真の、能力。
時間と神経を使い小さなクリップをやっと浮かせる、そんな無意味さに気付いて現実的に動き出す。
ついに目覚めた落ちこぼれサラリーマン。
分かった。力というものを。
精神を集中し時間と神経を消費し小さなクリップを動かすより、物事の道理を理解しプロペラとバッテリーで遥かに大きなものを縦横無尽に操る力。
私は休みが明けると改善を始めた。
保管してある帳票を総入れ替えする。ダンボールに表題を上にして何冊も重ねた帳票を、縦に並べて入れ替えるのだ。
表題が見えなくなるが重ねても見えるのは上の綴りだけなので違いはない、背表紙は付けずに上蓋の裏に帳票目録を付け一目で分かるようにした。
保管してある使用済み帳票といっても、損金計上などで事業税免除の申請をする際関係省庁に提出するなど契約書原本などしょっちゅうダンボールから出す必要がある。
今回の改善でその作業時間が大幅に短縮されるはずだ。問題点と改善策、目論見を上げ、必要な人員と時間を申請した。
効果は明らかですぐに他部署からも評価された。今までが遅すぎたのだ。
文書管理に新しい担当者が配属され、私は異動になった。もともと配属されていた営業だ、返り咲いたというわけだ。
相変わらずアポ取りの電話をバイトまで雇ってやっている、闇雲に出かけていっても経費と時間ばかりなので見込みのある客先を絞り込むというわけだ。
アポ取りの電話はせず、まずは徹底したスクリーニングを行った。
住宅種別、購入日(入居日)、借り入れ状況、返済状況、年齢、結婚、勤続年数、年収、扶養家族。ありきたりの要件を更に精査し、借り入れ状況と返済状況の詳細を開き、近々の契約内容と類似案件を探す。不明は除外だ、分かるものを絞り込む。
朝から晩まで大人数で連絡するのが不要なほどに絞られた。検索エリアは近隣のみだがなんとか一人でやれる物量になった。
物量もそうだが、絞ることによって属性が分類されると話法も変わる。リフォーム時期、他社借入については口にしないが金利や返済件数の利便性、家族のライフイベントなどビジネスチャンスは際限がない。痒いところに手が届く、というやつだ。
2ヵ月後、エリアの半期予算を一人で達成した。当然月次報告にも手法を記載し社内共有化を行っている。
日々、アイディアが次々と湧き必要な人間に必要な質問を行い、改善案が導かれ、やる気と力が湧いてくる。
2年目の女性社員も同期の上司も、殆どの社員が私に敬意を払い次の動向やアイディアに傾聴する。
クリップと比較にならない大きなものを動かす、これが真の力か。
次号完結。