外伝94.2話 こんなの、そよ風のウチにも入らないわッ!
ドライズ視点
リーゼの悲痛な叫びが、イクリプスさんの動きを止めた。『トータル・イクリプス』の出力レベルを表す黒い影が、一瞬だけ広がりそうになって元に戻る。
「お願いッ! 辞めてッ! アイルを殺さないでェッ!」
魔法で僕を飛行させながら、涙をポタポタしたたらせて。リーゼはかつて無い程に感情を露わに叫んでいた。
「イクリプスさんッ! 僕からもお願いします!」
同時に僕も声を伝える事で、僕達の存在をイクリプスさんに認知させる。
戦いに慣れたイクリプスさんは、背後から迫る僕達へ目を向けようとはしない。あくまで視線は、敵であるアイルさんへと向けられていた。
「その声、ヴェルリーゼとドライズか!? ヴェルリーゼは孤児院の生徒だろう、無事なのか!?」
イクリプスさんは疑問の言葉を浮かべつつも、振り下ろされたアイルさんの、鎧のような金属質の巨大な腕を大剣で受け止めた。
更に、機を伺うように周囲を漂っていた鳥獣の姿を取るイーヴィルが何体かイクリプスさんに向かってくるが。イクリプスさんの周囲を回転する刃が駆ける。月を模したナックルガードが特徴的な片手用の曲剣、三日月の曲剣だ。
三日月の曲剣は基本的に宙に放たれており、イクリプスさんの意志や設定に呼応して空を駆け敵を切り裂く、名前や意匠の様にまさしく〝衛星〟のような武器である。当然、直接手にして二刀流の形で戦う事も出来る。
「リーゼもイーヴィルになってますが、僕達の味方ですッ!」
漸くイクリプスさんの元にたどり着いた僕達は、その横に肩を並べた。
僕の言葉に、イクリプスさんは数秒にも満たない程ほんの一瞬だけ目を閉じ何かを思索し、
「――なるほど、そういう〝願い〟か」
と、納得した様子を見せた。どうやらイクリプスさんは僕よりも〝イーヴィル〟について理解しているらしい。
「ならば簡潔に状況を説明する。戦いながら聞けッ!」
光の速さで、イクリプスさんの大剣が振るわれる。
僕達の方も、周囲に発生していくイーヴィルが獲物と認識して襲ってきた。
光の剣を振りかざし、応戦する。
「ドライズ、援護は要る!?」
「僕は風の魔力を持ってない。ここで戦うには君の魔法が必要不可欠だ。リーゼはそっちに集中して!」
「判ったわッ! でも、自分の身くらいは自分で守るからッだからお願い、なんとかアイルを助けてあげて!」
リーゼと共に、空を駆ける。
柄のみしか存在しない剣。ファルマが僕の為だけに制作し、調整した僕の愛剣。僕が扱える属性の魔力を直接刀身とする事が出来る〝氷燐剣(略称)〟。破滅の光を刀身として、僕は押し寄せるイーヴィルと周囲を漂う暗紫色の魔力を叩き切る。
「見ての通り、アイル、及びこの周囲には恐らく闇属性と思われる未知の〝原初の魔力〟が満ちている! おそらく特性は〝あらゆる力の遮断〟! 交戦中、鎧としても刃としても用いられ、〝破滅の光〟でなければ対抗出来ない!」
アイルさんが振り下ろす金属質の巨大な腕を、大剣で軽く弾き返しつつイクリプスさんは説明を続ける。
「現時点で俺の〝破滅の光〟と拮抗している! 知っての通り、俺は加減が出来ない。だが、嫌味な事に向こうはそうでも無いらしい。こちら側の出力に合わせて魔力の量を調節している。問題は相手の総魔力量が未知数である事だ」
師匠、イクリプスさん、僕と当代において〝破滅の光〟を扱える魔法使いは三人。
その中でもイクリプスさんは特に強く魔力を受け継いだ様で、師匠以上に魔力の加減が効かないらしい。現時点で拮抗状態、イクリプスさんが一段階出力を上げれば現在の魔力量から十数倍の〝破滅の光〟が放たれる。
もし、あの暗紫色の魔力がその光の奔流に対応できるなら厄介ではあるもののそれはそれで良い。問題は、暗紫色の魔力量が〝破滅の光〟よりも大幅に少なかった場合だ。
そうなれば、アイルさんごとイーヴィルを討伐してしまう事になるだろう。
「ドライズッ! お前の〝破滅の光〟はまだ未熟、故に調節が利く! 俺はこの出力でサポートに回る。アイルを救いたいならば少しずつ魔力を解放し、相手の魔力量の限界ギリギリを見定めろ!」
柄を握る拳にきゅっと力が入る。そうだ。僕の〝破滅の光〟は師匠やイクリプスさん程強力じゃ無い。最大出力量なんて全然比べものにならないし、出力レベル一段階毎の魔力量も師匠達ほど顕著に差があるわけでは無い。それがある意味、現状況に適している。
――リーゼが、僕でなければいけないと言ったのはそういう事なのかな?
