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羊飼いと亡国のお姫様  作者: 書く猫
第9章.騎士殺し
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第89話.王国の正義

 暗い牢屋の中で、僕はずっと『慈悲の女神エイドリア』に祈りを上げた。

 僕は決して信仰深い人間ではない。でも今、僕がラナのためにできることは祈りしかないんだ。だから……祈るしかない。

 僕の体の中には『世界樹の実』がある。強大な魔法の力を持っている古代エルフの秘宝だ。僕にはまだその力が制御できないけど……できれば今もう一度その力が発揮されて、ラナを助けてほしい。

 そうやって祈り続けていた時……誰かが牢屋を訪ねた。


「アルビン」

「クロード卿」


 僕は祈りを中断してクロード卿に近づいた。


「向こうとの交渉結果を……伝えておくためにきた」

「そうですか」

「ああ」


 クロード卿が暗い顔で頷いた。


「ダビル女伯爵がかなりのお金を支払って、あの少女が拷問にかけられることだけは避けた。しかしレンダル伯爵から『これ以上サイモンの罪について追及するな』と言われたらしい」

「そうですか」


 僕も頷いた。


「つまり、裁判の勝ち目がなくなったんですね」

「……ああ」

「でもラナが助かって幸いです」


 サイモンの罪を追及できなくなったってことは、つまり僕の正当防衛を証明できなくなったってことだ。これで裁判で勝つのはほぼ不可能になった。それでもラナが助かって本当に幸いだ。


「諦めるな」


 クロード卿が僕を見つめた。


「俺は最後の最後まで諦めない。だからお前も諦めるな」

「はい」


 もう諦めて絶望に落ちたりはしない。たとえ最悪の結果が待っているとしても。


---


 最初の裁判から3日後……その続きのために、僕は牢屋を出て裁判所に向かった。秋の高くて青い空が気持ちよかった。

 しかし看守たちに囲まれて警備隊本部を出た瞬間、僕は驚いてしまった。


「これは……」


 前回と同じく、警備隊本部の前には人々が集まっていた。ところでその数が……多すぎる。


「騎士殺しだ……」

「あの人が騎士殺し?」

「若いな」


 もう数百どころではない。数千の軽く超える人々が……『騎士殺し』を見に来ていた。


「おい、道を空けろ!」


 警備隊が大きな声を出して裁判所までの道を確保しようとした。そうしなければならないほどの大勢の人々が、大行列となって僕を見つめているのだ。

 王都には数万人が住んでいる。その中の1割以上がここに集まって騒めいていた。もう僕の噂は王都の隅々まで広まったに違いない。


「騎士殺しを釈放しろ!」


 騒めきの中、誰かがそう叫んだ。


「その人は罪人ではない! 英雄だ!」

「釈放しろ!」


 あちこちから僕を擁護する声が聞こえてきた。一人や二人ではない。それに気付いた警備隊は慌て始めた。


「は、早く歩け!」


 警備隊に促されて、僕は早足で裁判所に入った。


---


 裁判所に入ると、クロード卿とエリンが僕を迎えてくれた。


「あの大行列を見ただろう? アルビン、お前はもう有名人だよ」

「そうですね」


 クロード卿と僕は一緒に苦笑した。そう、僕は王都で……いや、もう王国で有名人になっているのだ。デイルの人々も今頃は僕の噂を聞いたかもしれない。


「安心しろ。俺が必ずお前の汚名を剥がしてやる」

「はい」


 僕が席に座ると、エリンが視線を送ってきた。妹は精一杯平静を装っていた。

 やがて人々が集まり、裁判官のクレイン伯爵の宣言と共に裁判が始まった。そして前回と同じく、クロード卿と警備隊隊長の論争が繰り広げられた。


「どうしたんですか、クロード卿。反論はありませんか?」

「……今のところはありません」


 しかし前回とは違って……クロード卿は警備隊隊長の主張に上手く対応できなかった。サイモンの罪を追及できなくなったからだ。これでは完全武装した相手と素手で戦っているようなものだ。


