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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第9章.騎士殺し
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第90話.判決

 警備隊本部が……何故か騒がしかった。牢屋に閉じ込められている僕でさえ、何か事件が起きたと感じられるほどだった。


「何かあったんですか?」


 僕は看守に聞いてみた。この看守は僕に水とトウモロコシをくれたあの人だ。


「それが、実はさ……」


 看守が小声で話した。


「君のことで不穏なんだ」

「僕のことで?」

「たくさんの人々が集まってさ、『騎士殺しに罪はない、早く釈放しろ』と叫んでいる」

「え?」

「このままだと……暴動が起きるかもしれない」


 暴動って……!?


「人々は君が不当な扱いを受けたと怒っている。俺は代々王都に住んでいるけどさ……こんなことは初めてだ」


 看守は手で額の汗を拭いた。


「しかも今の王都には国王陛下も姫様も……そして王立軍も大半が不在だ。暴動が起きたら大変だよ」


 看守の怯えた声に、僕も状況の深刻さに気付いた。

 『騎士殺し』を見に来ていた多くの人々……その中の一部は僕を擁護してくれた。その一部が主軸となって暴動を起こしたら……本当に大変なことになる。

 何せ王立軍の半数以上が、国王陛下と姫様と一緒にパバラ地方へ旅立った。ここに残っている兵士たちと警備隊だけでは……大規模の暴動に対応できないだろう。


「まさかこんなことになるなんて……」


 看守は暗い顔で視線を落とした。もし暴動が起きて、警備隊と王都の住民たちが衝突したら……この人も危ない目に遭うだろう。

 もちろん人々が僕のために怒ってくれるのはありがたいことだ。しかしそれで暴動が起きて、多くの人々が怪我をしたり、命を亡くしたりするのは……絶対嫌だ。


「アルビン!」


 大きな声と一緒に、背の高い男が牢屋に入ってきた。


「クロード卿」

「おい、聞いたか?!」


 クロード卿が僕に近づくと、看守の人は素早く席を外した。


「街に大勢の人々が集まっているんだ! このままだと暴動が起きるかもしれないんだぞ!」

「はい、ついさっき聞きました」


 僕は沈んだ声で答えた。


「もう裁判の詳細な経緯まで噂になって広まっているらしい。それで人々が憤慨して、もうお前を釈放するまで解散しない勢いだ」

「どうすれば……」

「いや、これは危機じゃない。むしろ裁判に勝つ機会だ……!」

「はい?」


 僕が目を丸くして見つめると、クロード卿が上気した顔で説明を始める。


「貧民殺害なら、レンダル伯爵の権力でどうにか隠蔽できるだろう。しかし暴動は話が違うんだ。王都の現在の戦力では、たとえ暴動を鎮圧できても被害が大きいはずだ。そうなったら……国王陛下のお怒りを買ってしまう」


