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【第二部完結】俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~  作者: 岩重八八十(いわじゅう はやと)
第2部 最弱の八天導師

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90話 〝最弱の八天導師〟

 ――俺は、生きているのか?

 意識が朦朧としている。それを微かにつなぎ止めるのは左肩に走る激痛。

 ぼやける視界の隅に、俺の〝左腕〟だったモノが見えた。


『ふーん。結構本気の攻撃だったのですがー。咄嗟に急所は躱しましたかー』

 ははっ、情けないな……。何が一矢くらい報いることができる、だよ。

 荒れた、ひび割れた大地に、無力に転がる石ころ。それが今の俺だ……。


『前言撤回しまーす。キミ結構強い、というか場数を踏んでるみたいでーす。魔力の量は少ないですけどー経験が豊富なんですねー。最初の奇襲を避けられた事にも納得しましたー』

 トーラの言葉が胸に響く……。場数? 別に俺、そんなゴリゴリ戦ってる訳でもないんだけどな……。


『けど、即死は免れただけでもう瀕死ですねー』

 そうだ。俺は結局何も出来なかった。ハルカやキータの為に、ドライズやルクシエラさんの為に、戦うって。出来る全てをやるって言った筈なのに……。


『トーラちゃんは人間の全てが大好きでーす。人間が喜ぶのも、苦しむのも、どっちもみててたのしーでーす。だから今ちょこっとだけ悩んでまーす』

 ケタケタ笑い声のようなモノが心を揺さぶる。


『どうせほっといても死ぬと思うのでー。そのまま弱っていくのを見るのもたのしーと思いまーす。でもでも、可愛そうなのでひと思いに殺してあげるのもアリだと思いまーす。どっちでも楽しめてしまうので、悩んじゃいまーす』

 人が喜ぶのも、苦しむのも見てて楽しい、か。


 この人の言う『大好き』はなんて歪んでいるんだろう。でも、判る。伝わって来る言葉は嘘偽りの無い本心だ。そしてこの人にはきっと『悪意』は一切無い……。


『結論が出ましたー。トーラちゃんはやさしー女の子なのでーキミ自身の気持ちを尊重してあげたいと思いまーす』

 暗紫色の魔力が形どる人影が、片腕を切り飛ばされ倒れ伏す俺へと歩み寄る。


 そして両膝を突いて俺の前に座り、俺の顔を持ち上げて。

 暗紫色一色でパーツ一つ判らない顔を俺に向かい合わせて、心に語りかける。


『キミはどーしたいですかー? さっくり死んで、次の人生を始めますかー? それとも、無駄に足掻いてみますかー?』


 俺、このまま死ぬのか。何も出来ず、何も為せず。

 痛い。

 苦しい。

 辛い。

 もう、目を閉じたい。


 全部投げ出して、楽になりたい……。


 それが俺の、心――


「……し……ろ……も」

『うーん? 聞こえないでーす。もっとはっきり喋ってくださーい。あ、それとももうそんな力も残って無いですかー? それじゃあ見守りコースでーす』

 トーラは抱え上げた俺の顔を地面に戻して、離れていく。


『えっとーこの子達はー。あれあれー? 成長が思ってたよりずっと遅いですねー。何か余計なモノでも混入しているのでしょーか?』

 トーラはハルカとキータが眠る白い球体を見上げて、そう独り言を零した

 その背中に。


 俺は残された右腕で拾い上げたハルベルトを、突き立てた。

  

 空を切るような感触。殆ど抵抗がなかった。


 判る。


 〝一切効いていない〟


 だとしてもッ!!


「石ころにも……譲れない意地は……あるんだ……!」  


『……』


 ハルベルトに身体を貫かれたまま、くるりとトーラが俺の方を向く。

 そして――

 多分、笑っていた。


『すごい、すごーい! へぇ、こんじょーありますねキミー!』


 俺の心は悲鳴を上げていた。

 なんで立ち上がるんだ?

 なんで戦うんだ?

