第97話.同じ目線
僕は木剣を持った手を下ろして、呼吸を整えた。
「今日はここまでにするか」
一緒に剣術を鍛錬していた『友達』が言った。僕は頷きながら「うん」と答えた。
僕の友達……それはもちろんエルナン王子のことだった。一週前、彼からいきなり「友達になってほしい」と言われた僕は……本当に王子の友達になってしまった。
「でもさ、アルビンって本当に体力凄いな」
「そうか?」
「うん、基礎体力ならもう騎士にも劣らないと思う。一体どういう鍛え方したんだ?」
「い、以前は羊飼いだったし……ずっと歩いたおかげなんじゃないかな」
「それだけで……?」
王子が眉をひそめた。彼が疑うのも無理ではないと、僕は内心苦笑した。
僕の体力の秘密はもちろん『世界樹の実』だ。僕が傷ついたり、疲れたりすると『世界樹の実』が魔法の力で勝手に回復させてくれる。本当に便利だとしか言えない。
「基礎体力が凄いから、すぐ強くなれるんだよな。後2,3年したら私なんか相手にならないかも」
「いや、流石にエルナンには勝てないよ」
「そうかな……今もギリギリだと思うけどな」
僕は王子と一緒に王城の中をゆっくりと歩きながら、いろいろ話した。時々王城の侍女たちが羨望の眼差しでこっちを見つめた。まあ、王子と一緒にいれば普通のことだ。
「……そう言えばさ」
「うん」
「私、帰国日程が決まったんだ」
「そうか。いつ帰国するんだ?」
「11月最後の週だ。本格的に冬になる前に帰国しなければならない」
「もうすぐだな」
「うん、もうすぐだ」
エルナン王子が我が王国を訪ねたのは、姫様と婚約するためだ。王子の話によると婚約自体はもう確定されたけど、正式に婚約式を挙げる前に姫様がパバラ地方へ出陣なさったから……王子も仕方なく帰国することになったらしい。
「来年また来るから、その時もよろしく」
王子はまるで子供みたいな笑顔でそう言った。僕は「ああ」と答えて、少し不思議に思った。
僕がずっと見てきたエルナン王子は完璧で優秀な人間だった。本当に童話に出てくるような王子様だった。しかし実際話してみたら……意外に子供っぽいところもあるし、くだらない冗談もよく言う。おかげで僕は彼とすぐ仲良くなれた。
「エルナン、一つ聞いてもいいか?」
「何だ?」
「どうしていきなり……僕に友達になってほしいと言ったんだ?」
僕の質問に王子は少し悩んでから答える。
「……たぶん私は、同じ目線の友達が欲しかったんだと思う」
王子の顔に乾いた笑みが浮かんだ。
「12歳で社交界に正式に乗り出した以来……私は常に優秀で冷静沈着で慈悲深い王子様を演じているんだ」
「12歳の時からか……」
「でも……君にはもう分かるだろう? 私はそんな大人びた人間ではない。まだまだ子供さ。政治とか外交とか、そんなものより……友達と剣術について語り合いたい」
「なるほど」
だがまだ疑問は残っていた。
「しかし……何故僕なんだ? 僕は平民だし、王子のエルナンと同じ目線になることはできない」
「いや、君だからできるんだ」
王子は真面目な顔で僕の言葉を否定した。
「襲撃事件で君に出会った時、私は素直に感服した。そして君が貧民を助けるために騎士と戦ったという知らせを受けて……確信したのさ」
「確信……?」
「ああ。君は人々を守るためなら、たとえ相手が王族だろうが貴族だろうが騎士だろうが……一歩も引かずに戦う人間だ。特別すぎる」
「いや、僕は……」
「そこは否定するなよ。友達に嘘をつくつもりか? 」
王子が子供っぽい笑顔になった。
「そんな君だからこそ、私と同じ目線の友達になってくれるはずだと確信した。そして、ほら、この通り私たちは友達になっている。私の判断が正しかったってわけだ」
「そういうものかな……」
僕は苦笑した。
「でも……いいのか? 平民の僕と友達になると、エルナンとしてはいろいろ都合が悪いはずだけど」
「君はまだ自分の立場を理解していないんだな」
王子は人差し指を立てて左右に振った。
「君はこのラべリア王国の英雄だ。もちろん貴族の中では君のことを嫌っている人も結構いるだろうけど……それでも君が英雄だということには変わりない。そんな君と親しくなると、私はラべリア王国の民心を味方につけることができるのさ」
僕が……そこまで大した存在なのかな。
「本国にもそう報告して納得させた。まあ、金貨5千枚は流石に怒られたけどな」
「すまない……」
「この借り、後で返してもらうよ」
王子がまた子供みたいな笑顔になった。
「僕は……自分自身がそんなに凄い人間だとは思えない」
「そうか。でももう手遅れさ」
「手遅れ?」
「人々は君に英雄としての役目を期待しているし、何かあったら頼ろうとするはずだ。そんな人々を君は見捨てることができるかい?」
僕は答えなかった。
「見捨てられないのなら……自分に任された役目を精一杯演じるしかないさ」
「演じるのか……」
「まあ、心を許せる友達の前では……少し息抜きできるけどね」
その瞬間、僕は王子がどういう視線で世界を見ているのかを理解した。
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日課を終えて、僕は柔らかいベッドに身を任せた。牢屋の固い地面に比べたら本当に最高だ。
ふと王子の言葉を思い出した。エルナンは同じ目線の友達が欲しかったと言った。そしてそれは……僕も同じだったのかもしれない。
考えてみれば、僕には『同い年の友達』がいなかった。デイルにいた時も、村の子供たちは全部僕より年下だった。そして僕の上には大人たちがいた。
つまり僕には『可愛い妹たち』と『尊敬できる師匠や上司たち』はいても……『同じ目線で話せる同性の友達』はいなかった。一緒に悩んで、一緒に馬鹿な真似をして、一緒に世界を学んでいく友達がいなかったのだ。
そしてそれは王子も同じだった。だからこそ身分の差を越えて友達になれたのかもしれない。本当に不思議で……嬉しいことだ。
でもここから1ヶ月後には、せっかくできた友達と別れなければならない。何か最近は別ればかりだ。流石に寂しいけど……いつかは大事な皆と再会できると、信じているしかなかった。