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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第10章.会者定離
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第93話.生きる希望

 想定外の別れのおかげで、僕は切ない気持ちだった。しかしなるべく明るく振る舞った。それは想定内の別れのためだった。


「今日はレディー二人にこれを捧げよう」


 僕は懐から金と白金のブローチを持ち出して、それぞれエリンとアイナに渡した。二人の妹は歓声を上げて喜んだ。


「とても綺麗!」

「お兄ちゃん、凄い!」


 二人は早速ブローチを自分たちのドレスにつけた。エリンには華麗な金色が、アイナには純情な白色がとても似合う。思った通りだ。


「どこで買ったの?」

「商業地区のアクセサリー屋で」

「高そう……」


 アイナのちょっと申し訳なさそうな反応に僕は苦笑した。


「心配するな。もう田舎の羊飼いではないし、それくらいのお金はあるさ」

「うん……」

「まあ、僕という人間は羊飼いの頃のままだけどな」


 その時エリンが口を挟んだ。


「そう言えば、アイナちゃんから聞いたけど……お兄さんは村一の弓使いだったって?」

「うん、まあね」


 僕は祭りの弓術大会を思い出した。懐かしい。


「じゃ、アルビンさんに一つお願いしてもよろしいでしょうか」

「どうぞお気軽に話してください、女伯爵様」

「この王城でアルビンさんの弓術を披露してください」

「かしこまりました」


 思わぬお願いだったが、僕は潔く承諾した。エリンの気持ちが伝わったからだ。

 もう一人の家族になったとはいえ、エリンは僕とアイナが二人で過ごした日々を知らない。だから少しでも追い付こうとしている。そんな妹の気持ちに応えるべきだ。


---


 僕は王城の東側、王立軍の訓練場に入り……そこの射場に立った。

 流石王立軍の射場だけあって結構広い。的までの距離も、ベルメの城の時より遠い。しかし……決して届かない距離ではない。

 僕は背負っていた弓を手にして深呼吸をした。コルさんからもらった戦争用の弓……こいつを使うのも本当に久しぶりだ。

 エリンとアイナが少し離れたところから僕を見つめていた。いや、僕を見つめているのは妹たちだけではない。侍女たちや王立軍の兵士たちも……遠くから僕の方に視線を送っている。噂の『騎士殺し』に興味を持ったんだろう。ここ最近はどこへ行ってもそんな視線を受ける。でも……そこまで気にする必要はない。

 他人の視線を気にせず……僕は僕にできること、僕に大事なことをやっていけばいい。今は妹たちに兄の弓術を見せてやればいい。


「ふう」


 安定した呼吸と共に、弓に矢をつがえて的を狙った。そして狙いが定まった瞬間、矢を放った。矢は風を切って的の真ん中に刺さった。久しぶりの射撃なのに悪くない。


「凄い!」


 妹たちの歓声を聞きながら、僕は射撃し続けた。10本の矢は全て命中した。


「お兄さん、本当に凄いよ!」


 人々が見ているのに、エリンは僕のことを迷いなく『お兄さん』と呼んだ。そして僕もそんなエリンの頭を撫でたやった。

 無礼なことなのは分かっている。後ろからいろいろ言われることも予想できる。しかし今はそんなことより妹たちの笑顔が大事だ。

 そう、もうすぐ……僕は妹たちと再び別れなければならない。


---


 エリン・ダビル女伯爵と彼女の侍女アイナは……一人の平民を助けるために王都に帰還した。そしてその目標が達成された今、彼女たちは再びパバラ地方へ行かなければならない。

 裁判が終わった後、僕と妹たちは事件に関しては一言も言わなかった。なるべく明るくて楽しいことだけ見ようとした。しかし予定通り、また別れなければならない。

 前回はあまりにも急な別れだったから、状況をちゃんと理解することができなかった。しかし今は理解している。今度別れたら……数ヶ月、もしくは数年以上会えないかもしれないということを。


「二人に話しておきたいことがあるんだ」


 旅の支度を終えて、王城から離れようとする二人の妹に……どうしても伝えておきたいことがあった。


「処刑される寸前……最後の最後の瞬間、僕の頭に浮かんだのはお前たちの顔だった」


 二人の妹が僕を見上げた。


「二人は僕の生きる希望だ。だから……幸せでいてくれ」


 妹たちは一緒に「うん」と答えた。僕はそんな二人の頭を撫でてやった。


「王都でのことが落ち着いたらパバラに行くよ。お前たちに会いに行く」

「うん、絶対来てね」


 そう答えるエリンの瞳には涙が溜まっていた。


「お兄ちゃん……」


 アイナも同じだった。僕はこの二人に愛されていると、今更実感した。


「お兄ちゃんはこれからも……人々を助けるんでしょう?」


 僕は答えなかったが、妹たちはもう答えを知っていた。


「それがお兄ちゃんだから、私たちは止めない。でも……自分自身のことも大事にしてね」

「……分かった」


 腕を伸ばして、二人を抱きしめた。妹たちの暖かさが伝わってきた。この小さい二人が僕にどれだけ大きな力をくれているんだろうか。

 やがて僕たちは笑顔で別れた。妹たちは兵士たちの護衛を受けながら王城を後にした。秋の青空の下、僕は二人の幸せを祈り続けた。

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