 勝てるような相手ではない、そう直感しているのに。

 俺なんかじゃ何もできないって判りきってるのに。

 もう耐えられないくらい辛いのに、苦しいのに。

 それでもなんで、戦うんだ……?


 ――決まってる。


 全身を槍で刻まれ、左腕を切り飛ばされ、ズタボロになった身体でも。

 俺の胸には、まだ、確かに。


 赤い羽根の勲章が輝いていた。


「俺は、〝八天導師〟……前言撤回なんてしなくていいさ。間違い無い。俺は〝最弱の八天導師〟だ」

 決意なんてもう済ませていた。

 闇の中で漂っていた時、謎の意志に見せた、その心こそが俺の本当の意志。


 目先の痛みも、苦しみも、全部、全部――


 俺の大好きな人たちの笑顔を思い浮かべれば、忘れられるッ!!


「アンタは今の社会に、俺たちの世界に、相応しくない」

『それは現代いまの子達が間違えてるんですってばー』

「原初の魔力――〝拒絶の闇〟トーラよ!」

 ハルベルトを引き戻す。大地を踏みしめ、倒すべき敵を見据える。


「魔導を管理する八天導師が一翼として。炎天ファルマが、お前を討伐対象として認定するッ!!」

『見る限り限界じゃないですかー。何処にそんな啖呵を切る元気が残ってるんですかー?』

 今の俺を動かしているのは、ちっぽけなプライドと張りぼての義務感だけだ。


 俺はまだ、生きている。

 あの言葉を、嘘にはしたくない。


「俺に出来る全てをやるんだッ!!」


 楽だからって諦めて死ぬなんて、そんなの、みんなに、顔向け出来ない。


『トーラちゃん、生きてはいないんですけど長い時間を見てきたのでー。こーんな考え方があるのも知ってまーす。〝しつこい男は嫌われる〟だそーでーす』

 突然、暗紫色の人影に、色が付いていく。


 アメジストのような透き通った紫色の髪が靡く。肩まで伸びた二つ結びで天然パーマ。一見するとキャミソールのように簡素なひらひらしてお腹の部分が開けたワンピース状の上着とスパッツなのかショートパンツなのかよくわからないがかなりシンプルな服装だ。人影の時点で小柄に見えたが、色が付き姿形がはっきりする事で本当に、子供のように小柄である事が判った。


『それも数ある人間の考え方なのでひてーはしませーん。でもでも、トーラちゃんは逆でーす』

 表情は俺が想像していたとおり。

 何の迷いも、疑問も、憂いも無い。

 まさしく、屈託の無い、


 狂気的な満面の笑顔だった。


『苦しみながらしつこく抗うキミの姿はーとぉっても人間的でかわいーとおもいまーす』

 暗紫色の魔力が、俺の左腕を斬り飛ばした大鎌の形を取る。


『トーラちゃん、キミの事好きでーす。ファルマくん、名前覚えましたよーだからファルマ君も、トーラちゃんの事、覚えてくれると嬉しーでーす』

「あんたの〝好き〟は歪んでるから俺は嬉しくないなッ」

 俺はきっぱりそう断って、ハルベルトを真上に投げた。


 そして開いた右腕で懐から最後の切り札を取り出し、握りつぶす。

「『強度N範囲タイプE』」

 投げたハルベルトを右腕で受け止めると同時に、その魔法を発動した。


「『破魔のルクスエクラ』ッ!!」

 全身を暖かい光が覆う。範囲タイプEは自分自身と装備、全身の表面への展開だ。


『あ、それゲーテちゃんの〝破滅の光〟ですねー。まだ持ってましたかー。トーラちゃんの天敵でーす』

 天敵と言いつつもトーラの笑顔は崩れない。


『でも、そーんなうっすいうっすい量じゃトーラちゃんには全然効きませんよー』

 トーラが大鎌を振り上げた。俺も、片腕でハルベルトを振るう。

 けたたましい金属音が飢えた世界に響き渡った。

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