第87話.証人
それから警備隊隊長とクロード卿の間で論争が始まった。警備隊隊長は『貧民たちを殺害したのがサイモン卿であることはまだ確定していない』と主張し、クロード卿は次々と『サイモン卿の殺害の証拠』を持ち出した。
偉い人々の顔色から察すると、彼らはクロード卿がサイモンの殺害について言及するとは想定していなかったようだ。騎士団長から緘口令が敷かれていたそうだから、当然のことか。
クロード卿はもうなりふり構わず僕を助けるつもりだ。本当にありがたいけど、それでは裁判が終わった後クロード卿が処罰を受けることになるんじゃないかな……僕は心配になった。
「決定的な証人がいます」
いつまでも続きそうな議論を終えて、クロード卿が切り出した。すると警備隊隊長が眉をひそめた。
「証人?」
「はい、少々お待ちを」
クロード卿は足を運んで裁判所を出た。そしてしばらく後、小さい老人を連れてきた。
その老人はみすぼらしい姿だった。誰が見ても……貧民街の住民だ。クロード卿はその老人を裁判官の真正面の席に座らせた。
「まず、あなたの名前を言ってください」
クロード卿が貧民の老人に質問した。老人はしわだらけの顔を歪ませてから、ゆっくりと口を開いた。
「私はハンソンというものだ」
「じゃ、ハンソンさん……ここは神聖なる裁判所ですから、真実だけを話してください」
クロード卿の言葉にハンソンさんは「へっ、分かった」と答えた。
「ハンソンさん、あなたは昨年の『貧民女性殺害事件』の目撃者ですよね?」
「ああ、そうだ」
「その時あなたが目撃したことをありのまま話してください」
ハンソンさんは再び顔を歪ませてから口を開く。
「それは、少しずつ寒くなり始める10月のことだった。私は冬に使えそうなものを探して、掃き溜めを漁っていた。お前らは暖かい家の中で楽にしているから知らないだろうけど、私みたいな貧民はそうでもしないと死んでしまうんだ」
その辛辣な口調に、傍聴人たちの顔が強張った。
「で、いきなり女の悲鳴がしたのさ。私はゴミを手放して、警戒しながら悲鳴が聞こえてきた方向に近づいた」
「そこで何を目撃しましたか?」
「それは……」
ハンソンさんのしらだらけの顔に、怒りの感情が浮かんだ。
「あのクソみたいな騎士のやろうが、若い女の子を殴っていたんだ」
傍聴人たちが騒めいた。
「ハンソンさん、言葉に気を付けてください」
「あのドえらい騎士様が若い女の子に暴力を振るっていました。これでいいかい?」
「はい」
クロード卿が苦笑した。
「私は近くで見回りをしていた警備隊に助けを求め、女の子が殴られていた現場に連れてきた。しかしやつらは相手が騎士団の騎士だと分かった途端、見て見ぬふりをし始めた。おかげであの可哀想な女の子は無惨に死んだ」
傍聴人たちが更に騒めいた。
「何が王都の秩序を守る警備隊だ? 所詮は私みたいな弱者にしか強く出られない卑怯者の集まりのくせにさ」
警備隊隊長の顔が真っ赤になった。
「ハンソンさん、聞かれたこと以外の発言は慎んでください」
「分かった」
ハンソンさんはにたりと笑った。
「その後はどうなりましたか?」
「何も起きなかった。裁判が開かれることも、あの騎士のやろうが処罰されることもなかった。それを知った私は仲間たちに問い合わせた。するとあの騎士のやろうが、実はもう何度も同じようなことをしてきたことが判明したのさ」
傍聴人たちの騒めきが更に激しくなり、やがて裁判官が「静粛にしないと強制退場させる!」と一喝した。それで裁判所は静けさを取り戻した。
「そこの青年が……」
ふとハンソンさんが僕を指さした。
「そこの青年があの騎士を殺したんだろう? 本当に感謝したい。私みたいな貧民にはまさに英雄だ。王国から賞を与えるべきだ。それなのに罰を与えるなんて、お前らは何考えているんだ?」
「ハンソンさん……」
「へっ、所詮私はもう命が長くない。だからはっきり言ってやる。騎士も何も、あのやろうはゲロ以下のクズだった。死んで当然のやろうだった。そんなことも知らないなんて、ここの貴族やお金持ちは馬鹿しかいないのか?」
その過激な発言に、裁判所の全員……そしてクロード卿すら驚いた。
「ハンソンさん、そこまでにしてください」
「ふん」
クロード卿が慌ててハンソンさんを外へ連れ出した。
「証人の無礼な発言に対し、自分が代わりにお詫びします」
裁判所に戻ってきたクロード卿が大きな声で謝罪した。
「しかしこれで皆さんもお分かりになったでしょう。被告は確かに殺人を犯しました。それを否定するつもりはありません。しかしその行為が本当に罰せられるべきでしょうか? 罰せられるべきなのは……凶悪な連続殺害の犯人を野放しにした警備隊と騎士団ではないでしょうか?」
クロード卿の発言に裁判所の全員は再び驚愕した。それはハンソンさんに遅れを取らないほど過激な発言だったのだ。
「軽率な発言はそこまでにしてくださいませんか、クロード卿」
警備隊隊長が冷たい声で言った。
「クロード卿は私に対して『事件の真相の半分を隠している』と非難しましたよね。しかし、たとえサイモン卿が本当に貧民殺害の犯人だとしても……被告の罪とは関係ありません。だから敢えて言わなかっただけです」
「関係ない? どういうことですか?」
警備隊隊長は顔に冷笑を浮かべた。
「被告はあくまでも自分の欲のために、つまりお金を奪うためにサイモン卿を殺したんです。だからサイモン卿が殺人犯かどうかは、この事件とはまったく関係ありません」
「その証拠はどこにありますか?」
「こっちにも証人がいるんですよ、クロード卿」
警備隊隊長がにたりと笑ってから「あの少女を連れてこい!」と命令した。すると警備隊の人々が急いで裁判所を出た。
あの少女? まさか……と僕が思っている内に、警備隊の人々が一人の少女と一緒に戻ってきた。それは……。
「……ラ、ラナ」
それは僕の共犯として追われていたはずのラナだった。