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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第10章.会者定離
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第92話.心の声

 アイナを安心させた後、僕は再び牢屋に戻った。

 自由の身になった僕が牢屋に戻ったのは、もちろんラナのためだった。僕の共犯として閉じ込められているラナを助け出さなければならない。

 僕とクロード卿が牢屋に近づくと、看守たちは素直にラナの身柄を渡してくれた。もう話がついていたんだろう。


「ラナ」

「あんた……」


 ラナはまるで病気にかかった羊のように……衰弱した姿で僕を見つめた。


「クロード卿、この子……」

「ああ、早く医者に診てもらおう」


 僕たちはラナを連れて、商業地区の診療所に行った。診療所の医者はラナをゆっくりと診察してから「かなり衰弱しているけど、深刻な異常はありません」と話してくれた。一安心だ。


「しかし……」


 人の良さそうな医者は慎重な態度で口を開いた。


「体の異常こそないけど……心に衝撃を受けたようですね。しばらく療養が必要です」


 確かにその通りだ。僕たちは医者に謝礼した後、診療所を出て王城に向かった。 

 本来、ラナのような何の関係もない平民が王城に出入りすることはできない。けど今は状況が状況だし、エリンの名を借りて城門を通過した。ラナのためにはこれが一番だ。


「王城……」


 ラナは怯えた眼差しで王城の中を見回した。青空の下の美しい風景すら、今のラナには不安に感じられるようだ。

 僕たちは『魔導士の塔』に入って、レオノラさんにラナのことを頼んだ。やっぱりこういう時は同じ女性に任せた方がいいだろう。


「アルビン、お前も少し休んだ方がいい」

「はい」


 僕はクロード卿と別れて、王城の西側にある学者たちの居所に入った。そして廊下を歩いて自分の部屋まで行き、扉を開いた。


「……いいな」


 部屋の中はちゃんと掃除されていた。たぶんレオノラさんが気を使ってくれたんだろう。

 僕は着替えを探してから、共用浴室に行って体を洗った。そして自分の部屋に戻ってベッドに身を任せた。久しぶりの柔らかいベッド……その感触だけで眠くなる。

 3時間くらい寝てから、僕は再びレオノラさんを訪ねた。


「レオノラさん、ラナは……?」

「あの子には美味しいものを食べさせた後、部屋で休んでもらっているの」

「一人にしても……いいんでしょうか」

「あの子も一人にして欲しいと言ってたし……念のため、侍女さんたちに様子を伺うように頼んでおいたの」

「そうですか……」

「アルビン君ももう少し休憩してきて。夕食は皆で一緒にするから」

「分かりました」


 レオノラさんの言葉に従い、僕は部屋に戻って小説を読みながら時間を過ごした。そうしていたら本当に自由の身になったという実感が湧いたけど……やっぱり心の隅ではラナのことが心配だった。

 夕方になって、僕はレオノラさんと一緒にエリンの部屋に行った。そこで僕たちは小さなパーティーをした。僕の自由をお祝いするパーティーだった。

 パーティーの参加者は、僕とアイナとエリン、そしてレオノラさんとクロード卿だった。この5人で美味しいお菓子を食べながらいろいろ楽しく話した。


「ところで、レオノラさん。ラナはどうしているんですか?」


 パーティーの途中、僕はふと質問した。


「あの子もパーティーに呼ぼうと思ったけど……一人にして欲しいって」

「そうですか」


 やっぱりそうだったのか……。

 ここにいる人々は、みんな僕と絆で結ばれている。僕の大事な妹たち、尊敬できる上司と師匠だ。しかしラナにとっては……みんな赤の他人にすぎない。

 ラナの大事な人々はみんな命を亡くしたのだ。いくら自由になったとしても、パーティーなんて参加したくないだろう。

 僕は大事な人々と楽しくしていながらも、ラナのことで心が重かった。


---


 次の日の朝、僕はラナと一緒に王都の東南側へ行った。そこには……墓地があった。

 広い芝生の上に慈悲の女神エイドリアの彫刻が列に並んでいて、女神の足下の地中には人々が眠っていた。人は大地に生まれ、大地に生きて、大地に戻る……それが『三女神教』の教えだ。

 僕とラナは新しく作られた彫刻の前に立った。そこがスーザンさんや老人たちが眠っている場所だ。僕は彫刻の前に花束を置いた。


「……いいところに眠っているね」


 ふとラナが言った。僕は「そうだな」と答えた。

 本来、貧民がこういう立派な墓地に葬られることはないと聞いた。しかしレオノラさんの気遣いで、ラナの大事な人々は日当たりの良いところに眠ることができた。

 切ない眼差しで墓を見つめていたラナは、やがて僕を振り向いて口を開く。


「あんたのおかげだよ」


 その言葉に僕は首を横に振った。


「いや、僕は……何も成し遂げていない」

「あんたは私を守ってくれたし、みんなの仇を取ってくれた。私はあんたのおかげで生きていられるの」


 ラナの沈んだ声から真心が感じられた。


「そんなあんたにもう一つお願いがある」

「お願い……?」

「自己満足でも、何か別の理由でもいいから……これからも人々を助けてほしい」

「……分かった」


 僕はそのお願いを心に刻んだ。


「ラナはどうするつもりだ?」

「私は王都から出るつもりよ」

「王都から?」

「うん。レオノラさんだっけ、あんたの上司。その人からエルフ族に寛大な村を紹介してもらったの。そしていくらかお金ももらった」

「そうか……」

「実は、もう馬車が待っているの。だからあんたとは……これが最後ね」


 確かにラナには新たな出発が必要な気がする。だけどこんなにもいきなり別れが訪れるとは……。


「じゃ、元気でね」

「ああ……元気でな」


 ラナはそれ以上何も言わないまま、僕から遠ざかった。僕はそんなラナの後ろ姿が見えなくなるまで見送った。


「助けてくれて……本当にありがとう」


 ふと聞こえてきたその言葉は、ラナの心の声だった。

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