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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第10章.会者定離
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第98話.運命の流れ

 青い秋空の下、王都全体が騒がしかった。今年の11月にも『豊かの期間』が訪ねて……『祭り』が始まったのだ。

 もちろんの話だが、王都の祭りはデイルの祭りとは比べにならないほど規模が大きい。数万を超える王都の住民たちの大半が街で騒めく光景は壮観だ。しかし規模は違っても、祭りを楽しんでいる人々の顔は同じだ。

 広場の中央で楽器を演奏する人たち、その周りで楽しく踊っている人たち、お菓子などを馬車で路上販売している商人たち、お菓子を手に持ってはしゃいでいる子供たち……今年の秋は少し寒いけど、寒さすら祭りを楽しもうとする心を止めることはできないようだ。

 僕はエルナン王子と一緒に王城の高い城壁に登って、活気あふれる王都の街を見下ろした。数えきれないほど人々が各々の感情をあらわにしていた。多くの気持ちと多くの人生が交差する街……それは眺めているだけど胸がいっぱいになる風景だった。


「……いいな」


 ふと王子が口を開いた。


「ラべリア王国の祭りって、本当に活気あるな」

「それはそうだけど……ペルガイアにも『豊かの期間』の祭りはあるだろう?」


 僕が聞くと王子は頷いた。


「あるさ。でもペルガイアの祭りは……ちょっと硬いよ」

「硬い?」

「うん。祭りが始まるとみんな教会に集まって、深刻な顔で一年の反省をするんだ」


 王子は苦笑した。


「まあ、その後は音楽や食べ物を楽しむけど……ここと比べたら雰囲気が硬いのさ」

「なるほど」


 確かペルガイアは、長い間戦争に巻き込まれていたと聞いた。そういう苦難の歴史を持っているから……祭りも厳粛な雰囲気なんだろうか。


「それにしても……出たかったな、弓術の大会」

「出ればいいじゃないか」

「私は大会の審査員として招待されたから、選手として参加することはできないんだよ」

「そうか」


 王子の残念そうな顔に僕も苦笑した。


「アルビンは出ないのか? 弓術の大会」

「うん」

「どうして? 君の実力なら優勝も狙えると思うけど」


 僕が答えに迷うと、王子が笑った。


「まあ、君のことだ。人々の目を引きたくないからだろう?」

「うん、そうだな」


 僕は素直に認めた。


「僕はついこの間まで王都を騒がせたからな。なるべく静かに過ごしたい」

「君らしい発言だ」


 王子が頷く。


「よし、それじゃ私たちの弓術の大会を開こう!」

「え……?」

「今夜大会が終わった後、訓練場で二人だけの大会を開くのさ」

「いいね」


 王子と弓術を競うのか。想像しただけで胸がドキドキする。よし、こうなったら絶対勝ってやる……と僕は内心決意を固めた。


---


 夕べになり、太陽はもうとっくに沈んでしまった。しかし王都の街は無数のランタンの光に照らされ、まるで昼のように明るかった。そして人々はその明るさの中で祭りを楽しんでいた。

 僕はフードを被って顔を隠したまま人混みの中を歩いた。少し不審者に見えるけど、裁判の時顔が知られたから仕方ない。

 子供も老人も、男も女も、みんな楽しい笑顔で騒めいていた。その中を一人で歩いていたら……少し複雑な気持ちになった。

 人々の笑顔を間近で見ているだけで、僕にも楽しい気持ちが伝わってくる。しかし同時に、僕は自分の傍にアイナがいないことを改めて思い知らされた。

 昨年の祭りはアイナと一緒だった。だから小さくて素朴な祭りでも楽しかった。ケーキを食べているアイナの笑顔を見ているだけで幸せだった。しかし今は僕一人だ。

 こんなに寂しい気持ちを味わうことになるとは……いっそ王城で研究しているレオノラさんと一緒にいるべきだった。僕は何で一人で祭りを楽しもうとしたんだろう。弓術の大会が早く終わってエルナンと一緒に弓を引きたい……。

 ここにいても余計に寂しくなるだけだ。そう考えた僕は少し肩を落として王城に戻ろうとした。しかしその瞬間、僕は予想外の驚きに立ち止まってしまった。


「あ……!」


 僕の前には屋台があった。そしてその屋台の後ろには一人の女性が立っていた。銀色の髪、真っ白い肌、尖っている耳……。


「ミレアさん!」


 その女性は昨年の祭りで僕の運命を占ってくれたミレアさんだった。一年ぶりなのに、彼女の姿を見た途端、不思議にも名前が思い浮かんだ。


「アルビンさん」


 ミレアさんも何の迷いもなく僕の名前を呼んだ。


「久しぶりですね」


 ミレアさんはまるで女神のような笑顔を見せてから、両手を胸の前で合わせて頭を下げた。僕は驚いたまま「久しぶりです」と挨拶を返した。


「どうしてミレアさんがここに……」

「私は普段都市で仕事をしています。特に王都の祭りは商売機会なんですよ」

「なるほど……」


 何か嬉しかった。この思いがけない再会で、僕の寂しい気持ちも少し晴れた。


「でも今私がここにいる理由は……ただ商売機会のためだけではありません」

「じゃ……」

「アルビンさんに会いに来たんです」

「僕に?」

「はい、ここに立っていればアルビンさんに会えると思いまして」


 僕は目を丸くした。


「こんな人混みの中で、どうして僕に会えると思ったんですか? まさか占いですか?」

「いいえ、私だって自分自身の運命を占うことはできません」

「それじゃ……」

「何となく会えるような気がしたんです」

「そんな……」

「ふふふ」


 ミレアさんが面白そうに笑った。


「世の中って、不思議なことでいっぱいですよ。特に人と人の巡り合いなんて、本当に不思議だらけです」

「それはそうかもしれませんが」

「アルビンさんも人に巡り合って運命が変わったんでしょう?」


 僕はミレアさんの占いを思い出した。初見の女性に会って、運命が変わるって……。

 確かに僕の運命は変わったかもしれない。田舎の羊飼いだった僕が、今は王都を騒がせた張本人になっている。しかし……結局のところ『初見の女性』は誰のことだったんだろう? ケイト卿? 姫様? リナさん? ヒルダさん? レオノラさん? エリン? ラナ?


「運命は変わったかもしれませんが、『初見の女性』が誰だったのかは分かりません」

「なるほど」


 ミレアさんが頷いた。


「昨年の祭りから、私は時々アルビンさんの占いについて考えてみたんです。占いを自ら拒否する運命なんて、私にも初めてでしたから」

「そうですか」

「はい。そして先日アルビンさんの噂を聞いて……やっとその理由が分かったんです」

「理由……?」


 ミレアさんの顔から笑みが消えた。


「アルビンさんは多くの運命を背負っています。過去から未来に繋がる大きな運命の流れ……それがアルビンさんなんです」


 僕は息を殺した。


「だからこそ、アルビンさん一人の運命を占おうとしても無駄だったんです。小さな窓を通じて世界の広さを知ろうとすることと同じく……無謀な行為でした」


 ミレアさんが小さく苦笑した。


「でもそれが分かった今……どうしてもアルビンさんに伝えたいことがあります」

「何でしょうか」

「多くの運命を背負ったアルビンさんには、これからも数えきれないほどの苦痛が待っているでしょう。でもどうか……自分自身の幸せを諦めないでください」

「……分かりました」


 僕が答えると、ミレアさんは再び美しい笑顔を見せてくれた。

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