「被告の人格について証言してくれる証人がいます」


 戦況が著しく不利になった時、クロード卿がそう宣言した。すると一人の女性が裁判所に入ってきた。それは……僕の上司であるレオノラさんだった。

 久しぶりのレオノラさんは疲れた顔だった。彼女も僕を助けるためにいろいろ苦労したんだろう。レオノラさんはゆっくりと歩いて裁判官の前に立った。


「あなたの役職とお名前を教えていただけませんか」

「私は王室魔導士のレオノラと申します」


 クロード卿の質問にレオノラさんは落ち着いた声で答える。


「あなたは被告の上司ですよね」

「はい」

「それでは、被告の日頃の態度や人格について証言してください」

「はい」


 レオノラさんは声を上げて……僕が王城で誠実に働いていたこと、小さい嘘もつかなかったこと、そしてお金などに欲がない人間だということを説明してくれた。


「つまりレオノラさんの意見では、被告がお金のために犯罪を犯したはずがないと?」

「はい」


 レオノラさんが力強く頷いた。


「アルビンさんは王子襲撃事件の時も勇敢に戦って人々を助け出しました。決してお金のために人を殺すような人物ではありません。この言葉に私の役職や名誉をかけても構いません」

「証言、ありがとうございます」


 レオノラさんが証言を終えて裁判所を出た。僕は心の中で彼女に感謝した。

 しかし戦況は不利なままだった。警備隊隊長は、僕とラナが店を買取りしようとしていたし、お金が必要だったはずだと執拗に攻めてきた。その主張は別に説得力のあるものではなかったけど……ラナの証言が得られない以上、完全に否定することもできなかった。裁判官もレンダル伯爵の味方だから、もう勝算なんて見えるはずがない。

 だがそれでも……クロード卿は諦めなかった。彼は諦めずに弁護を続けた。その熱意と執念には裁判所の皆が……敵である警備隊隊長すら感心していた。


「裁判官」


 その時だった。ずっと黙っていたレンダル伯爵が席から立った。


「何事でしょうか、レンダル伯爵」

「クロード卿に個人的な質問をしたいので……しばらく記録を止めてもらえませんか」

「……分かりました」


 裁判官が頷くと、ずっと裁判を記録していた書記官が手を止めた。


「クロード卿、よろしければ一つ教えてください」


 レンダル伯爵が無表情でクロード卿を見つめた。


「何が知りたいんですか、レンダル伯爵」


 クロード卿も無表情でレンダル伯爵を見つめた。 裁判所の皆は息を殺して二人に注目した。


「この裁判、あなた方に勝ち目はありません。クロード卿ほどの人物がそれを分からないはずがない。それなのに何故……必死になってあの青年を助け出そうとしているんですか?」


 皆の視線がクロード卿に集まった。するとクロード卿は……笑い出した。


「まさか……そんなことも知らなかったのか? どうやらあんたを買いかぶっていたようだな、レンダル伯爵」


 クロード卿とレンダル伯爵の視線がぶつかった。


「何故アルビンを助け出そうとしているのかって? そんなの当然だろう」


 クロード卿は僕を指さしながら声を上げた。


「こいつはな、数ヶ月前までは田舎の羊飼いだったんだ。剣術なんて学んだこともないし、人と喧嘩したことすらないやつだった。そんなやつが、自分自身よりも弱い人々を助けるために騎士と戦ったんだよ」


 静けさに包まれた裁判所の中に、クロード卿の声が響き渡った。


「『弱きを助け強きを挫く』べき騎士たちが、その本分を忘れてお金や権力のために戦っていた間……こいつだけは本当に弱者を助けて強者と戦っていたのだ。その意味を、あんたは分からないのか?」


 レンダル伯爵は何も言わなかった。


「こいつは……この王国の正義そのものなんだよ。つまりこいつを処刑することは、この王国が自分の手で自分の正義を捨てることと同じだ。俺は……それだけは許せない」


 クロード卿の声には鋼のような意志が込められていた。


「いくらあんたが王国最大の権力者だとしても……裁判官や証人、警備隊を買収したとしても……俺は一歩も引かない。最後の最後まで諦めるつもりはないんだよ」


 しばらく沈黙が流れた。誰一人も、何も言わなかった。


「レンダル伯爵」


 クロード卿がまた口を開いた。


「あなたの質問の対する答えは以上です。失礼な態度を取ってしまったこと、本当に申し訳ございません」

「いいえ、正直なお答え……ありがとうございます」


 レンダル伯爵は微かな笑顔で対応した。


「もう時間も遅いし、この続きは後日にしましょうか」


 レンダル伯爵の提案に裁判官が頷いた。それで裁判の判決は……もう一回延期された。

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