外伝94.5話 僕に出来る全てをやる
ドライズ視点
まるで、今この瞬間体感しているかの様に鮮明に。
その光景は、僕の脳裏に広がっていく。
目の前には半魚人の姿をした水属性と思われる魔物。そして並び立つのは、今よりももっと背が低い赤髪の親友、ファルマ。今だって童顔だけど、ここにいるファルマは更に丸みがかった顔立ちで、幼い。
そう、これは――過去の記憶。
「いっくぞぉっ! 『第一火炎魔法』ッ!」
幼いファルマは、今とは全然違う、子供っぽい口調で炎の魔法を半魚人の魔物へと放った。それを見た僕は――心底幻滅、軽蔑した気持ちで、ファルマを叱りつける。
「バカかッ!?」
この時の僕は荒れていて、口調も今と違って荒々しく、ファルマに対しても心を開いていなかった。
小さな火球は半魚人の魔物にぶつかり、しゅんっとその大きさをもっと小さくしてしまう。それでも本当に小さな火の粉が魔物に降りかかったが、魔物は少しひるんだだけでダメージなんて与えられちゃいない。僕は本当に腹立たしく、ファルマの尻拭いをするつもりで、その隙を突いて魔法を放つ準備をする。
半魚人の魔物は、大した傷を負わずともひるんだ事が不快だったのか。ファルマを睨み付けて、突撃してくる。
「うわあああっ! 助けてドライズぅっ!!」
そう叫び僕の後ろへ隠れたファルマを放っておいて、僕は準備が終わった魔法を放った。
「『第二氷結魔法』!」
小さな氷の刃を伴った吹雪が半魚人の魔物を刻みつけ、凍てつかせる。
魔物はそれだけで傷つき、弱り、よろめく。
「さんきゅー! じゃーこれでトドメッ!」
ファルマは漁夫の利を得るように槍で魔物首を貫き、トドメを差した。
◇ ◇ ◇
魔物を解体し、素材を採取する作業を行いながら。
「ドライズってもう第二階級の基礎魔法が使えるんだね、すごいや!」
軽口を言って僕をおだてるファルマに対して。僕は本当に、本当にイライラして暴言で返す。
「そう言うお前は大馬鹿者だな。火は風に強く、風は土に強く、土は水に強く、水は火に強い。四大元素の四すくみ。こんなもの、入学試験レベルの常識だぞ。そんな事も判らないようなバカとどうして組まないといけないんだ」
この時の僕は、空回っていた。
〝ルクシエラ師匠の養子にして弟子である〟。その責任感に追い詰められて、必死に、限界を超えて勉強と修行に打ち込んでいた。何度も倒れて、何度保健室のお世話になった事か。
だから、他の事に気を回す余裕なんて無かった。しつこく声をかけてくるクラスメイトのファルマはただただ、邪魔で鬱陶しい存在だった。
なのに。どういう事なのかファルマは師匠に取り入って、気に入られ。僕とファルマは二人で組んで修業やそれを兼ね備えた魔物の退治、素材調達などの課題をさせられていた。
突然の出来事に戸惑い、でも師匠の指示だから逆らえず、嫌々一緒に行動している。そんなある日の出来事だったのだ。
「失礼だなー。流石に僕だってそれくらい判ってるよ。ドライズの言うとおり入学試験レベルの常識なんだよ? 知らなかったらあの学校に入ってないって」
言われて、少しだけ頭が冷える。
この頃の僕達はまだ入学したてだった。みんな魔法の基礎の勉強中。ある程度優秀な子は自分の属性の第一階級の基礎魔法が使えて、少し遅れてる子はまず第一階級の基礎魔法が使えるように勉強と修練、そして魔法絡みの知識を授業で受ける、と言った段階だ。
僕は無茶をして勉強していたから、本来なら数年先での習得が目標となる第二階級の基礎魔法を既に会得していた。だから、ファルマを馬鹿者だと決めつけてしまったが。現時点で第一階級の基礎魔法が使える時点でファルマが決して悪い成績では無い事は明らかだった。
「……ならなんであんな無駄な事をしたんだ」
