91話 アンタの愛し方は、歪が過ぎるよッ!!
何度も何度も、鋭い金属音が走る。
俺はハルベルトを乱暴に振り回している。ただ、それだけだった。
片腕ではまともに扱う事もできない。トーラは笑顔で、楽しそうに俺の攻撃を大鎌で弾き返す。
『ほらほら、がんばれがんばれー。トーラちゃん、ファルマくんの事応援しまーす』
弄ばれているのか。それとも、彼女なりの歪んだ善意か。
トーラは攻撃をして来ない。
『かっこいーでーす。自分より強い存在に立ち向かう姿、現役だった頃のトーラちゃん達を思い出しちゃいまーす』
動く度に、左肩の切断面から血がこぼれ落ちる。
ああ、そうか。
トーラは言った。人の全てが大好きだと。人が喜ぶのも苦しむのも楽しいと。
トーラが俺を好きだと言ったのも、嘘偽りの無い本心ならば。
トーラは――勝てないと判っていて足掻く俺を見て、楽しんでいる。
苦しむ俺の姿を、それでも抗う俺の姿を、純粋に、楽しんでいるんだ。
このまま闇雲に暴れていても、どうせ力尽きて死ぬ。
それが判っているから、もう攻撃する必要は無い。あとはただ、目の前に居る俺を。子供が、新しいおもちゃで飽きるまで遊ぶみたいに、楽しんでいるんだ。
きっとこれが、この人なりの〝人間の愛し方〟――。
「アンタ、時々〝トーラちゃん達〟って言うよな。仲間とか……友達が居たのか?」
『居ましたよー。とぉっても仲が良かった子達が、三にーん』
ハルベルトの刃を押しつけて、トーラは大鎌の柄で刃を防ぎ、競り合って。
「その誰か一人にでも〝性悪〟だって言われなかったかッ!?」
トーラの顔に迫り、投げかけた言葉に。
彼女は。
相変わらず、どこまでも屈託の無い笑顔で答えた。
『はーい。言い方は色々ですがー三人みんなに言われましたー。面白いですよねー』
それを聞いて、少し安心した。過去の人間だから価値観がおかしいというだけではない。
やっぱり根本的に、この人自体が狂っているんだ。
『トーラちゃん時々悪者扱いされる事がありまーす。人間の営みを守っているのに、ちょっとかなしーでーす。でもそうやって憎んだりとか恨んだりとか、どろどろした心が見えるのも人間の面白い所だと思うので、それはそれでたのしーでーす』
「アンタの愛し方は、歪が過ぎるよッ!!」
『あははーさっきも似たような事言ってましたねー。実は色んな人達にもよく言われましたーファルマくん凄いでーすトーラちゃんの事よく判ってくれてまーす』
俺じゃ無くても、判る事だろうよ。俺は特別でも、なんでも無いんだから。
ハルベルトが、重く感じる。
虚勢と威勢だけで支えられていた身体が、グラつく。
『おや、そろそろおしまいですかー? よーくがんばりましたねー!』
「俺は……まだ……」
『それじゃあ、ここまで頑張ったご褒美に、キミの事ぎゅーってしてあげまーす。ファルマくんは、とぉってもかわいらしくて、いじらしい男の子でしたー』
大鎌状になっていた魔力が霧散する。
トーラの腕が俺へと伸びる。攻撃の意志ではない。この人なりの歪んだ愛情〝自分が殺した人間への愛で方〟なのかもしれない。
この抱擁を受け入れたら、お終いだ。判ってる。
わかっている、けど
、
もう、げんかい――
「そんな事、させないからねッ!!」
その声に、意識が引きずり起こされる。
気がつけば、飢えた世界に黄金色の光が満ちていた。
俺へと伸びていたトーラの腕を、銀色の鏡が遮る。
――どうして、キミなんだ? 俺なんかの為に、来てくれたっていうのか……?
「『這い寄れ、影の蛇』ッ!!」
また一つ、なじみ深い声が聞こえる。
次の瞬間、体中に何かが絡みつく感触がした。同時に強く引き寄せられる。
『おやおやー? こーんな所に、新しーお客さんだなんてめずらしーですねー』
トーラの視線が、俺から外れる。
――やめろ。その子達に、
「しっかり、ハル君しっかりしてッ!! こんな現実、私が否定してあげるからッ!!」
言葉と共に、ぬくもりを感じる。強く抱き締められていた。
「先輩。少しだけお力をお借りします。『異伝の23章、魔導断ち切る冥府の騎士』」
俺の身体に纏われた、『破魔のルクスエクラ』が再び『フェア・クリスタル』の形となってシジアンの手元へ現れる。
『お仲間、ですかー。うふふ。かわいー子達ですねー。ファルマ君、案外隅に置けないじゃないですかー』
あの、狂った笑顔を。歪んだ愛が滲む眼差しを、トーラは駆けつけてくれた仲間へ――アリスと、シジアンに向ける。
――その目を、その歪んだ愛を、その子達に向けるな……!
「彼女はボクが抑えます! アリシアさんはその隙に治療を!!」
『フェア・クリスタル』が強く輝き、同時にシジアンの持つ巨大な書物がパラパラと捲れて行く。
「『異伝の39章、理想郷の輝き』ッ!!」
優しい光が、カーテンのように揺らめき、降り立って。トーラと俺達との間を阻む。
『〝破滅の光〟を壁にするつもりですかー? でもそんなうっすいちっぽけな量でいつまで耐えられるのでしょーか?』
トーラが手を翳し、暗紫色の魔力が無数の槍となって降り注ぐ!!
「いつまで耐えられる、ですか?」
優しい光の壁が、シジアンの意志に呼応するかのように強く輝く。
「いつまでだって耐えてみせるッ!! 先輩が活路を開く、その瞬間までッ!!」
未だかつて聞いた事の無い程力強く、信念の籠もった叫びが木霊した。
――やめてくれよ、シジアン……。俺はそんなに、強くない……。
「〝悪しき願い〟でも、私のわがままでも、なんでもいいッ!! お願い、お願いだからっハル君を助けてッ『リバース・リアリティ』ッ!!」
止めどなく涙溢れる瞳をきゅっと結び、アリスが俺を強く、強く抱きしめる。彼女の背に、小さな、掌サイズで黄金色の翼が四つ見えた。力を振り絞る様に、ぷるぷると震えて、1枚ずつ、さらさらと砂の様に消えていく。
――アリス……いっぱい迷惑かけたのに。それでも、俺の為に泣いてくれるのか……?
痛みが、すぅーっと引いていく。切断された左腕が、その事実など無かったかのように再生する。潰えそうだった意識が、鮮明に戻る。
こんな俺の為に、必死になってくれる人達が居る。
まだ。
まだだ。
寝てる場合じゃない。まだ俺は、全てをやりつくしていない……ッ!!
「アリス、もう大丈夫だ」
俺はアリスの背を軽く撫でて。
「ハル君……っ良かった、良かったよぉ……」
抱きしめられていた腕が解かれ、アリスはこぼれ落ちる涙を必死に拭った。
俺は、立ち上がる。
「あっ、ま、待ってハル君、動いちゃだめ! まだ安静にしてなきゃっ失血の量が多すぎるのっそれにこの魔法で何処まで治療できているのか私自身でも判って無いんだからね!?」
服の裾を引き、もう一度寝かせようとするアリスに。
視線を合わせ、俺は、最大限の感謝と。そして、揺るぎない決意を持って。ただ、伝えた。
「来てくれて、助けてくれて、本当にありがとう」
視線をトーラの方へ変え、あいつの凶悪な笑顔からかばうように、アリスの前へと立った。
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