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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第10章.会者定離
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第96話.打ち明け

「そこまで改まる必要はないよ。座ってくれ」

「はい」


 僕は身を起こして王子の真正面に座った。緊張で顔が少し熱くなった。

 王城で半年近く住んだおかげで、僕も貴族たちにはある程度慣れたけど……やっぱりエルナン王子の前では緊張してしまう。それはただ彼が王族だから、というわけではない。

 絵に描いたような美少年で、判断力も行動力も素晴らしい上に、剣術も弓術も一流だ。ペルガイアの人々からはもちろん、我が王国の人々からも尊敬されている。僕と同じく18歳なのにもう感嘆詞しか出ない。本当に特別な人間ってのは……こういう人のことなんだろう。


「急に呼び出して、本当にすまない」

「いいえ」


 僕はゆっくりと首を横に振った。そんな僕を凝視しながら、エルナン王子が口を開く。


「一度はこうやって君と直接話してみたかったんだ」

「自分も……王子様とお話してみたいと思っておりました」

「そうか」

「はい。何よりも、お礼を申し上げなければならないと思いまして」


 王子が首を横に振った


「その話はいい。礼には及ばないさ」

「しかし……」


 その時、二人の侍女が部屋に食事を運んできた。


「さあ、食べよう」

「はい」


 王子はスプーンとフォークを手にして、スープやベーコンなどを食べ始めた。僕も同じく食事を始めた。味は文句無しだけど……一国の王子にしては素朴な食事だ。

 いつか姫様と一緒に食事したことを思い出した。あの時も素朴な食事だった。似ているな。


「もっと豪華な食事を用意するべきだったかな」


 ふと王子が言った。僕はまたゆっくりと首を横に振った。


「いいえ、自分には十分豪華です」

「そう?」

「はい、少し前までは田舎の羊飼いでしたので」

「それは聞いた」


 王子が笑顔を見せた。


「あの騎士が言っていたな。君は数ヶ月前までは田舎の羊飼いだったのに、自分より弱い人々のために戦ったって。本当に凄いことだ」

「いいえ」


 僕はスプーンをテーブルに置いた。


「自分は運良く王立軍に雇われて、運良く騎士から剣術を教わっただけです」

「確かにそれは運のいいことかもしれない。しかし命をかけて人々を助けようとしたのは他の誰でもなく君自身だ。それは簡単に真似できないことさ」


 王子の褒め言葉に、僕は自分の顔が更に熱くなることを感じた。


「しかし襲撃事件の時……王子様も多くの人々を助けるために、自ら剣を抜いて参戦なさいました。それこそ真似できないことだと思います」

「それは……少し違うな」


 王子は顔に微笑を浮かべた。


「私は、あくまでも計算して行動しただけだ」

「計算……ですか?」

「ああ。あの場で私が必死に戦う姿を見せると、ラべリア王国の人々にいい印象を与えることができるからな」


 王子もスプーンをテーブルに置いた。


「私は外国の人間だ。いい印象を与えておかないと後でいろいろ活動が難しくなるだろう。だから私は襲撃事件の時、必死に戦おうとしたんだ。君みたいに『人々を助けたい』という純粋な心で動いたわけではない」


 王子は真面目な顔だった。


「どうだ、失望したか?」

「いいえ」


 僕は即答した。


「たとえ王子様のご意志がそうであったとしても、人々を助けたという事実には変わりありません」

「……そう言ってもらえると助かる」


 王子は視線を落とした。


「私は一国の王子として、常に人々の視線を気にしなければならない。勉強する時も、パーティーに参加する時も、戦場で戦う時も……常に『優秀な王子』を演じなければならないんだ」


 僕は息を殺して、王子の話に耳を傾けた。


「だからこそ襲撃事件での君の活躍や、貧民を助けて騎士と戦ったという話に感銘を受けた。私には……君の真っ直ぐな心が羨ましい」


 その言葉に僕は驚きを隠せなかった。僕の方こそ……王子のことを羨ましいと思っていたのに。


「そこで、君に一つお願いがあるんだ」

「お願い……と申しますと?」


 僕が反問すると、王子は一瞬戸惑った。


「その……よかったら私と友達になってくれないか」


 僕は自分の耳を疑った。


「私はもうすぐ帰国する予定だ。それまでの付き合いでもいいさ」

「し、しかし……」

 

 僕は部屋の隅に立っているペルガイアの騎士の顔を伺った。しかし彼は王子の発言に何の反応も見せなかった。


「君はパバラの女伯爵とも友達のような関係だと聞いた。王子だからといって友達になれない理由はないだろう」

「それは……」

「……まあ、無理強いはしないけど」


 沈黙の中で、僕はいろいろと考えてみた。本当に王子と僕が友達になれるのだろうか。


「はい、かしこまりました」


 しかし次の瞬間、僕は頷いた。それで王子の顔が明るくなった。


「じゃ、私のことをエルナンと呼んでくれ」

「流石にそれは……」

「いいんだ。どうせ私は外国の王子だし、この王国の住民である君の上にいるわけでもない」

「でも王子様は我が王国の姫様と婚約なさったお方ですから……」

「それは私の結婚式の後で言ってくれ」


 僕は困惑した。しかしいくら反論しても王子には勝てなかった。


「よし、明日から一緒に剣術を鍛錬しよう」

「はい」

「そこは『はい』じゃないだろう? アルビン」

「あ、ああ……」


 王子はとても楽しいようだった。あの完璧な人間が……今はまるで子供みたいだ。僕は思わず苦笑してしまった。


---


 次の日から、僕は本当にエルナン王子と一緒に剣術を鍛錬した。クロード卿が王都を出てから、そういう楽しくて有意義な時間は久しぶりだった。

 僕の剣術はまだまだ未熟だから、王子がいろいろと助言してくれた。おかげで僕はまた少しだけ強くなることが出来た。そして時間が経つにつれて……僕も王子のことを友達として接するようになった。

 不思議な気持ちだった。僕は田舎の羊飼いから王室魔導士の助手になり、その後は死刑囚になった。それが今は王子の友達だ。本当に神様が存在しているのなら、これからのことを聞いてみたいくらいだった。

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