ファルマの真意を確かめるべく、僕は手を動かしながら問いただす。
「無駄なんかじゃ無かったさ」
「なんだと?」
「確かに火属性は水属性に相性が悪い。習ってた通りだ。でも〝相性が悪い〟って具体的にはどういうこと? 100の魔法が50になるの? それとも0、全く効かないの? そこまではまだ習ってない。だから、試してみた。結果は、まぁ25くらいになってたかな? ちょこっとだけひるんだでしょ。経験も得られたし、次のドライズの魔法に繋がった。得るものはあったと思うけど?」
つらつら述べるファルマの言い分を僕は半信半疑で聞き流す。ファルマは無邪気で明るく、悪く言えば年齢以上に子供っぽい。今適当に考えた屁理屈にしか聞こえなかった。
「詭弁だな。『教科書に書いてある通りの事が事実かどうかなど自分の目で確かめてみなければ判らない』、なんてありきたりな説教でもしたいのか?」
僕はそう切り返すとファルマは少しだけはにかむ。
「いやだなー。僕がそんな高尚な事を考えて生きてるように思える?」
その笑顔に、腹が立った。
「全く思わない。だから詭弁だって言うんだよ。どうせ適当に戦って、その言い訳をつらつら今思いつきで並べ立てているだけだろ」
僕はそう言い捨てた。
すると、ファルマは笑顔を消す。これだけ塩対応を繰り返しているのだ、怒ったって当然だ。寧ろ、そうやって僕を嫌いになれ。とっとと離れていってくれ。そんな風に思っているのに。ファルマは怒ったりはせず、ただ真っ直ぐな眼差しを僕へと向けていた。
「適当なんかじゃ無かったよ。僕は真剣に戦った」
「っ」
普段の無邪気さとのギャップに、思わず返す言葉を失った。ファルマに対してどんなに悪い印象を持っていた当時の僕でも。ファルマのこの言葉が本心である事が伝わる程に、真摯な眼差しだったから。
「教科書通りとか、詭弁とか、そんな、難しい話じゃ無いんだよ。もっとシンプルで、もっと情けない理由だって」
少しだけファルマの口元が綻ぶ。だけど、目は変わらず〝本気の目〟をしていた。
「水属性に火属性は相性が悪い。判りきっていた事だった。でもさ。今の僕には『第一火炎魔法』しか使え無いんだ。他に切れるカードなんて持って無い」
ファルマは僕に向けていた視線を落とし、魔物の解体作業を続けながら言葉を繋ぐ。それは、僕から目を逸らすというよりはまるで、自分自身から目を逸らすような、落ち込んでうつむき地面を見つめるときのような仕草に見えた。
「僕の魔法はきっと効かない。判ってた。でも、だからって何もしないで諦めるのは嫌だった。効かないって判っていても、それでも、もしかしたらって思ってカードを切って。それでダメだったらそれで良い。諦めるのはその後でも遅くない。でもほんの少しでも何か得られるモノがあれば……その行動は無駄にはならない筈だ。そうすれば〝あの時ああしておけばよかった〟なんて後悔、もう二度としなくて済む」
今考えた、適当な言葉なんかに聞こえなかった。確かな重みを、感じた。
「僕に出来る全てをやる」
この後、何度も耳にする事になる、ファルマの口癖を聞いたのはこの時が初めてだった。
「そうじゃないといけないんだ。そうじゃないと、きっと、また、後悔し続ける。同じ失敗を、繰り返したくない」
ファルマは取り分けた素材を整頓し、顔を上げた。
「シンプルって言ったのに無駄に長くなっちゃたね。要するに〝効かないのは判ってけど、あの時僕に出来る事はそれしか無かった。だからやった〟。それだけの事なんだよ」
その言葉を最後に、僕の意識は現実へと引き戻されていく――
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