〝シジアン〟になる前だった頃の話が始まる。

「最初に述べた通り、『異伝』の本体はあくまでこの書物です。なので、この書物を持ち歩き、人々を観察し、次なる新章を探す肉体――傀儡となる依り代が必要でした」


「えっ」


「本という兵器としての『異伝』は不朽でも、活動体である依り代は普通の人間です。寿命があります。『初代異伝』は適当な人間を依り代に選び、その魔力で心身共に支配し己の肉体として操作する事で幾星霜の時間を活動してきました」


 そう。ここまで言えばもう明白だろう。ボクが何者だったのか。その回答は――


 何者でも無かった。

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