??話1 昔の記憶
夢を、見ている。
最近、色んな夢を見てる気がするな。
理想的な悪夢だったり。
絶望的な正夢だったり。
夢見が悪いったらありゃしない。
今見てる夢は……。
――ああ、昔の記憶か……。
◇ ◇ ◇
どくん、どくん。緊張で胸が鳴っていた。
新品の赤いローブに袖を通して。
カチコチに固まった身体をギクシャクさせながら〝僕〟はその人に会いに行く。
ノックを三回、トビラを開けて待っていたのは。
白いローブの上に更に白衣を纏った、自信に満ちあふれた表情が眩しい大魔道士。
「あらっ! とーっても良く似合ってますわ!」
ルクシエラさんは両手を合わせて、大層嬉しそうに微笑む。控えめな胸に輝く白い羽根の勲章が揺れた。
「本当に、良いんでしょうか……僕なんかが〝八天導師〟だなんて」
僕は喜ぶルクシエラさんの視線から逃げるように、気まずく目を逸らして俯く。
「今更なぁに言ってますの。及第点ギリギリとはいえ試験は合格しているのですし、ティル爺の弟子である私が推薦したのです。何処に文句の付けようがあると言いますの?」
「いや、でも、僕、そもそも一般家庭で魔法使いの血脈ですら無いですし、凡人だし、」
指先と指先を重ねてまごつく僕の腕を、その人は無理矢理ぐいっと引っ張った。
「うだうだうるせぇですわ! そんな事より、早く他の皆さんにお披露目に行きましょう!」
そう言って、僕を引きずるように廊下へ飛び出し駆けていく。
「八天導師もこれで七人、後一人で揃いますわ!」
迷っているのは本当だった。
自分なんかで良いのか? この人と同じ場所に居て良いのか?
自分の胸の上で紅い羽根の勲章が揺れる度に不安になってしまう。
でも、この人はそんな僕の悩みなんてお構いなしに。
わがままに、けれど最大限の愛を持って僕を引っ張っていってくれるから。
だから。
この人に、ついて行こう。この人の想いに応えられる人間であろうって。
八天導師に入ったこの日から、ずっと想ってる。
◇ ◇ ◇
ドバーンッ、と開かれたドアが勢い余って壁にめり込む強さでルクシエラさんは会議室のトビラをこじ開けた。
部屋全体が揺れるが、中に居た四人は特に驚きもせず。寧ろ全員が同時にため息を吐く。
「何故トビラを開けるだけで壁にヒビを入れるのじゃ、お主は……」
部屋に置かれた円卓の中央正面に座るこの組織の主、白髪の老人ティアロ様が皺の多いその顔に更に皺を増やして、最早諦めきった空虚な眼差しを明後日の方向に差し向けながら呟く。
「二番弟子の晴れ姿! 一刻も早くお披露目したいからに決まってますわッ!!」
両手を腰に当ててふんす、と胸を張るルクシエラさんに対して僕の方はと言えば緊張で声も出ない。自然な流れで、部屋に居た四人の視線が僕に向いた。
その中の一人が歩み寄ってきて。
僕より頭一つ分くらい背が高く、水色の長いポニーテールが印象的な僕の親友。
氷天ドライズが、中性的で凜々しく美しい表情を僅かに崩して、言う。
「待ちくたびれたぞ、ファルマ」
少しだけ緊張がほぐれて、僕は。
「先に行っちゃったのはそっちの方だろう?」
ちょっと拗ね気味に僕は答える。ドライズとは同じ魔法学校に通っていたのだが、在学中に数々の実績を残したドライズは学校を本来の期間よりも一年早く卒業し、八天導師の仲間入りをしていた。
「キミのせいで僕、一年間ぼっち生活だったんですけどー」
露骨に頬を膨らませて文句を言う。
「なんだ。新しく友達作らなかったのか?」
ドライズが意外そうな顔を向けてきた。
「キミにカロリー使いすぎてもうそんな気力残って無かったやい! 大体、ラスト一年とかもう既に人間関係完成してる所に割り込める訳ないだろ!」
「お前がそんな事を気にするなんてな。〝無理矢理〟俺に絡んできた、あのお前が」
〝無理矢理〟を一文字ずつ抑揚を付けて強調してからかうようにドライズはにやついた。
「アレは若気の至りだったのッ!! それでもう体力も精神力も使い果たしたんだよ!!」
恥ずかしい記憶を掘り起こされて、僕は顔を真っ赤にしながら服の裾を握りしめた。
「ソレは悪かったな。だが、ここではそうもいかんぞ。ほら、先輩方に挨拶してこい」
ドライズは僕の背に回ってトンっと押し込んだ。思わずつんのめって、なんとかバランスを取り直す。でもそれで一歩先輩達の方に近づいてしまった。忘れて居た緊張が戻ってくる。
目の前に立つのは二人の人物。
ルクシエラさんと同じティアロ様の弟子、風天アイルさんとルクシエラさんの親友雷天イルゼルナさん。
二人とも、初対面と言う訳では無い。ルクシエラさんのお手伝いをしていた時に何度が顔を合わせた事があるが――だからこそ、もっと緊張する。この二人が凄い魔法使いだと言う事を、よく判っていたから。
この二人の胸に輝く羽根の勲章と同じモノを、自分も付けていると意識してしまうから。
「その、アイルさん、イルゼルナさん、よろしくお願いします……」
「おーす、ドライズと違ってお前さんは変わらねーなーファルマ」
アイルさんがにこにこ笑いながら僕の頭をくしゃくしゃなで回した。
「ちょ、どういう意味ですか?」
「いやさー。ドライズのヤツ2,3年見なかっただけで身長爆伸びしてんじゃん。最初別人かと思ったわ」
「それ暗に僕がちっさいままなのディスってません?」
ちょこっとムカついた。実は12歳から身長が全然変わってない。
「わりーわりーそんなつもりじゃねーよ。今後ともよろしくなー」
アイルさんは少しだけ申し訳なさそうな笑みを浮かべて、席に戻っていく。
「ファルマ君。改めてよろしく、といった所だな」
続いて、雷天イルゼルナさんが手を差し出してくる。
「えっ、あっ、よ、よろしくお願いします……」
新しい職場の先輩とはいえ、異性の手を握った経験は少ない。ドギマギしながら握手に応じた。
ら。
がしっと僕の手はイルゼルナさんの両手でがっちりホールドされた。
「ルーシーに振り回されている者同士、仲良くやっていこうじゃないかっ!!」
いつも通り目は糸のように細く閉じられたまま、切実そうにつり上がっている。
「でもその距離の詰め方はルクシエラさんと被ってますよ」
「な、そうなのか!?」
「はい、いきなり手をがっちりホールドされました」
ルクシエラさんと初めて出会った時はその逃げられなくなった状態で色々畳み掛けられたっけ。イルゼルナさんは恥ずかしそうに、バッと手を離す。
「申し訳ないっ」
「いえ、気になさらないでください。――お互い、苦労が絶えないのは本当でしょうし、今度色々お話しましょう」
「ああ、是非そうしよう。ではな」
アイルさんも、イルゼルナさんも。僕の事を〝ルクシエラさんの弟子〟として見ている。
その事が誇らしくもあり、不安でもあった。
僕の評価はそのままルクシエラさんの評価に直結してしまう……。
恩義のあるルクシエラさんの顔に泥を塗るような事だけはしないようにしないと。
僕は両手でパチンと頬を叩いて気合いを入れ直した。
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