10話 うおぉぉうぜぇ……。
休日の朝というのは何処までも自堕落になれるモノである。
ぼんやりした思考の中、何やら物音がして居る。
どうやらドライズは出かける用事があるようで、小さく〝行ってきます〟と聞こえた。
そのまま俺は眠気に身を任せ、日中を寝て過ごすつもりだった。
しかし、甘い微睡みの中を彷徨って居るとふとピリリと甲高い音が聞こえる。
枕元で携帯端末が震えていた。
正直応答するのは凄く面倒くさい。が、メールならともかく電話は取れるときに取っておかないと後が大変な時がある。俺は仕方なく携帯端末を手に取った。
「うーあー……もしもし」
『あ、先輩ですか。おはようございます』
聞こえてきたのは俺が入ったばかりの部活動の部長にして後輩、シジアンの声だ。
「どうかしたか?」
『いえ、今日が部活の活動日である事を伝え忘れていたので連絡を。急な話になってしまったので休まれても構いませんがどうしますか?』
俺は思わずうめき声を上げそうになったのを意地で堪える。
ぶっちゃけ行きたくない。このまま昼まで寝ていたい。
しかし考えてみよう。俺はこの部活動に入ったばかり、かつたった二人だけの部活だ。あまりにもやる気の無い態度を見せてはシジアンに失礼だし、人間関係が行き詰まる可能性もある。
そして昨日の夜ドライズに言われた事を思い返した。
――もう一度変わるべき、か……。
シジアンとは良好な関係を築いて行きたい。
「いや、すぐに行くよ」
打算的な動機で少し自分が嫌になるが俺はそう返事をした。
『判りました。それではお待ちしております』
その言葉を聞いた後、通話を切ってベッドから降りる。
「さぁって、気合い入れていこう」
と、大きく伸びをして、身支度を始めた。
……ところでふと、思う。
「……そういやシジアンに端末の番号教えたっけ?」
……記憶には無い。が、現に電話が掛かってきているのだからシジアンは知っているという事で間違い無い。つまりはドライズかルクシエラさんに聞いたって事だろう。うん。
部室前。
人間とは同じ過ちを繰り返す生き物だ。
「おっはようございまーっす! 今日も一日がんばろーっ!」
元気たっぷりに意気揚々と、俺は部室の扉を開いた。
「え??」
……デジャブ、だろうか。部室にはシジアン以外にもう一人。
「マー君? マジで? なんかキャラ違くない!?」
短めの金髪を太い二つ結びにした黄色いローブの少女。
「……」
例にもよって、俺は部室の扉をそっと閉じた。
「ちょ、まっ——」
……俺がこの学園の生徒に劣等感を抱いて壁を作ってしまっているのは良く無いことだと自覚しているが。
それはそれで置いておいて。
普通に苦手なヤツが居る。
俺は意を決して、もう一度部室の扉を開けた。
「おはよう、シジアン。良い朝だな」
努めて平静に振る舞い、シジアンに挨拶する。
「おはようございます、先輩」
俺の扱いには慣れたのか、シジアンは特にリアクションも無く俺に合わせてくれるが。
「いやいやいや! 今のを無かった事にするのは不可能だよ!!?」
触れて欲しくないところにぐいぐい突っ込んでくる黄色いヤツ。
クラスメイトの一人、エクレアという女子だ。
「完全に別人だったよ!? いつもの『俺に関わるんじゃねぇ』っていう排他的なオーラは何処にいっちゃったの!?」
俺、普段そんなオーラ身に纏ってんのか。初めて知った。
「うるさいな……なんでコイツが居るんだ?」
俺は基本的に馴染みの無い人間には下手に出る。が、コイツことエクレアはあまりにも鬱陶しすぎてもうそんな事気にしないでぞんざいに扱う様になってしまった。
「わぁお冷たい! やっぱりいつものマー君だ。エクレアちゃん泣いちゃうぞ?」
なんて、涙のなの字も見せないようなにやけ顔で言われても反応に困るだけだ。
「新聞部の取材だと言って先ほど突然やってきたのです」
「そんな予定があったのか」
「いえ、予定なんてありませんでした。先ほど急に突撃してきたのです」
はた迷惑な事この上ないが、エクレアはそういう事を平気でやるタイプだ。
「やれやれ。こういう時には事前にアポイントメントを取るものでしょうに、常識がないのだから」
と、シジアンは呆れながら言い捨てる。
「げふっ!?」
俺は流れ弾を喰らって吐血した。
「せ、先輩? どうしましたか?」
「いや、なんでもない……」
その昔、とある魔女の所へアポイントメントも無しに突撃したヤツが居たことを思いだしてしまった。
あはは、常識が無いか……ぐすん。
「まーまーそう言わずに!」
「はぁ。少しだけですからね?」
シジアンは面倒くさそうに眉間に皺を寄せつつ返答する。シジアンにしては珍しい対応だ。レンや俺とのやり取りでは丁寧で落ち着いた様子で振る舞っていたのに、エクレア相手には何処か砕けた雰囲気を感じる。
……それだけ、エクレアという人間のウザさレベルが半端ないという事か。
「一年生にして部活動を開設した若き天才マジッククラフターに迫る……! なんてね」
メモ帳とペンを取り出してそう見出しを書くエクレア。しかし、
「別にボク自身はマジッククラフトは大して得意でもありませんから。天才と称するのは辞めてください」
シジアンはきっぱりとそう言った。
「え、そうなんだ」
「え、そうなんだ」
やっべ。思わずエクレアと一言一句同じリアクション取ってしまう。
「わっ今マー君とハモったね!? 以心伝心ってヤツ!?」
うおぉぉうぜぇ……。エクレアの前では迂闊に思った事口に出来ないな……。
「っとと、それはさておき……じゃあ何でこの部活動を開設したの?」
「それは……」
ふと、シジアンは言い淀み視線がチラリとこちらに向く。
ひょっとして、俺に聞かれたく無い話だろうか。
「席外そうか?」
俺が訊ねると、シジアンは首を横に振った。
「いえ、すみません。大丈夫ですから」
そして、続ける。
「ボクにとってとても大切な人が、マジッククラフトが得意だったのです。それで、憧れがあったので自分でも始めてみようと」
「おお! 何々、大切な人って!! ひょっとして初恋!!?」
「……これ以上は答えません。プライバシーの侵害ですから」
「うっ、ソレを言われると厳しいなぁ……」
流石に引きどころは弁えているのか、エクレアはこの件についてはそれ以上深追いはせず、更に軽く幾つかの質問をして。
「ふむふむ、よーし、こんなものでいいかな。ご協力ありがとうございましたー!」
満足げにメモ帳を閉じて、そそくさと去っていた。
「……嵐みたいなヤツだな、ったく」
「ええ、全く。でも、そこに少し可愛げがあります」
シジアンはくすりと笑って居た。なんと言うか、大人の余裕というか妹を見守る姉のような気配を感じてしまう。いや年齢的に立場逆だろうと思うが。
「さて、気を取り直して……部活動始めるかぁ」
改めて、俺はマジックアイテム作成に取りかかる事にした。
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