9話 友達はできそう?
「はは、友達、友達ねぇ……」
俺は机の上で指をこねくり回しながら窓の外を眺めた。
「す、すみません! 傷つけるつもりはなかったのですが!!」
シジアンはぺこぺこ頭を下げて謝るが、気にしないで欲しい。
悪いのは変に壁を作っている俺自身だと判っているから。
……この学園は特別な人間が集まる。それこそ、今日関わったレンだってそうだ。
〝落書き〟であんなに精密な魔法陣を何個も作る事なんて普通はできない。
この学園の人間は皆、〝特別な何か〟を持っているんだ。
――俺は特別じゃ無い。
かといって別に、大きな挫折があった訳でもない。
本当に、何の物語性も無い普通の……〝その辺の石ころ〟なのだ。
そう思うと、自分があまりにもちっぽけに感じてしまう。
良く無い物だと判っていても、劣等感を抑える事はできない。
みんな、あまりにも眩しすぎる。
それでも俺がこの学園に身を置くのは。こんな俺でも、この学園に導いてくれたルクシエラさんへの義理だ。
あの人は本当に自分勝手で。気がついたら入学させられていたのだからとんでもない。でも……その真っ直ぐすぎる親愛は俺にとって掛け替えの無いものでもある。
「……先輩?」
ぼんやりと余計な事を考えすぎた。シジアンは本当に心配そうな眼差しを向けている。
「大丈夫、気にしなくて良いよ」
「は、はい」
「それより、そろそろ部活動の内容について教えてくれないか?」
「そ、そうですね!」
閑話休題。
シジアンに部活動について説明をして貰う。
「活動内容としては、“マジックアイテムを作る”の一言に集約されます」
部活動としては、制作したマジックアイテムを月に一つ校長に提出すれば良いらしい。
「種類や質は問いません。一般的なレシピにある物でも構いませんし、完全にオリジナルの作品でも問題ないです」
「月に一つ、種類や質は問わないって……マジックアイテムについては詳しくないけど、小規模な奴だったら属性除けのお守りとかだよな? あれって二、三日で作れるんじゃ……」
「いえ、軽い付与効果を持った程度なら初心者の方でも数時間で完成させられるかと」
「ノルマ、低くね?」
やろうと思ったら適当なアクセサリーを一日で作って、後は部室で適当にダラけていても問題ないという事だ。
「ティアロ様の意向としては、成果物そのものより活動や学生同士の交流などで放課後の時間を有意義に使うという課程を重視しているようです」
「サボりが摘発された身としては耳が痛いな……」
「ボクの方からも学園が課しているノルマ以上の活動を求めたりはしません。ですから、たとえ活動に関係の無いことでも自由になさって構いませんので」
シジアンから伝えられる魅力的な言葉。つまりやりようによっては単に場所が寮室から部室に変わっただけでダラけて過ごして良いと言うことだ。
けれど。
「自由にしていいって事は、どんどん作って良いって事だよな?」
部活動には真面目に取り組むと決意して来たのだ。俺は腕をまくって、マジックアイテム制作に取り組むことにした。
とりあえず、初心者用のレシピを開く。流石初心者向けなだけあって内容は簡単だ。魔法効果を付与したい道具に、魔法陣を刻む。あとは魔力をチャージすれば出来上がり。
一番簡単な物は属性除けのお守りだ。
あらかじめある属性の魔力を込めておく事でその属性の加護を得る。ただ詰めただけの魔力では使用者に明確な効果を及ぼしはしないもののその属性が有利となる属性による魔法や魔導を受けた際に魔力を打ち消して被害を低減してくれる。
俺は早速、道具棚を物色し指輪を一つ取り出した。それから、大きめの用紙に刻む魔法陣を描き写す。あとはその用紙の上に指輪を乗せて、
「『転写』っと」
つん、と指輪をつつくと指輪の表面に縮小された魔法陣が刻み込まれた。これは既に描いてある魔法陣を別の物質にコピーする汎用魔法だ。
「で、魔力を込めて……」
試しに指輪を握りしめ属性をチャージしてみる。
が。
作ったのは魔法の被弾時に効果を発揮する代物だ。魔力を込めただけでは動作確認にならない。
「シジアン、ちょっと闇属性の魔法撃ってくれない?」
「判りました。『第一暗黒魔法』」
シジアンは闇系の基礎魔法の中で最も威力の弱い物を発動した。小さな黒い球体が空中に現れ、指輪へと飛んでいく。
黒い玉が指輪にぶつかろうとすると、指輪がカッと白く輝いて黒い玉を消し去った。
「お。成功だ」
どうやら無事に制作できたらしい。
初めての割には妙に手際よく事が進んでしまった。
数時間どころか数分しか掛かっていない。
「なんか、めちゃくちゃ早く終わっちゃったな」
肩すかしを喰らった気分で呟く。
「普通はまず魔法陣をレシピから描き写すのに時間が掛かります。それから、『転写』の際に魔法陣の縮小倍率などの感覚を掴むのに苦労する物なのですが……流石先輩です」
おお、なんか知らないけど普通より凄いことをしたらしい。
ひょっとして俺才能有る?