 クロード卿の声は確信に満ちていた。


「いくらレンダル伯爵だとしても、国王陛下に暴動の責任を問われると不味いことになる。裁判官のクレイン伯爵も同じだ。処罰を免れないだろう」

「じゃ、自分を処刑することは……」

「ああ、不可能になったさ。想像してみろ。もしお前を大衆の前で処刑したら……もうその場で暴動確定だ」


 それは……クロード卿の言う通りかもしれない。


「もちろん完全無罪は難しいかもしれない。しかし懲役くらいなら、後でダビル女伯爵の力を借りて早期釈放させればいいんだ」

「もし自分が処刑されなくても暴動が起きたらどうするんですか?」


 僕のせいで暴動が起きることだけは絶対避けたい。


「確かにその可能性がまったくないわけではない。そんな極端なことだけは起きて欲しくないけど……もう俺たちもレンダル伯爵も手を出せない」

「そんな……」

「だからこそ、向こうも裁判を丸く収めようとするはずだ。今はそれを信じるしかない」


 僕に状況を説明してくれた後、クロード卿は牢屋を出ていった。僕は暴動に対する心配で気が気ではなかった。


---


 翌日、朝早くから裁判が再開された。

 まだ太陽も出ていないのに裁判を再開するのは……たぶん向こうも急いでいるせいだ。本当に暴動が起きる前に裁判を終わらせて、この事態を鎮めたいんだろう。

 僕は人々の目を避けて、警備隊本部の裏口からこっそり出て裁判所に向かった。しかし当然なことに、裁判所の前にも人々が集まっていた。


「騎士殺しを釈放しろ!」


 時間が時間だから集まっている人々はそんなに多くなかった。しかしそれでも数十の人々が僕を釈放しろと叫んでいた。服装からして……彼らはほとんどが貧民だ。

 やがて僕は裁判所に入った。裁判の準備はもう終わっていた。裁判官もレンダル伯爵も、エリンもクロード卿も、そして傍聴人たちも席に座って僕のことを待っていたのだ。


「被告側も原告側も、これが最終発言だ」


 僕が席に座ると、裁判官のクレイン伯爵が状況の説明すら省略して宣言した。それでまずクロード卿から最終発言を始めた。


「……この王国の正義がまだ生きていることを証明するためにも、不当な処刑だけは避けるべきだと……自分はそう信じています」


 数分後、クロード卿の最終発言が終わると、驚くべきことに数人の傍聴人たちが拍手しだした。


「被告の罪は簡単かつ明瞭……つまり殺人です。しかも平民が貴族を殺害したわけです。この動かせない真実を覚えていてください」


 警備隊隊長も最終発言を終えた。同じく数人の傍聴人たちが拍手しだした。


「それでは、被告のアルビンに対して判決を下す」


 裁判官が間を置かずに裁判を進めた。これで長かった戦いも……終わるのだ。

 僕はエリンとクロード卿の顔をそっと見つめた。エリンは明らかに緊張していて、クロード卿も強張った顔だった。


「今年8月27日に発生した『サイモン卿殺害事件』の犯人である被告への再審の結果は……」


 裁判所の皆が息を殺して裁判官に注目した。


「『有罪』だ」


 その判決に傍聴人たちが騒めいた。しかし僕とエリン、そしてクロード卿は驚かなかった。完全無罪は難しいと予想していたからだ。本当の問題は……これからだ。


「ただし」


 裁判官が声を上げた。


「本来なら貴族を殺害した被告には死刑が執行されるべきだけど……原告のレンダル伯爵の要請もあり、被告の減刑が決定された」


 傍聴人たちが更に騒めいた。そしてクロード卿は小さい声で「よし」と呟いた。


「王国法第3条3項に基づき、他人に深刻な傷害を負わせた場合は……被害者の財産に準ずる賠償金を支払わなければならない」


 お金だと……? 僕は意外な言葉に驚いた。

 驚いたのは僕だけではなかった。エリンも、クロード卿すらもこの事態は予想していなかった。僕たち3人は驚いた顔で裁判官の口を見つめた。


「サイモン卿はレンダル家の一員で、莫大な財産を相続することになっていた。その事実から判断して、被告に請求される賠償金は金貨5千枚とする」


 その数字にエリンとクロード卿の顔から血の気が引いた。傍聴人たちも驚愕した。しかし裁判官は平然とした顔で話を続けた。


「もし賠償金を支払わない場合……被告の身柄は原告のレンダル伯爵に委任され、彼の領地で強制労働という形で賠償金を支払うこととなる」

「おい、裁判官!」


 クロード卿が席から立ち上がった。


「そんな馬鹿な判決があってたまるか! お前らは……」

「もう判決は下した。異議は認めない」

「何だと!?」


 クロード卿がまた抗議しようとした瞬間、今度はエリンが席から立ち上がった。


「裁判官」

「何ですか、ダビル女伯爵」

「少し時間をくださいませんか」


 エリンは自分より5倍以上生きてきた裁判官に向かって、堂々した態度で話を続けた。


「4週くらい……時間をください。我が領地、パバラからお金を調達してきます」

「それは駄目ですね」


 冷たい声でそう答えたのは……レンダル伯爵だった。彼は無表情で席から立って、エリンを見つめた。


「私は今日これから領地に帰還する予定です。あまり長く領地を空けることはできませんからね。お金を調達してくるのは、あなたの自由ですが……被告は私が連れて行きます」


 つまりレンダル伯爵は……暴動が起きる前に、僕を連れて王都から出ていくつもりだ。そして自分の領地で僕を……こっそり殺すつもりなんだろう。そうすれば裁判なんてもう関係なくなる。


「レンダル伯爵……」


 クロード卿が怒りに満ちた顔でレンダル伯爵を睨んだ。しかしレンダル伯爵は無表情のままだった。


「もう王国法に基づいた判決が下ったんです、クロード卿」

「こいつ……」

「さあ、被告の身柄を渡してください」


 レンダル伯爵の兵士たちが僕に近づいた。クロード卿は拳を握って彼らの前に立ちふさがった。


「お前ら、もしアルビンに指一本でも触れたら……」


 一触即発の状況だった。レンダル伯爵を除いて、裁判所の全員が緊張した顔でクロード卿と兵士たちを見つめた。そして異常なまでの静けさが流れる中……誰かが裁判所に入ってきた。その誰かは大声でクロード卿と兵士たちを阻止した。


「お待ちください!」


 若いのにどこか威厳が感じられる声だった。裁判所の皆は、朝の太陽の光と共に現れたその誰かを振り向いた。その人は……。


「そのお金、私が支払いましょう」


 ペルガイアの第2王子、エルナン・カヒールだった。

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