「まずは一発、やってみますッ!」
剣の切っ先をアイルさんに向ける。
「合わせろッ! ――『ダイヤモンド・リング』ッ!」
先陣を切って、イクリプスさんの大剣が振るわれた。同時に、反対方向から曲剣が回転しつつ迫る。二つの斬撃が交わると同時に、破滅の光が強く瞬くッ!
「『強度1 範囲タイプB』」
イクリプスさんが放った〝破滅の光〟に重ねるように、僕も魔法を放つ!
「『ルクス・エクラ』ッ!!」
真っ白な魔力の奔流を、暗紫色の魔力が迎え撃つように阻んだ。
「ッ!」
僕も、イクリプスさんも、いきなり成功、だなんて都合のいい事を考えて居る訳でも無い。
「次だッ!」
「はいッ」
改めて、光の魔力を束ねる。
しかし――
「何人二も阻まれぬ自由ヲ!!『セレス・ティアル』ッ」
西洋鎧の兜のような頭部がカタカタ動き、くぐもったアイルさんの声が聞こえた。
「『セレス・ティアル』!? セレナ先生の名前――襲名魔法ッ!?」
僕達のクラス、4年A組担任。セレナ先生はティアロ校長の奥方にして三賢者の一人だ。そんな大魔道士の襲名魔法ッ!!
ゾクリと寒気がした。
鮮やかな蒼い輝きが竜巻となって迫り来る!
「防ぐな、躱せッドライズ! 〝破滅の光〟を温存するんだッ!」
イクリプスさんの指示。
〝破滅の光〟なら相手の魔法を分解する事で無力化出来るが当然大魔法ほど消費する魔力の量が大きくなる。ここで『セレス・ティアル』を防ぐ為に使う訳にはいかない。
けどッ!
「リーゼッ大丈夫かいッ!?」
今僕が空中で戦えてるのはリーゼが魔法で支えてくれているからだ。躱せと言われても僕に出来る事は少ない。
「これもアイルを助ける為――こんなの、そよ風のウチにも入らないわッ!」
僕を支えながら、リーゼは高速で飛行し蒼い竜巻から逃れる。
しかし。相手はあの三賢者が一人の名を冠した魔法だ。
リーゼは必死に空を駆けるが、竜巻を中心に無数の小さな風の刃が放たれ襲ってくる。
「いッ」
避けきれなかった一つの刃が、リーゼの頬を掠めた。
「リーゼッ!!」
紅い滴が頬を伝い、そのまま下にいる僕の肩へと落ちてくる。
心配して見上げた、けれど。
「私の〝願い〟を――何よりも強欲な想いを、舐めないでッ!!」
リーゼは鋭い眼差しは何処までも真っ直ぐで、歪まない。
空で戦って居る今、僕の命は彼女の飛行魔法に委ねられている。だが、心配なんて必要なかった。僕は、僕がするべき事に集中しなければ!
僕は視線をアイルさんへと戻した。
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