――なんて、な。そんな訳無いか。偶然の産物だろう。
この後練習として属性除けのお守りを何個か作ってから解散した。
◇ ◇ ◇
「ただいま」
寮室に戻ると、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「おかえりー! ご飯丁度出来たところだよ!」
ひょこっとエプロン姿のドライズが顔を見せた。
ドライズは料理が趣味であり、練習という事で夕食を提供して貰っている。
因みにその事をこの前リーゼに喋ってみたら、
『あら。まるで彼女か新妻じゃない』
と言われた。……いや、男同士なんだけど。俺にその気は無いから勘弁して欲しい
さて、奥へ入って行くと食卓にこんがり焼けたステーキ二人分が並んでいた。
「え、なんで今日はこんな豪華なんだ? なんかあったっけ?」
俺が首を傾げると、ドライズはさも当然と言わんばかりに、
「え? 君が部活動を始めたお祝いだけど?」
と言ってくるので呆れてしまう。
「はぁ? わざわざそんな事で……」
俺が座ると、ドライズも正面の方に座って。
「それで? どうだった? 上手くやれそう?」
と、捲し立ててくる。……前も思ったけどこれって彼女って言うより母親じゃないか? いや、男なんだけど。
とりあえず俺は少しふざけて。
「顔面パンチ喰らった後にボディブローされたな」
と言ってみた。
「……そんなバイオレンスな所に行ったの?」
「なんて、冗談に決まってるだろ。今のは俺が今日見た幻覚の話だよ」
「君、日常的に幻覚見てるの?? 頭大丈夫??」
違う意味で心配された。
その後、ステーキを食べながらも話は続く。
「友達はできそう?」
「別に、後輩が一人居るだけの小さいところだぞ。……あ、でもレンさん、もといレンとは今後関わっていくみたいだったな」
「そっか。まずは小さな一歩から、だね」
ドライズは自分の事のようにほっと安心した様子を見せた。
「なんでお前が一喜一憂してるんだよ。関係無いだろ、お前には」
バツが悪くてそっぽを向きながらそうぼやく。するとドライズはため息を吐いた。
「君がそんな事を言うのかい?」
「う……」
言葉が詰まる。
「あーあ。独りぼっちだった僕の心を強引に開いて来た君は何処へ行っちゃったのやら」
「あ、アレは若気の至りでだな……」
何年前の話だろうか。上手く思い出せないが。
「僕が何度突き放しても絡んで来たじゃ無いか。あの時の豪胆さはどうしちゃったのさ」
「寧ろそれでメンタルポイントゴリゴリ使った感はあるんだけど」
「何そのポイント。無くなったらどうなるの?」
「泣く」
「代償やっす」
いつもの様に無駄話をしながら食事を続けた。
そして、後片付けをしていると。
「誰かの支えがあるから人は生きていける。人と繋がることの強さを僕に教えてくれたのは、君だ。そんな君が今は独りで居るんだから、そりゃ心配もするさ」
俺は片付けを手伝いながら言葉を返す。
「昔は昔だっての。お前が変わったように、俺も変わったんだ」
「だとしたら……もう一度変わるべきだ。少なくとも今の君は、苦しそうに見える」
「……ま、善処はする」
俺は片付けを終えて、そのまま逃げるように二段ベッドの下段に潜り込んだ。
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