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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第1章.デイルの羊飼い
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第9話.冬

 いつの間にか秋が終わって、冬がやってきた。


 冬は本当に辛い季節だ。人々が1年間ずっと頑張って働いてきたのは、冬を無事に過ごすためだと言っても過言ではない。薪と食糧を備蓄して、壁と扉を補完して、冬用の服と靴を用意する。それでやっと冬にも生き残ることができる。


 冬が辛いのは動物だって同じだ。羊たちもこの時期だと病気にかかりやすい。だからいつもより注意深く見守る必要がある。


「お兄ちゃん、体は大丈夫?」


 仕事が終わって家に帰ったら、アイナが心配してくれた。しかし僕はむしろアイナの方が心配だ。妹はまだ子供だし、体も丈夫ではない。風邪でも引いたら大変なことになる。


「アイナ、結構寒くなったから村長の仕事を手伝うのは休んで、家で暖かくしていろ」


「でもそれじゃお兄ちゃん一人で稼がなければならないんでしょう?」


「僕は大丈夫だ。それに、お金の問題は心配する必要ない」


 実際にお金の問題は好転した。ここ最近コルさんが体調を崩して、僕が一人で仕事をすることになったのだ。それでコルさんが自分の給料を僕に分けてくれている。


 一人で仕事をしているせいで、結構疲れるし家に帰るのも遅くなったがお金は稼げる。それで今年の冬も何とか耐えられる。そして冬が去れば春がくる……それまでの辛抱だ。


「お兄ちゃん、無理しないでね」


 アイナはちょっと悲しい顔だった。しかし僕が無理をしなければアイナが苦労する。今年の冬は……僕の力で何とかしなきゃ。


「分かったよ、心配するな」


 僕は妹を安心させるために、無理に笑顔を作った。


---


 冬には山や平地の牧草が伸びなくなるから、放牧は中止して、羊たちには備蓄してきた乾草を食べさせる。だから山道を登る必要はないが重い乾草の俵を運ばなければならない。弓で鍛えたから腕力にはちょっと自信があるけど、辛い仕事であることには変わらない。


「ふう」


 僕はかじかんだ手に息を吹きかけた。もしも狼たちが今襲撃してきたら、こんな手ではまともに戦えないだろう。もちろんここは山道ではなく畜舎だけど、完璧に安全だとは言えない。やつらも生きるために必死だから村まで入ってくるかもしれない。何年前か実際にそんなことがあったのだ。


 牧羊犬のギブがワンワンと吠えた。まるで『私もいるから安心して』と言っているようだ。確かにギブも大分大きくなったし、狼が来たら一緒に戦ってくれるだろう。僕は心強い仲間の頭を撫でてやった。


「また雪か……」


 雪がまた降り出した。子供の頃はあんなに好きだった雪なのに、羊飼いになってから好きではなくなった。雪が溜まれば仕事しにくいし、畜舎の屋根が重くなって事故が起こる可能性すらある。だから溜まる前に片付けなければならない。


 僕はほうきで雪を掃いた。これはまるで自然との戦いだ。もちろん僕に勝算なんてないけど、だからといって諦めるわけにはいかない。


「アルビン」


 雪が激しく降っている最中に、誰かが姿を現した。僕はちょっと驚いた。


「コルさん」


 松葉杖で雪の中を歩いてきた人は、コルさんだった。


「お前に仕事を押し付けてばかりでは駄目だと思ってな」


「体はもう大丈夫ですか?」


「大丈夫だ」


 コルさんは早速仕事を始めた。彼はもう20年近く羊飼いをやっている。下手に配慮したらむしろ怒られる。僕は黙ってコルさんと一緒に仕事を進めた。


 やがて畜舎の整理と羊たちの食事が終わった頃には、体はもうすっかり冷え切っていた。


「これで大体は終わったようですね。雪も止みましたし」


「うむ」


 冬の夜は早くて、もう暗くなり始めていた。コルさんと僕は畜舎の傍にある小屋に入った。普段は物置として使われる場所だが、疲れた時に休める場所でもある。


 小屋のストーブに火をつけて体を温めながら、トウモロコシを焼いた。美味しい匂いがした。ギブも涎を垂らしていた。


「お酒はどうだ?」


「はい、少しなら」


 コルさんの提案で蜂蜜酒を少し飲んだ。お酒はそこまで好きではないけど、体を温めるには最適だ。


 食べ物と飲み物、そして暖かい空気が冷え切った体に元気を与えた。これで仕事の辛さも忘れられる。


「……戦争の時を思い出すな」


 お腹いっぱいになって寝ているギブを見つめながら、コルさんがそう言った。僕はちょっと驚いた。コルさんが戦争のことを口にするのは初めてだ。


「あの時は本当に寒かった。それで士官の目を盗んで、こっそり焚き火に集まってお酒を飲みながら耐えた」


「そうですか」


「ある日は敵国の兵士たちが俺らを発見した。しばらく睨み合ったけど、結局やつらと一緒にお酒を飲んだ」


「敵国の兵士たちと……ですか?」


「ああ、やつらも寒かったし、疲れていたからな」


 奇妙な話だった。少なくとも本でそんな話を読んだ覚えはない。


「あの、一つ質問してもいいですか?」


「何だ」


「うちの村の男たちは戦争で活躍したと聞きました。しかし当の本人たちはあまり戦争については話しません。何故ですか?」


「それは当然だろう」


 コルさんが微かに笑った。


「活躍した、王国のために戦った、平和を守った……といっても、結局人を殺した記憶だ。だからみんな忘れたいんだよ」


「そう……ですね」


「活躍を売りにする騎士たちや士官たちならともかく、一般兵士はな」


 コルさんはそれ以上何も言わなかった。僕もそれ以上何も聞かなかった。

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